20 別れを惜しむ

あの人に抱いたのは、ただただ清らかで淡く、なのに狂おしいばかりの恋情で。

今思えばきっと、恋に恋したようなモノだったのでしょう。


そして貴方に抱いたのは。

恋でもなく、愛でもなく。ただひたすらに優しく、穏やかな感情で。

貴方が向ける愛情と私が貴方に向けるモノとでは全く違っていたのでしょうね。


それに長い間気付くことが出来ずに、貴方を傷付けてしまっていた。

どれだけ謝っても意味をもう成すことはありませんが。自己満足で言わせてください。ごめんなさい。


そして貴方に愛を抱くことは終ぞありませんでした。責められても当然でしょう。

けれどそれでも確かに私の中に貴方に対しての愛が宿っています。

それは春になって暖かな日差しに揺り起こされる。そんな若芽のような小さな儚いものですが。

貴方が求めたものとは形が違っているのでしょうが。


ああそんな顔を為さらないで……え?何故苛めるのか?

私は慰めているつもりだったのですが、逆効果だったようですね。

ごめんなさい。


でもこうして貴方とお話しをしていると、思うんです。

貴方との生活は戸惑うことも確かに多くて、不器用な貴方にとても振り回された気がしないでもないですが。

いま思えば、とても楽しい日々だったのだと。

もう貴方とこんな下らないことを言い合うこともないだなんて。少しだけ寂しいです。


……そんな顔をさせる気はなかったのですが。

ああ困りましたね。貴方にそんな顔をされてしまうと、困ってしまいますね。


ほんの少しの間。

貴方のお側で、貴方のことを気に掛けることが出来なくなる。ただそれだけのことなのですよ?

だから貴方がこちらに来た時、私をまだ覚えていて下さったなら。

またもう一度、私に貴方のお世話をさせて下さいね?


約束ですよ?まあ守らなくても構いませんが、……ああ、そんな顔を為さらないでください。貴方ももう良い歳なのですから。

笑うな?ふふ。無理ですよ。

だって私は貴方に出会えてきっと幸せだったのですから。

え?他人事だって?

そうですかね?でもやっぱり幸せだったのだと思います。

こういうことは自分では良く分からないものなのですよ。だからきっと、これで合っているんです。


自信満々に阿呆なことを?

貴方の性格が移ってしまったのかもしれませんね。

ふふ。冗談ですから怒らないで下さいな。



……ああ、もう時間なのだと呼ばれてしまいました。

泣かないでくださいよ。私は貴方に泣かれることがあまり好きではないの、知っていますでしょう?

泣いてないって……その顔を鏡で見て来てくれませんか?

最期までおちょくるな?

ふふ。すみません。でもこれが私の性格なので。



……きっとこれが最後になると思います。悔いの無いように言い切っていきたいと思いますから、覚悟をなさっていて下さいね?



こんな時だから言いますが、もしもう一度、なんてものがあったなら。

私、また貴方に会いたいと思うんです。

こんな形ではなくて、もっと別な形で。

少なくとも恋人と別れさせて無理矢理夫婦にする、だなんて形以外で。


死に際まで冷たいのか?

ふふ。そんな今更な。私が冷たいのは昔からでしょう?冷え症ですから冬なんて特に……え?そういうことじゃないって?

分かっていますよ。ちょっとした冗談です。


ええ、ええ。もう。そんなに何度も念を押さなくても忘れませんよ?


これから数十年は貴方が来るのは先でしょうが、貴方が死に際にすら私を覚えていてくださったなら。

私はもう一度、貴方の側でお世話をさせて頂きます。

あの世でもこの世でも次の世でも。

貴方が望まれるのなら、私が出来うることであったなら。

そして次の世では。

あの人に抱いた情を、貴方にも抱いてみたいですね。

あらあら。泣かないでと言っているのに。本当に泣き虫さんなんですから。

貴方が幸せに生きて生きて。そうすればまたすぐに会えますから。



約束よりはちょっとだけ早くなってしまいましたけども。

ほんの少し、お別れです。


貴方と過ごした時間は。

色々とありましたが確かに幸せでした。

それだけは、間違いなく。

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