第21話 屯所へ急げ、平助を守れ―4

「じゃあ、どうすりゃいいんだ? あいつを戦に連れて行ってやると約束したんだぞ!」

 平助の身の上に起こったことを篁に説明してもらった新八がぎゅっと拳を握った。

 その隣で歳三も真剣な顔をしている。

「篁さんの術で、『妖の種子』とやらを平助の体から引きずり出せないのか?」

「それは俺も考えたんだけど、駄目だと思う」

 そう言いながら篁が、ちらりと隣の部屋に視線を投げた。寝かされた平助がいて、妖力をすべて開放した白銀の妖狐がいる。篁の視線の意味を察した妖狐が口を開いた。

「妖種子が平助の魂を殆ど乗っ取っているから、無理に離すと平助の魂が壊れてしまう。今は、ぼくが妖力で縛り上げているから大人しいけど何か対策を練らないと……」

 口調はいつもと変わらないが、仔狐姿の時よりも低い声のため違和感を覚える。

 なにせ、篁や陰陽師の使う守護結界だと妖種子が苦しみ、同時に平助も苦しむ。平助を苦しませないように妖を縛るには、妖術を使うしかない。

 ただ不思議なことに、新八が隣に居れば妖種子は大人しくしている。だが、畳一畳分でも離れれば直ちに暴れだす。時には平助の体ごと暴れることもあり、そうなると人間が三人くらいで押さえつけなければならない。

 とにかく少しでも油断すればすぐに暴れようとする。

「さっきから、雷微が妖種子を呼んでいるのがぼくにも聞こえる」

 妖狐の毛が僅かに逆立った。瞬間、青白い炎が壁となり、平助を取り囲む。

「うおお、総司、これはなんだ? 平助が焼けるじゃねぇか!」

「落ち着いてよ、永倉さん。この炎は一種の結界だから人は触れても大丈夫。これで多少は雷微の声が聞こえなくなると思うんだけど……」

「……封じようと、思う」

 じっと目を閉じて思案していた篁がきっぱりと言った。

「晴明にも手伝ってもらう必要があることだけど……妖種子を切り取るのが無理ならば、平助の魂に封印する。こうすれば魂がすぐに壊れる心配はない」

「まってよ、篁! だったら平助は、自分の体の中で、得体の知れない妖怪を飼いながら生きるってこと?」

 妖狐の言葉に、新八が無精髭を撫でながら鋭い眼光で篁を見る。

「篁さん……魂って大事なもんだろ、そこに化け物を封印して平助に異常はないのかよ?」

 敵と対峙するときと同じ視線を篁に据える。新八だけでなく、この場にいる誰もが「適当な返事は許さない」と全身で語っている。

 ここで嘘を吐く気はないが、適当なことを答えたら新八は即座に篁を斬るだろう。篁も腕に覚えはあるが、新選組の剣豪たちを相手にしたくはない。

「……平助は妖種子を死ぬまで抱えることになる。封印がもつ限り平助は平助で居られるし、普通に生活が送れる。ただ、いつ何時、封印が破れるか、それは誰にもわからないから、定期的に封印をかけなおす必要があるが、もちろん平助に負担がかかる」

 部屋の中が重苦しい雰囲気に包まれた。誰かが、どん、と拳で畳を殴った。

 黙りこくった新八たちにかわって、妖狐が口を開いた。尻尾と耳がピンと立っている。緊張しているのだ。

「雷微との関係はどうなるの? 妖種子を植えたのはあいつだよ? 種が活きている限り平助を追いかけてくるだろうし……親を倒したら妖種子も倒れて、平助の魂も死ぬってことはないの?」

「これも晴明に確認しないといけないけれども、おそらく、封印を施した時点で、雷微と妖種子の絆は切れるだろう。そうなれば雷微を倒しても妖種子に影響はない。封印をする前なら、雷微を倒せば妖種子も枯れる。けど……その時には平助の安全は約束できない」

 白銀のしっぽをゆらゆらと揺らし、黒い瞳が沈痛な色を帯びる。

「平助……申し訳ない。妖怪のぼくが傍についていながらこんなことに……」

「言うな、総司。俺だって、妖気に気付いていながら……守ってやれなかった」

「俺にも閻魔王も責任があるんだ。まさか屯所の中に居る平助が狙われるとはまったく考えてなくて監視を怠っていた。……というか、まさか雷微がこんな大それたことを仕掛けているとは思わなかったんだ」

 そして、三人とも、心の中で平助にひたすら詫びた。

 

 翌朝、屯所に見慣れない若い男が二人来ていた。すらりと背が高く、衣服は篁と同じ狩衣に烏帽子だ。

「春少将に晴明! 二人とも来てくれたんだ!」

 人型になった総司が二人に駆け寄る。

「常葉姫と閻魔王から篁への差し入れをもって来たんだ。あと、神野さまから嫌味も預かったけど……言わない方が良さそうだね」

 春少将がふんわりと笑った。何百年たっても相変わらずの、穏やかな武官である。

「晴明は魂魄だけで人界へ来たの?」

「ああ。八大地獄に新たな穴が見つかって冥土は大忙しだ。裁判は休廷、三途の川も船が止まっているから、肉体と魂の半分はあっちへ残してきた」

 会話が聞こえたのだろう、少しばかりやつれた篁が顔をだした。

「よく来てくれたな。さっそくで悪いが、封印の術を行う」

 意を決したように、篁が宣言する。

「総司はこの部屋を丸ごと結界で包め。逃がすことも、外から干渉されることも避けたい。新八と春明は念のため平助の傍で待機。何があっても平助の無事を祈れ。その思いが力になる」

 常葉姫からの差し入れとは、どうやら呪術の道具だったらしい。数珠やら札やら祭壇やらをてきぱきと用意する。

 晴明は、呼吸を整え部屋の中に陣を描いていく。平助の傍に端座し、こちらも数珠と護符を引っ張り出し何やら文言を唱え始める。

「新八、包帯を外せ!」

「お、おう!」

 しゅるり、と包帯が解かれた瞬間。額の傷口から妖種子が飛び上がった。

「春明、平助の体を押さえろ」

 篁が言ったときには心得た春少将が動いている。伸び上がった妖種子は物凄い力で抗う。

 覚醒し痛がる平助を、咄嗟に新八が当身で落とす。

「篁、体は眠ったけど種は起きてるみたいだ」

「わかった」

 篁と春明が一瞬視線を交わらせた後、神咒を唱え、平助の体に向かって護符を放り投げた。だがそれは一瞬にして灰と化す。平助の内側からにじみ出る妖力の方が強いのだ。

「ごめんね、平助」

 妖狐が平助の胸に飛び乗り、妖力で妖種子を拘束する。

「篁、晴明、今だよ!」

 まばゆいばかりの光が平助の体を包み、妖種子の、絶叫とも咆哮ともつかぬ叫びが轟く。

 その叫びを聞いたのだろう、雷微の気配が近づいて来る。だが、篁、春明と天敵が揃っているここへ手出しはしない。

 部屋の中の生き物が皆、息を詰めた。

 張り詰めた静寂のなか、妖狐がそっと、慎重に妖種子の拘束を解いた。

 思い出したように新八が傍らに放り投げてあった鉢金を手にする。暫し見つめてから平助の額に巻いてみる。篁が僅かに緊張し、呪符に指を掛ける。

 たっぷり呼吸を五つ数えた頃。

 平助の目蓋がひくりと動いた。瞳が左右に動き、のろのろと焦点を合わせる。

「……あれ、終わったの?」

「平助、あのな……」

 事情を説明しようとした新八に、平助は笑顔を向けた。

「おれ、ちゃんとわかってるよ。おれの胸の奥の方で妖種子が文句言ってるよ。封印されてるから何も出来ないけどさ。これで当分は、おれでいられる……」


 この翌日から、新選組は長州勢を迎え撃つために竹田街道に出陣し、さらに数日後には九条河原に出陣した。

 だがその陣に、藤堂平助の姿は見当たらない。それどころか、都のどこを探索しても平助の姿を捕えることができない。どうやら、晴明が強い守護の術を施して行ったらしい。

「篁め、またしても楽しみを邪魔するか。忌々しいことよの……」

 空から眺める雷微は舌打ちをする。己が屯所から目を離して手下や僕を作ることに励んでいた隙に、妖種子は封じられるし平助には強固な護りが施されてしまった。

 戦や巡察に出てくれば鬼どもに襲撃させて封印を破ることも出来るのだが、その予定もなさそうである。

「まぁ、良いわ。楽しみは取って置こう」

 さしあたって、目の前で起こりそうな戦を楽しむのが先だ。これでまた怨念が増えて悪鬼怨霊が増える。

「存分に闘え。血を流せ。それが我の糧となる」

 赤い唇を吊り上げて雷微は実に楽しそうに笑った。

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