死神と燃える男
「なあ…熱いんだ。水をかけてくれないか」
男は言った。苦しそうに顔を歪めて胸を掻きむしっている。その足元には、黒い人影があった。どうやら男はその人影に話し掛けているらしい。
「ああ、熱い。熱い。何でこうも熱いんだ。まるで体中燃えているようだ」
「…実際、燃えているからな」
人影が初めて口を開いた。人影の言う通り、男の体はあちこちから火を噴いている。なぜそうなったのか、どうしたらそうなるのか、男にもわからなかった。ただ道を歩いていたらそうなったのだ。
「ああ、約束の時間に遅れるな。彼女は怒るかな。時間に厳しいからなぁ」
男は泣き出しそうな声で言った。
「なあ、俺の彼女は料理が得意なんだ。特に四川風っていうのか、こう…辛い奴。もっと沢山食っておけばよかったなぁ…」
周囲では悲鳴が入り乱れていたが、男は気にしないでそう言った。人影は立ち上がると、炎をあげている男へ手を伸ばす。じゅう、と嫌な音がしたが、人影は気にしなかった。
真っ黒な男の腕を掴むと、人影はそのまま男を自分の方に引き寄せる。と、とたたらを踏んで、男が一歩前へ出たとき、炎に包まれていたはずのその体は、なぜかぐっしょりと濡れていた。背後では燃やすものを失った炎が崩れていく所である。男は冷たい水を吸った髪を指で摘んで呟いた。
「火の次は水か」
「不満か」
言い返す人影も全身ずぶ濡れだ。男は苦笑して頭を振った。
「そうじゃないが…これじゃ、もう彼女には会えんなあ」
「…残念だったな」
呟く人影に、男はため息をついた。
「ああ、彼女の麻婆豆腐…食いたかったなぁ」
「仏壇にでも供えてもらえ」
返す人影の声はそっけなかった。
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