第30話 4日目。

「そう言えば、自己紹介してなかったのを思い出したんで。私、平家仁美です」

「ぁ、俺は水原統也です」


 C市の中心部を後に暫く、明るい内にバイクの給油を済ませようとガソリンスタンドに立ち寄り、休憩所にあったドリンクで水分補給。

そうこうしている間に土砂降りの雨だ。ゴロゴロと雷の音も鳴っている。

バイクで走行するには余りにも悪条件だから、2人はガソリンスタンドの小狭い休憩室に身を隠す事となる。


「雨いつ止むんだろ、最悪」


 仁美は さぞ腹が減っていたのだろう、

賞味期限を気にしつつも販売コーナーの菓子パンを持ち出し、既に袋を3つも開けている。


「ってか、高校生だったっけ?」

「はい。高校3年です」

「18か。若! 私、20」

「余り変わらないじゃないですか」

「は? 変わるって。社会人と高校生じゃ」

「そうですか?」

「その内 分かるんじゃない?」


 仁美の言葉を副音声にかければ、常に『どうでも良いけど』が付いていそうな口振り。

その強がりに統也は苦笑する。


「1人でいて、怖くなかったですか?」

「え?」


 今は2人。

オフィスでの3日間を問われていると気づくなり、仁美は視線を泳がせる。


「……まぁ、怖くないヤツがいるのかって。別にイイよ、もう過ぎた事なんだから、」

「そうですね、」

「あ。ぃゃ……あぁ、まぁイイや、別に……」


 過ぎた事。然し、その一幕には統也の父親の死が存在する。

そこに無神経な言葉を使ってしまったと内心は反省する仁美だが、敢えては口に出さない。

言ってしまえば、後の祭りに変わりないと思うのだろう。

統也は俯く。父親の死を嘆くよりも、不思議と生前の出来事を思い出す。



『統也、お前は強い子に育った。父サン、嬉しいよ……』



 最後にそんな事を言った父親だが、当たり前の日常があった当時には、統也の男としての頼りなさを案じていたものだ。

代々続いた会社を任せるには 何処か浮ついて見え、冷静に見せている半面、何も考えていない統也の性分に気づいていたからだろう。

まだまだ子供だから仕方が無いと、溜息を付く父親の姿が記憶に鮮明だ。


(言えなかった、母サンの事……)


 言えず仕舞いの自分が情けなくも思うが、言わずに済んで良かったと思えなくも無い。

息子が母親を殺したなぞ、死の際に知るのは余りにも残酷だ。

統也がすっかり黙り込めば、仁美は気まずそうに話しかける。


「S県のY市へ行くんだったよね? 理由、ちゃんと聞いてないんだけど?」

「友人が車で向かっているんです。もしかしたら、頼る当てがあるかも知れないから」

「当て?」

「はい。何とも言えませんが」

「ふーん。……まぁ、目的ナイよりマシだと思うよ。うん」


 仁美は決して乗り気では無い。

だが、生きる以上は何もせず留まっているのも馬鹿馬鹿しいと思っている。

期待ハズレに落胆するのも頭の片隅に、何事も程々。言ってみれば、統也もそんな調子だ。

全てを失った統也に、夢や希望を掲げて先へ進む精神力は無い。


(今の所、物資に問題は無い。給油も出来る。

 店に入れば何かしら食べる物はあるし、好き嫌いさえ言わなければどうにかなる。

 でも、それがいつまで続くのか……)


 全ての生産が止まっている。今ある分が全てだ。

この状態が長く続けば、何れライフラインは途切れ、あらゆる補給が難しくなる。

不安は常に身近に存在する。


「あの、平家サンは本当に良いんですか? 目的地、Y市で……」

「統也クンは そこ目指してんでしょ?」

「そうですけど……平家サンはそれで良いのかな、って。

 他に行きたい所があれば、俺、送りますよ?」


 岩屋達を追うべくY市に向う予定は変わらないが、確信の無い旅に仁美を付き合わせるのも気が引ける。そんな統也の問いに、投げ遣りなのか適当なのか、仁美は頷く。


「別に? 行くトコないから。余計なコト考えて落ちるのイヤだし」

「そ、そうですか、」


 何度 実家に連絡しても繋がらないのだから、帰宅できた所で惨状は想像の範疇。

ならば行き当たりバッタリでも、統也に同行した方が気も紛れて心強い。

そこで行き詰る事にでもなれば、その時はまた死ぬ事を考えれば良い。

仁美は存外、楽天的なのだ。



*



 ――4日目。


 朝には雨も上がり、太陽は眩しい陽射しで地上を照りつける。

これ迄は早朝から動いていた岩屋と日夏だが、統也と言う戦力を欠いた今、次の目的地に向う意欲も持てずに研究室に居座っている。


 由月は忙しない。

田島に水分補給をさせたり、望遠鏡で外の様子を伺い、気温計を確認したりと手を休める事が無い。


「キミぃ、ちょっとは座りなさいよ。そんなんじゃ体が持たないぞ?」

「これが私の日常なので心配は無用です」

「あ、そ、」


 岩屋はゴロリとソファーに寝転がる。

日夏は持ち込んだ食料で朝食を済ませると、固定されている観測用の望遠鏡を指さす。


「これ、見ても良いですか?」

「構いませんが、自己責任で」

「?」


 何と無く頷き、日夏は望遠鏡の接眼レンズを覗き込む。


「っ、うあぁあぁあ!!」

「何だ!? ゾンビか!?」


 叫ぶ日夏は、腰を抜かして後ずさる。

岩屋は飛び起きると、日夏の見ていた望遠鏡を恐る恐る覗く。



「な、何だ、ありゃ……金網の中に、ゾンビが閉じ込められてる、のか……?」



 植物の生態を調べる為、大学の私有林は金網によってブロック分けされている。

その一角に何体もの死者が閉じ込められ、そこに望遠鏡のピントが合わせられているから、

日夏が驚くのも無理は無い。


「由月サンっ、、な、何であんなモノ見ているんですか!?」

「観測の為です」

「観測って……え?」

「まだ4日目なので断言は出来ませんが、アレは食欲のみで構成されているようで、

 勿論、それは空腹があっての事ではありません。

 死によって、多くの脳細胞が消滅していますから。

 唯一残された原始的な欲求である【食べる】と言う行為を繰り返すのだと、

 私は仮定しています。

 その為、アレを強制的に停止させるには、司令塔である脳……つまり、頭部を破壊する事。

 そして、生きた人間を捕食できなくなると、3日目には共食いを始める」

「共食い、、」


 実に原始的な行動だ。

2人が望遠鏡を覗いた時には、まさにその共食いが展開されていた所。

見るに堪えないないグロテスクな情景から目を反らし、岩屋は頭を振りながらソファーに倒れ込む。


「大した女だな、アンタ……ゾンビ飼おう何て発想、異常としか言いようがないぞ、」

「飼育している訳ではありません。

 急激な変化が起きた時、私の他にも生存者は多くありました。

 混乱は起こったけれど、でも皆、この現象を地域の一過性のものだと判断した。

 だから避難を選ばずに、眠った者・蘇えった者を分類し、観察を始めたんです。

 アレはその名残り」


 流石、科学者・研究者と絶賛する前に、死者達を観察対象に選ぶ神経が理解できない。

由月を見る目も変わってしまいそうだ。日夏は胸を押さえながら口籠もって問う。

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