第47話 新たなる一歩―4

 歳三が弱ってなどいない証拠は、すぐに示された。

 あらたに『隊士募集』のために江戸へ行く人選が発表されたのだが、それが一同の予想を裏切るものだった。

「しっかし、すげぇ人選だよな、おい……」

「ああ、土方さんも考えたなぁ」

 かつての屯所、八木家に遊びに来た原田左之助と永倉新八は、辺りに誰もいないことを確認するなり大笑いし始めた

「んで、左之と俺は普段にも増して巡察に力を注ぐように、だとさ」

「見たか? 伊東派の不服そうな顔! 誰でも自分達が見張られるって気付くさ、あれは!」

 先ほど屯所の大広間で副長自らが発表した、江戸行きの人選は――


 伊東甲子太郎、土方歳三、そして……斎藤一。


「どうして俺が選ばれるのか、さっぱりわからん」

「おお、斎藤。お前も来たのか。まぁ、座れ」

 そんなに笑うことも無いだろうに、と言いながら、斎藤一が仏頂面のまま愛刀の手入れを始める。

「原田さんでも、永倉さんでも、島田さんでも、源さんでもおかしくないのに……どうして俺なんだ? 副長が俺に何かを期待しているのはわかるが、それが何なのかさっぱりわからない」

 斎藤が、総司を苛める時――どういうわけだか、斎藤は妖をひどく嫌う――以外にこれだけ喋るのは珍しい。明日は雨だろうかと、新八が思わず苦笑を洩らす。その気配に、斎藤がむっとする。

「悪い悪い。だがな、斎藤。一つ言っておくが、俺ぁ、どう頑張っても土方さん贔屓だ」

「……は?」

「左之助もそうだろ?」

「おう。だが、あんたは違う。どんな時でも中立を守ることができるのは、まあ、あんたと監察の山崎くらいだろ」

 中立、という言葉に、斎藤の手がぴたりと止まった。

「俺は近藤派のつもりだが? 伊東派に見えるとしたら不本意甚だしい」

「もちろん。だがな、伊東と土方さんが、それぞれ勝手な人選をしようとしたらどうする。自分に有利な隊士ばかりを集めようとしたら? お前さん、止めるだろう?」

 斎藤は、不思議そうな顔で新八と左之助を交互に見た。左之助はにやりと笑って仰向けに寝転がり、新八は大真面目な顔で一を見ている。

「……永倉さんたちは止めないのか?」

「近藤派が有利になるようにするんだよ、俺たちは。本能ってやつだろ。それじゃいけねぇってんで、中立のお前が選ばれた。わかるだろ?」

「わかるような気もするが、わからん」

「ま、いいさ。江戸へ行ってみりゃわかるって。んで、何か事が起こったときに考えてみろ、こんなとき総司だったらどうするか、鈴木三樹三郎だったらどうするかな、って」

「はぁ……」


 新八は、口にこそ出さなかったものの、江戸で療養・隊士募集を続けている藤堂平助への配慮もあるのではないか、と思っている。

 平助は、近藤派でもあるが、元々は伊東派である。

 両方の懸け橋になれる人物ではあるが、おそらく、歳三と伊東の間に挟まれて苦悩するに違いない。それを緩和できるのは、やはり斎藤一だけだろう。

(山南敬介……あのひとが生きててくれりゃ、適任だったのによ。つくづく惜しい男を亡くしたな)

 これから先、新選組にとって良い事ばかりが続くとは限らないだろう。

 なにせ、不安定な世の中だ。いつまたどこで、誰が、どのようなものが、蠢き暗躍するかわかったものではない。

(雷微だって、ここ数日姿を見てねぇだけで消えたわけじゃないしな……)

 あの男の吊り上った眼と赤い唇。時々思い出されてぞっとする。だが、こわいとは思わない。雷微の仕業で、大切な仲間が傷つき命を落とした。とても許せるものではない。

「平助がここへ戻ってくるまでにたおさねぇと……」

 ふと気が付けば盛大な高鼾の左之助と、刀身をうっとりと眺めている斎藤がいる。

(まあ、俺たちはしっかり近藤さんを支えていけばいい……)

 己にそう言い聞かせるが、以前のように無邪気に「仲間」だと言えないのも事実だ。

 近藤勇がどんどん偉くなって遠い存在になっていることが、新八の心にわずかな影を落としているのだが……。

「くそ……左之助につられてこっちまで眠くなってきたぜ……」

 何気なく懐に手を突っ込んで、あ、と小さくつぶやいた。

 出がけに小姓から受け取った文をそこへ入れたままになっていたことを思い出した。

 差出人は藤堂平助。見慣れた文字だ。ゆっくり披いてみれば、額の傷は随分良くなったこと、京を離れてから妖種子が暴れたことは一度も無いことなどが、実に素っ気無く書かれている。

「篁さんにも、見せねぇとな……」

 平助平助、と、喧しい総司にも見せてやれば喜ぶだろう。滅多に口に出さないが、篁も相当心配しているし、閻魔王も平助を気にかけていると聞いている。

(平助、元気そうでよかったぜ……)


 慣れ親しんだ八木家の空気は、優しい。日ごろ尖っている神経が、ふっと和らぐ。

 何かと口実を付けてはここへ戻ってきてしまうのは、どうやら皆同じらしい。

「これからが大変だというのに、こいつらは揃いも揃って暢気な顔して寝てやがる……」

 ふらりと立ち寄った歳三が見たものは、良く寝ている仲間たちの姿だった。しかも、八木家の人々の配慮だろう、上掛けがかけてある。

「八木さん、いつもすみません……」

 ちっとも構わない、と八木家の人は笑ってくれる。

「土方はんも、休んでいっておくれやす。眉間に皺がくっきりと……」

「……そうさせてください」

 新しい屯所に馴染んでいないとか、どうも気が休まらないとか、そういう事ではない、八木家の空気が優しいのだと、自分で自分を弁護しながら歳三はその場に手枕で横になった。

(江戸へ伊東を連れて行って、とりあえず屯所へ残した伊東一派の動きを封じる。そこからが正念場だ……)

 新選組を、伊東に渡してしまうわけにはいかない。

 その策を練らなければならないのだが……目を閉じれば、ここ数日尖っていた心がじんわりと解れていくのを感じた。


 この数日後。

 土方・伊東・斎藤という奇妙な組み合わせの三人が、江戸へ向けて出発した。

「平助と新入隊士を連れて戻ってくるまで、近藤さんをくれぐれも頼む」

 わざわざ、歳三は試衛館時代からの仲間にそう告げて出発した。

 わかってますよ、と安請け合いしたのは沖田総司だ。

「どこまでわかってるんだか……」

 その傍で、篁が苦笑していた。

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