Answer4・明日の約束
思い出と言う名の記憶を失っている私が、四月にちえりと出会ってから二ヶ月が経った。
「頑張ってるなあ」
私は今、ちえりが在籍する教室の廊下から、中で勉強するちえりの様子を見ている。
知り合ってからしばらくの間は、放課後の屋上にちえりがやって来るのを待って話をしていたけど、段々と放課後まで待っている時間が惜しくなり、最近ではこうしてこっそりと様子を見に来るようになっていた。
ちょっとした授業参観気分でちえりの様子を見ながら、ちえりが不意に私の居る方を向く度に素早くしゃがんで身を隠し、私はその状態のままでくすくすと小さく微笑む。何だかこうしていると、かくれんぼをしているようでちょっと楽しかった。
本来なら私の姿は誰にも見えないのだから、こんな風に隠れる必要は無い。
けれど、ちえりにはどういう訳か私の姿が見えている。それはとても嬉しい事で、そんなちえりと接点を持てた事が奇跡的な事。
少しの間ちえりにしか見えないかくれんぼを楽しんだ後、私は屋上へと戻って放課後が来るのを静かに待った。
「――
「ちえり!」
ようやく放課後になり、待っていたちえりが屋上の扉を開けて現れた。
お互いに片手を上げていつものように挨拶を交わす。そして私はちえりの時間が許す限り、楽しく話に華を咲かせる。
別に特別な事を話しているわけじゃない。ほとんどはその日にあった出来事なんかを話しているだけ。後は時々だけど、私の事についてちえりが質問をしてくるくらい。
「そういえば桜花、今日、授業中に廊下から中を覗いてたでしょ?」
「あっ、ご、ごめんね、ちえり……」
私はその言葉を聞いて謝った後に顔を俯かせた。ついつい楽しくてそういう事をしていたけど、考えてみれば迷惑な話だと思う。
そう思って謝ったんだけど、ちえりからの反応は私の予想したものとは違っていた。
「あっ、別に怒ってるわけじゃないから誤解しないでね?」
「そ、そうなの?」
「もちろんだよ」
ちえりはこう言ってくれてるけど、これからはもう少し気をつけよう。下手な事をして嫌われたくないから。
「そう……良かった……」
「うん。そういえばさ、もうすぐテストなんだけど、ちょっと自信が無いんだよね……」
「そうなの? やっぱり勉強は難しい?」
先程の明るい笑顔とは違い、今度は憂鬱そうな感じで口を尖らせてそう言い出したちえり。いつもの事だけど、表情が豊かで見ていて飽きない。
「昔ね、ちょっと色々な事があって人より勉強が遅れてたから、周りの学力に追いつくのに苦労してるんだよね」
そう言ってふうっと溜息を漏らす。
ちえりの過去に何があったのかは気になるけど、ここですぐさま『何があったの?』と聞くのはマズイ気がする。この話題は折を見て聞く事にしよう。
「勉強はしてるんでしょ?」
「うん。一応はしてるんだけど、なかなか
「そっか……いつもお家で勉強してるの?」
「そうね、だいたいは家でしてるかな。あとはたまに図書館とかに行くけど」
「図書館は静かでいいわよね」
「確かに静かでいいんだけど、一人でやってると静か過ぎてすぐ眠くなっちゃうんだよね」
「そっか……それじゃあ私も一緒について行こうか?」
それは何となく、本当にただ何となくそう言っただけだった。特にこれと言った理由があったわけでもない。
強いて理由を挙げるとしたら、ちえりが眠りそうになったら起こしてあげるくらいはできるだろうと思ったからだ。
「本当に!? じゃあ明日は? 明日の土曜日なんてどうかな!?」
ちえりはとても嬉しそうにしながら、矢継ぎ早に約束を取りつけようとしてくる。
「えっ? ええ、私は特に予定があるわけでもないから別にいいけど」
「やった! それじゃあ明日の朝十時に校門の前で待ってて。迎えに行くから!」
「う、うん、分かった。十時に校門前ね」
私がそう言うと、ちえりは満足そうにウンウンと頷く。
何だかよく分からないけど、ちえりが嬉しそうにしているのが嬉しい。
「あっ、もうこんな時間……そろそろ帰らないと」
「もうそんな時間なんだ。残念だけどまた明日だね」
「うん。それじゃあ、私は帰るね。また明日ね、桜花」
「うん。また明日ね、ちえり」
お互いにお別れの挨拶をすると、ちえりは小さく手を振りながら屋上の出入口の方へと歩き始め、私はいつものように手を振り返しながらその様子を見つめる。
そして出入口の扉を開いて今まさにそこから出て行こうとしていた時、ちえりがピタリと足を止めてこちらを見た。
「あっ! 一つ言い忘れてた。桜花、今度は廊下からこっそり覗いたりしないで、堂々と教室に入って見学してもいいよ?」
「えっ? い、いいの? 邪魔にならない?」
「邪魔になんてならないよ。私以外には桜花の事は見えてないみたいだし。それに桜花が教室で堂々と見学をしている状況もちょっと楽しそうだもん」
いつもの事ながら、ちえりのポジティブさにはビックリする。どんな状況でも楽しもうとするこの姿勢は大したものだと思う。
「分かった。それじゃあ今度は堂々と見学に行くね」
「うん、待ってるよ」
そう言ってちえりは出入口の扉を抜けて屋上から去った。
私はしばらくその扉の方を見た後で校門の方を見る。するとそこには、大きく手を振るちえりの姿。その姿を見た私は、両手を大きく振ってそれに応える。
「明日が楽しみだなあ」
私はそう呟いた後、もう一度ちえりが居た校門の方を見てから領域へと戻った。
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