第67話 戻れない道ー2
そのまま、ゆるゆると日にちは過ぎていく。
ついにある日茶屋で会合を持つことにした。彼らにとって許しがたい出来事が降ってわいたのだ。
「新選組が幕府に召し抱えられる、だと……? 冗談じゃない!」
憤って屯所を飛び出してみたものの、茶屋を決めるのにも一苦労した。密談に適した茶屋ののれんを潜ろうとして、誰かがはっとしたように呟いた。
「ここはいつも伊東先生が使っていた場所だ……」
そんなところへのこのこ集まれば、副長に怪しまれてしまうのではないだろうか――そう思い、自然と足が止まる。かといって、試衛館一派が良く使う店は居心地が悪すぎて、落ち着いて話すことなどできやしない。
「……構うもんか。入ろうぜ」
「お、おい……中村! 佐野!」
結局、四人ほどが額を付き合わせ日頃の不満、鬱憤、不安を喚きちらしているうちに、誰が思い付いたものか
「会津の殿様を頼ったらどうだろう?」
という話になった。
「そうだな、容保様が命令して下さったら、新選組も、おれたちの脱退をしぶしぶ認めてくれるんじゃないか……?」
これはなかなか良い案に思われたが、しかし、どうやって会津公にあえばいいのだろうか。互いに顔を見合わせて反応に困っていると、聞きなれた声が降ってきた。
「考えが甘いよ、君たち」
「……もっともらしい理由がないと面会すら無理だぞ」
げぇ、と四人の顔が一斉に引き攣り、その場が凍りつく。誰かが湯呑を倒した音で、張りつめた空気がふっと動いた。
「容保様、ただでさえお忙しい方だけど、近頃は体調があまり優れないらしいよ」
「藤堂さん、あんたほとんど屯所から出ていないのに良く知っているな」
「へへ、まあね」
衝撃から立ち直った四人のうちの一人が刀を抜こうとしたが、鯉口を切る前に素早く手を抑えられた。
「私闘はまずいよ、中村五郎くん?」
にっ、と笑うその男の額には痛々しい傷跡があり、ついつい目がそこへ行ってしまう。
「はぁ、もう……。藤堂先生、斎藤先生、二人ご一緒に、我々に何のご用ですか……」
「用も何も……。茶を飲みに来たらお前らが店中に響き渡る大声で密談をしていた。いや、新選組を離脱してからこっち、緊張しっぱなしだからな……」
大真面目に斎藤一が言い、うんうんと頷く藤堂平助の笑顔には一点の曇りもない。
「常に間者なんじゃないかって疑われるのも、結構辛いねぇ……。そっちも似たようなものだと思うけど……ってこれは言っちゃ駄目か」
「表向きは友好的な離脱、だからな」
きわどい会話だと思うのだが、斎藤も平助も、少しも緊張した風には見えない。むしろ、周囲で聞き耳を立てている客の方が、緊張している。
だが、お茶を飲むにも団子を頬張るにしても、どこか気だるそうではある。この二人にも、それなりに疲労はたまっているのだろう。
「中村五郎、そろそろ座ったほうが良いぞ。我々伊東さんの一派――いや、今は高台寺党と言われているか、とにかく、我らとの接触は禁じられているんだろう?」
斎藤の忠告に、はい、と中村が頷く。それでも座ろうとしない中村の袖を、仲間の一人が引いた。
「五郎、容保様の御前で述べる口上を練るぞ。腰を下ろせ」
「……はい」
ちらちらと周囲をうかがいながらも、四人はあれこれ口上を考えはじめる。だが、瞬時に思いつくようなものではない。見かねた平助が、隣の卓から身を乗り出した。
「半端な決意じゃ門前払いだよ。何が不満でどうしたいのかきっちり述べる必要がある。そんなんじゃ、門番すら納得しないよ」
「じゃあ藤堂先生、考えて下さいよ」
「え!? お、おれ?」
困ったな、と額の傷を撫でる平助に、斎藤が呆れたような視線を向けた。
「藤堂さん、彼らの人生の一大事、部外者が口を挟むのは良くない」
「ああそっか、ごめんごめん。女将さん、お団子追加で下さい」
「なに!? あんた、まだ食べるのか。何皿目だ……」
「斎藤は? もう食わないの? 美味しいのに」
「いらん!」
ぼそぼそと再び話し合いを始めた四人のすぐ背後に、すっと一人の人物が腰を下ろした。ぱっと見たところは大店の隠居という風情だが、実は新選組の監察方だ。
お茶をゆったり飲んでいる彼が、ふいに小さく合図をだした。退去せよ、だ。素早く目配せをして了解の意を伝えた平助と斎藤は、店に来たときとはうってかわった険しい表情で席を立った。
不覚にも、話に熱中している四人はそれにも気付かなかった。
――また、血が流れる。
店を出た平助の胸の奥が、ざわりと蠢いた。
「藤堂さん……ひどく顔色が、悪い。また、妖怪が暴れているのか?」
こくん、と平助が小さく頷く。
「小野どのを呼ぼう」
「……うん、お願い」
雷微真君が、最後の力で覚醒させた化け物。
篁が封じても、安倍晴明が封じても、すぐに目を覚ます。どうして封印がもたないのか、誰にもわからないらしい。
「おれ、もう本当に長くないな……」
「藤堂さん、あんた何を弱気なことを……」
夏空を見るのも、きっとこれが最後だろう。強い日差しに眩暈がして、平助は片目を眇めた。
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