鞍家小典之奇妙奇天烈事件帖~チントンシャンで賽をふれ~

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話 序章

 チントンシャンで賽をふれ

 チントンシャンで賽をふれ

 出た目のぶんだけ進むがよい

 進めばそこは極楽か

 はたまたそこは地獄かえ

 足下書いてる文言に

 全ての運を委ねっしょ

 チントンシャンで賽をふれ

 チントンシャンで賽をふれ

 出た目のぶんだけ進むがよい

 進めばそこは極楽か

 はたまたそこは地獄かえ

 賽の目だけが知っている



 誰かが唱っていた。

 その声が朗々と響いていく。

 高く、低く。

 知っている声だ。だが、知らない声でもあった。

 哀しい、苦しい、嬉しい、悔しい、口惜しい……

 声から溢れ出す様々な感情が、渦を巻いて世界を覆っていた。轟々と音をたてている気さえする。己が否応なくそこに巻き込まれていく。

「……」

 誰かが呼んだ。

 見ると若い男の顔があった。

「……」

 また誰かが呼んだ。

 見ると老爺の顔があった。

「……」

 またもや誰かが呼んだ。

 見ると老婆の顔があった。

 全員、何かをしきりに言っていた。だが、耳元で鳴る轟音に遮られ、聞こえない。

―何を言っているの?

 大声で聞こうとする。だが、声が出なかった。必死に、問いかけようとするが声は出ない。

 若い男、老爺、老婆は何かを伝えている。

―聞こえないわ

 必死に伝えようとするが声はおろか体さえ動かない。

―お願い!教えて!何を行ってるの?

 感情の渦が全てを呑み込む。体ごと思考も視界も聴力も全て覆われていく。

―お願い!教えて!

 虚しく呑み込まれていく。全て。全てが。

―お願い!お願い!


「……えさん。ちょいとお前さん」

 気遣う声が聞こえた。女の声だ。

 ハッとして、顔と視線を動かす。

 中年の女が心配そうに覗いていた。

「大丈夫かい?ずっとうなされてたよ」

「ええ。ごめんなさい」

 言いながら半身を起こす。

「ならいいけど。あたしら、もう行くよ」

 すでに旅装だ。

「黙って行こうと思ったんだけどね。あんまりうなされてるもんだから心配になってね」

「嫌な夢を見ちまって……」

 中年の女は哀れむように頷いた。

「生きてりゃいろんな事があるわ。こうして一宿一飯をともにしたのも何かの縁。あんたの行く末を祈っとくよ」

 中年の女は、それだけ言うと部屋から出て行った。

 相部屋で泊まった十畳ほどの部屋には、すでに誰もいなかった。泊まった人たちの色濃い気配だけが残っていた。それがゆっくりと、だが確実に消えていく。その消えていく過程をジッと動かないで感じていた。感じていたかった。

 そこに何か答えが隠されているような気がしたからだ。

 だが、いくら感じても胸の中の虚無感はいっこうに消えなかった。 

 

 



 




 

 




 

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