第38話

 由月が話していた通り、研究と予防・対策は同時進行しない。

何かが正しい手順で立証されなければ、次の行動に移る事は出来ない。

不明慮なまま判断を下す事は、二次災害を起こしかねないのだ。

然し、今の日夏に是と頷く事も出来ない。


「でも! ここには車だって戦車だってあるっ、

 早く教えてくれれば僕達は直ぐにここを目指して、救援を頼む事だって出来た!

 それが出来たら統也サンは!!」

「ォ、オイ、靖田君、落ち着けよッ、

 救援要請したって あんな状況じゃ、間に合いっこないだろうがッ、」

「だって、だって、この人達は嘘をついてる! アレは突然の出来事なんかじゃない!

 もう前から分かっていた事だって、由月サンが言ってた!

 もっと早く、もっと早く教えてくれてれば、生存者を減らす事なんか無かったんだ!!」


 日夏は涙をボロボロと流しながら体を震わせて訴える。

その姿から、隊員の誰もが目を反らす。

胸中では『やれるものならやっている』と答えているのだろうが、出来なかった事実を前に弁明の余地は無い。


「……そうだな、もっと高い意識を持っていれば、事前に察知できたのかも知れない。

 然し、我々には何も知らされていなかった。何も知らなかったんだ……」


 物事の大きな決定を下すのは、国の最高機関だ。

隊員の力ない言葉に、日夏もそれ以上の言葉を突きつける事は出来ない。

肩を落とす日夏の背を叩き、岩屋は耳打ちする。


「好い加減にしろってッ、下手に騒げば俺達が発狂者と思われるだろッ?」

「!」

「これだからユトリは……」


 ここまで来て追い出される事にでもなったら堪らない。


 日夏が泣き止む頃、正門から最も近い建物の正面玄関に辿り着く。

看板には隊舎と書かれ、そこには貫禄のある年配の男が立っている。

胸につけた勲章の数に、他の隊員よりも位が上なのだと分かる。


「おお。まさか本当に生存者が自力で辿り着くとは。

 報告では偶然に、と言う事だったが?」


 日夏に喋らせては揉めそうだ。岩屋は低姿勢で大きく頷く。


「はい! 偶然と言うか……こちら程であれば必ずや持ち堪えていらっしゃると、

 きっと大丈夫だと思ってやって来たんです! 本当に良かったです!」

「一時は どうなるかと思ったがね。

 あぁ、自己紹介をしていなかった、私は陸自所属の松尾まつお徳義よしのり将補しょうほだ。

 隊の生存者の中で1番年をくっていてな、それもあって ここの指揮を執っている」


 年は50才程、見た目の厳格さとは違い、人当たりは良さそうだ。

松尾が笑顔で手を差し伸べれば、岩屋は素早く握手に応じる。

流石、車のセールスマンをしていただけあって、ご機嫌取りはお手の物。


「うむ。こうして無事に辿り着いたんだ。

 まだ隊舎と車庫しか片付いていないが、構わんだろう。部屋を1つ用意して差し上げろ。

 世話の方は……木下きのした、お前に任せるぞ」

「了解」

「では、私は敷地内の巡察に出る」


 松尾が歩き出せば、日夏は岩屋を押し退け、その行く手を阻む。


「ぁ、あの! 松尾将補にお願いがあります!」

「ゃ、靖田君、なに言ってんだって、キミはっ、」


 岩屋は慌てて日夏の腕を引く。

然し、エンジンのかかった日夏の勢いは収まらない。


「連れが、葉円大にいるんです! 至急救助して貰いたいんです!」

「葉円大? ああ、あの大学か。まさか生存者が?」

「はい! 連れはもう5日も眠っていて、放っておいたら死んでしまうんです!」

「眠っている、か……」


 松尾は顎に手を添え、気難しげに考え込む。これは拙い展開だ。

岩屋は日夏を背中に隠す様に引き戻すと、苦笑で以って誤魔化す。



「いや、あのぉ、確かに連れがいるのは事実ですが……

 そちら様のご都合があるのは先程も聞きましたし、受け入れが難しいのも分かります、」

「岩屋サンっ、」

「キミは黙ってろってッ、……あぁ、失礼しました、えぇ、そこで提案なんですけども、

 点滴や延命可能な薬品なんかを少しばかり譲っては貰えませんでしょうか?

 面倒の方は、こちらの準備が整うまで大学の研究室で診る……と言う形でぇ、」

「待ってください! 研究室でって、由月サン1人に世話をさせるつもりですか!?」

「だからッ、しょうがないだろッ?

 どうせ彼女は あそこでゾンビの研究をし続けるって言って聞かないッ、

 それに、先方様にこっちの要求ばかり押しつけられないんだよ!」


 統也の手前、眠り続ける田島を放っておくのは忍びなくも思う。

然し、いつ死ぬか分からない田島を避難所に持ち込むのも避けたいのだ。

そのくらいの想像力を働かせないでは安全が維持されない。


「ゾンビの研究? そんな事をしているのか、キミ達の連れは」

「え!? ぃ、いやぁ……彼女は我々の連れとは違いますよっ、

 たまたま通りかかって知り合っただけで、今は連れを預けているだけですから、」

「うむ。葉円大か……」


 暫しの思量。そして、松尾は岩屋に向き直る。


「その人物と言うのは、そこの研究員かね?」

「あぁ、えぇ……どうなんでしょうねぇ、その辺はちょっと詳しく無いので何ともぉ……」

「ゾンビの研究をしていると言うのは確かかね?」

「は、はぁ……そんなような事を言っていたようなぁ……」

「――分かった。我々も専門家の力を必要としていた所だ。

 併せてキミ達の連れも、こちらで預かるとしよう」

「え!? 本当ですか!?」

「勿論だ。生存者の存在が分かった以上、見過ごす事は出来ない。

 直ぐに救援チームを編成し、葉円大に向かう。

 向こうの状況を確認したい。連絡は取れるかね?」


 トントン拍子。これ迄の苦労が報われる瞬間だ。

日夏は事前に聞いておいた研究室の連絡先を松尾に教え、『後はこちらで対応する』と言う救援チームを見送る。

その後は世話役として残る隊員=木下に先導され、隊舎内にある一室へと通される。

決して広くは無いが、2段ベッドが壁の左右に並び、寝転がる事が出来る環境だ。


「お疲れでしょうから、ここで休んでください」


 木下は そう言うとドアを閉める。



 バタン。ガチャリ。



 外鍵が閉められる音に2人は言葉も無く顔を見合わせ、遅ればせながらに口を開ける。



「「え!?」」



 何の真似か、2人は開かないドアにへばりつき、ドンドンドン! と叩く。


「ちょ、ちょっと、木下サン! ここ、鍵閉めましたよね!?」

「とうしてっ、何でですか!?」


 2人の問いに小さなドア窓が開き、そこから木下の双眼が覗く。


「申し訳無い。まだアナタ方が正常な生存者であるかを判断できません。

 審議が終わるまでは、どうかご理解を」

「えぇ!? 正常でしょう、どっからどう見ても! アンタ方だってさっき、」

「自分に決定権はありませんので」

「荷物とか、まだ車の中にあるんだよ! それくらい取りに行かせて貰えませんかね!?」

「ここで避難生活をする以上、物資は統括し、各自に平等分配する事になります。

 車両に於いても改めての検査後、同じ扱いになります」

「は、はぁ!?」


 ここも大きなダメージを負って今に至る。

足りない物はあっても、足りている物は1つも無い。

結果的に騙し討ちに合う2人は、ドアの前で腰を抜かす。


「ゃ、やられた……」

「避難って、これじゃ捕まったみたいじゃないですか、」


 人が増えれば増えた分、統制を取る為の規則と規律が必要だ。

それはこれ迄の社会にも言えた事。

基準に従う事で初めて存在が認められ、立場が与えられるのだ。




*

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る