第一章

第一話


 平征29年5月8日 神奈川県第二特別区


 僕は眩いばかりの日差しを浴びつつ、東京から乗ってきた電車を降り第二特別区、通称『鎌倉出島』の人工大地を踏みしめた。


 鎌倉出島は相模湾内にある30平方キロメートルの長方形型の人工島で、比較的初期に作られた海上都市である。もともとは海上風力発電用メガフロートとして半世紀以上前に建設されたものだが、その後、規模を拡張や海底への固定、連絡橋の建設などが行われ、長らく難民居住区として使わていたが、15年前の大規模改修工事の結果、現在では軍や大学の研究機関が集まる研究都市となっている。


 「確か待ち合わせは15時だったよな…」


 僕は少し傷のついた腕時計で時間を見ると、まだ待ち合わせの時間まで十数分の余裕があることにほっと胸を撫でおろした。今日は朝から忙しくて、約束の時間に間に合うかギリギリのところだったのだ。


 改札を出て、視界の先に広がる街並みを見る。少し無機質な感じはするが、それでも特段変わったところはなく、よくある地方都市という印象を受けた。


 駅前のロータリーのところまで来ると、多くの学生の姿があった。黒を基調としたワンピース型のセーラー服に臙脂色のベレー帽を被っている。そしてそのセーラー服やベレー帽には椿の花をかたどったワッペンが縫い付けられていた。


 (まだ、早い時間なのにどうしたんだろ?)


 そんなことを考えながら歩いていると、不意に強い海風が吹いた。


 「ああっ、待って」


 近くでそんな声がしたかと思うと、風に乗って臙脂色のベレー帽が飛んできた。


 僕はほとんど反射的にそのベレー帽を空中で掴む。


 「あ、あの。ありがとうございます」


 ベレー帽の持ち主と思われる、セミロングのちょっと明るい色の髪の女の子が駆け寄ってきて。ペコリと頭を下げる。


 「ああ、いや、どういたしまして」


 僕はそう言いつつ、少女にベレー帽を返す。


 少女の顔を近くで見ると、少し幼さが残りつつも、端正で大人びた奇麗な顔立ちをしていて、不覚にも少しドキッとしてしまった。


 「………」


 少女は差し出されたベレー帽を受け取りつつも、じっと僕の顔を見つめてきた。


 「えっと、どうかしたかな?」

 「あっ、いえ、すみません。…えっと、もしかして准尉さんですか?」

 「えっ」


 少女からのいきなりの指摘にびっくりしてしまった。確かに自分は皇国陸軍准尉だが今は軍服ではなく、普通の背広姿だし、仮に軍人特有の雰囲気が出てるとしても、流石に階級まではわからないはずだ。


 「あっ、あのっ、私、花菱女学園高等部1年花組の赤森星良って言います。准尉さんって、今度うちの学校に来る大鳥准尉、ですよね?」


 目の前の少女は少し不安げな表情でそう尋ねる。


 「ああ、うん。よくわかったね。僕は大鳥一郎、今度から君たちの学校でお世話になることになったから、よろしく頼むよ」

 「ああ、やっぱり。えっと、これからの訓練よろしくお願いします」

 「訓練…?ああ、そういえば、赤森って」


 『赤森星良』事前に貰っていた生徒名簿にその名前があったのを思い出す。


 「はい、私、重装機兵部に入ってるんです」


 それで納得がいった。彼女が僕のことを知っているのは、事前に今度来る教官として、僕のことを写真とかある程度の情報があったからだろう。


 「そうなんだ。…どうかな、いま訓練の方は…えっと、山下先生が見てくれてるんだっけ?」


 電話越しに聞いた優しそうな女性の声を思い出す。山下先生は、今は学校の体育教員をしているが、元々は陸軍の重装機部隊にいた女性で、今回初めて教官を務めることになった自分の補佐をしてもらうことになっていた。


 「はい、今は基礎体力とか座学とか、そういうの中心で、まだ重装機に乗ったことはないんです」


 確かに山下先生は僕が着任するまでは、本格的な訓練は行わないと言っていた。


 「それなら、できれば来週ぐらいから、搭乗して訓練できるようにしようかな」

 「本当ですか?みんな楽しみにしてるんです」


 星良君が期待するような目で見てくる。


 その視線に笑顔で返しつつも、内心では不安を覚えていた。自分なんかがちゃんと教官としてやっていけるか、まだ自信が持てていないのだ。


 「そ、それにしても、教官が若い男の人だって聞いてびっくりしちゃいました」


  星良君はなぜか少し頬を染めながら、照れ隠しでもしているかのように早口でそう言った。


 「そうだね、普通は退役した将校が学校教官になることが多いからね。まあ、僕の場合は少し事情があってね」

 「事情…?何かあったんですか―って、ごめんなさい、ダメですよね、そんな立ち入ったこと聞くなんて」

 「おっと」


 星良君が慌てて頭を下げたので、振り落とされそうになったベレー帽を素早くキャッチする。


 「あっ、すみません。また、私…」


 星良君は僕が差し出したベレー帽を大事そうに受け取る。


 「大丈夫だよ。…僕が教官になった理由だけど、そんな大したことじゃないんだ、ちょっと病気で視力が落ちちゃってね、機兵としてはダメになっちゃって、それで、ちょうど君たちの学校が新しく重装機兵部を作るってことで教官を探してたから、タイミングよく僕に声がかかったって、そんな感じだよ」

 「そう、だったんですか…」


 星良君はどんな表情をしていいのか少しわからないといった感じだが、少なくとも僕の言葉に疑問を感じている風ではない。


 嘘は得意な方ではない。


 病気で視力が落ちたというのも人事局から渡された資料に記載されていただけで、あとのことは自分で上手くやってくれと言わんばかりに丸投げされていた。


 だから、自分の言ったことに何かおかしいところがないか、一抹の不安があったのだが、目の前の少女の様子を見るに特に不審には感じていないようなので、ひとまず安心した。


 「星良ぁー。何してんのー?置いてくよー」


 駅の方で小柄な少女が星良君の名前を呼んでいる。

 

 「ええっ⁉ま、まってよっ、真理愛ちゃん。あの、その、すみません、私…」

 「ああ、うん。じゃあまた、学校で」

 「はい!」


 駅に向かって駆けていく星良君を見送る。


 (いい子そうで良かった)


 最近の学生は、教師に反抗的という話を聞いていたので心配だったが、何とかなりそうだと思った。


 

 それから暫くして、花菱女学園の体育教師・山下佳織先生が真っ赤なレトロ風の高級感漂う車で迎えに来てくれた。


 「ごめんなさい。ちょっと仕事が立て込んでしまって」

 「いえ、大丈夫ですよ。自分もさっき着いたばかりなので」


 実際、山下先生が駅に到着したのは待ち合わせ時間ピッタリだった。


 「いい車ですね」

 「独身で、お金だけは余らしてるから」


 山下先生は自嘲気味に言った。


 「それじゃ、行きましょうか」


 ドアを開けて、山下先生の車の助手席に乗る。車は静かなモーター音を立てながら発進した。

 

 車の内装にも気を使っているようで、本革のシートや木目のインテリアなど高級感溢れていた。


 「結構こだわってるんですね」

 「ええ。まあ、本当はガソリン車が欲しかったのだけど、やっぱり車そのものの値段も高いですし、もうどれも古いものしかないので維持も大変そうで。そもそもガソリンももうほとんど市販じゃ売られてないですしね。そうだ、大鳥教官はガソリン車乗ったことあります?」

 「ええ、まあ。学生時代に学校の倉庫に眠ってたやつをちょっと運転させてもらったぐらいですけど」

 「へぇー、いいですねぇ。私が子供のころにはまだ少しは走っていたんですけど、最近はもうほとんど見かけなくなりましたねぇ」

 「でも僕は電気自動車の方が好きですよ。ガソリン車は結構うるさいですし」

 「そこがいいんじゃないですかぁ」


 山下先生は楽しそうに言う。


 「そういえば、荷物ってその鞄だけですか?」

 「ええ、他の荷物は全部引っ越し業者に任せました。急に何か必要になっても、コンビニで買えばいいかなって」

 「男らしいですね」

 「ずぼらなだけですよ」

 

 山下先生と他愛のない話を続けていると、10分もしないうちに花菱女学園に到着した。これならわざわざ迎えに来てもらわなくとも、歩いて行ってもよかったかもしれない。


 「それじゃ、まず学園長に挨拶しに行きましょうか」

 「はい」


 花菱女学園は、単純な大きさで言えばそこそこの大規模な学校だ。都内の学校に比べたら一学年3クラスのみと人数としてはいくらか少なく感じるが、校舎の周囲には3つの校庭があり、他にも設備の充実した地下運動場、800人収容可能な大講堂とかなり豪華な学校という印象を受ける。


 そんな立派な校舎を見回しつつ、山下先生に案内されて駐車場から高等部の校舎に入ると、入ってすぐ目の前の部屋(職員室との札がある)から一人の少女が出てきた。


 奇麗な黒髪を背中まで伸ばした、長い睫毛のキリっとした目の娘だった。


 「あ、青崎さん」

 「…失礼します」


 青崎と呼ばれた生徒は山下先生の呼びかけに一瞬動きを止めたが、軽く会釈をした後すぐに立ち去ろうとする。


 「ちょっと、待って」

 「なんです、私これから用事があるので」

 「あ、あのね、この人、明日から機兵部の教官になる―」

 「そうなんですか。よろしくお願いします。それじゃ」


 青崎と呼ばれた生徒はそっけなくそう言うと、足早に去っていった。


 「あっ、ちょっと!」


 山下先生が再び引き留めようとするが、少女は振り返ることなく玄関の方へ行ってしまった。


 「ごめんなさい。あの子、青崎瑠香っていって、機兵部の部員なのだけど、何と言うか不真面目って感じでもないのだけど、冷めてるっていうか、愛想がないというか、ね」

 「今どきの子って感じですか?」

 「どうでしょう?ああいう子も珍しいと言えば珍しい部類だと思いますよ」


 山下先生は思案顔をしながらそう言う。


 「それに今どきの子と言いますけど、大鳥教官もまだ23歳じゃないですか。私なんかより、よっぽど今どきの子のことわかるんじゃないですか?」

 「そうでもないですよ。中高は軍学校で、卒業してからもいろいろと忙しくて、最近の若者文化とかにはかなり疎い方なんです」

 「軍学校出身の人はそういう人多いって言いますよね」


 事実、僕はこの学校の教官になるまで、長いこと寮生活が続いていて、しかもそれが軍隊という規律に厳しいところであったため、一般的な学生生活というのがよくわからないし、そこで学ぶ生徒たちがどんな様子で生活しているのかもほとんど想像できていない。


 「まあ、生徒のことで、何かわからないことがあれば遠慮なく私を頼ってください。そのための補佐ですから」

 「はい、ありがとうございます。頼りにさせていただきます」


 それから気を取り直して学園長室へ向かう。


 学園長室に着くまでの間、山下先生に重装歩兵部の訓練について聞いてみることにした。


 4月の間は重装機に搭乗することなく、基礎訓練や座学中心にやっているとは思うが、その実施状況というか、部員の反応については、明日から指導していく上でもあらかじめ知っておいた方がいいだろう。


 「山下先生、部の訓練はどんな感じですか?」

 

 すると、山下先生は少し困った顔をする。


 「なにか、問題でも…?」

 「う~ん、訓練に関しては問題ありませんよ。ただ…」

 「だた、なにか?」

 「それは学園長に説明してもらいましょう」

 「はあ…」

 「さあ、ここが学園長室ですよ」


 学園長室までは漠然ともうしばらくかかるものだと思っていたが、職員室から二つ部屋挟んで隣だったのですぐに着いてしまった。


 山下先生は学園長室の扉を軽く3回ノックすると、中から「どうぞ~」という女性の声がした。


 「失礼しま~す。大鳥准尉をお連れしました」

 「失礼いたします」


 部屋の中には、白髪頭の60代ぐらいと思わしき、ふくよかな女性がいた。


 僕は学園長室に入った後、ソファーに腰かけていた学園長の前まで進み出た。すると、自然と学園長も立ち上がる。


 「申告いたします。陸軍准尉大鳥一郎は、本日付で、花菱女学園専属軍事訓練教官への着任を命ぜられ、ただいま着任いたしましたッ」

 「あらあら、ご丁寧にどうも。私はこの花菱女学園の学園長を務めさせていただいております、南雲清子と申します。これからよろしくお願いいたしますね」


 南雲学園長は柔和な笑みで右手を出した。


 「はい、よろしくお願いいたします」


 僕はその手を力強く握った。


 「それでは、どうぞ掛けてください。」

 「はい、失礼します」

 

 勧められるままに、3人掛けのソファーに腰を下ろした。


 「大鳥准尉…いや、もう大鳥教官とお呼びした方がいいですね。改めまして、あなたを本学園にお迎えすることができて、大変光栄です」

 「あ、ありがとうございます」

 「では、すでにお渡しした資料をご覧になられているかと思いますが、これから改めてこの学園について少し説明させていただきますね」

 「はい、よろしくお願いします」


 それから、20分ぐらい学園の概要についての説明が続いた。


 花菱女学園は中高一貫校で、主にこの鎌倉出島で生活する軍人や軍属の者などの子供が多く通っている。創立は今年で11年目で、経営の大本は陸軍寄りの財閥傘下の教育法人が行っている。その影響か、教員や役員のなかには山下先生のような元軍人や、軍高官の親族が少なくないようだった。そもそも、この花菱女学園自体も陸軍の要請をもとに開校されていったと言ってもいいだろう。


 そのことについて思うことがあるわけではないのだが、すでに半世紀以上に渡る地球外生命体との戦いの影響で、軍の持つ有形無形の力が強くなりすぎている感は否めない。


 もちろん、そうした軍隊の権力の強大化に異を唱える者もいないわけではないが、実際問題として軍隊の力がなければ、この日本も数々の国と同様に亡国の道を歩むことになる。

 

 だから多少問題があるとしても、軍の動きやすい世の中になってしまうのは仕方のないことではあるのだ。


 と言うのが、無難な大人の意見ではある。


 「これで一応、学園の概要は説明しましたけれど、何か質問は?無いようでしたら学園の案内を―」

 「その前に一ついいですか?」

 「はい?」


 僕は気になっていたことを学園長に尋ねることにした。


 「あの、重装機兵部のことについてなんですが…」


 学園長がものすごく気まずそうな顔をした。


 「あ、ああ、そうですね、大鳥教官には話しておかなければなりませんね…」

 「何か問題が?」

 「ええ、その、大変言いづらいのですが…」

 「はい」

 

 この後、僕は学園長語られた事実に頭を抱えることになるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 同日 横須賀線車内


 第二特別区中央駅から出発したと電車内は、女子高生たちの声で溢れていた。


 本日、花菱女学園では球技大会を開催され、午後の早い時間にはすべての競技が終了し、今は鎌倉や横浜まで出向いて打ち上げをしようというクラスや、グループが多い。


 かくいう私もそういった中の一人で、本来なら友達と楽しいおしゃべりをしたいが、さっきの出来事が頭の中で何度も繰り返されていて、周りの声が全然耳に入ってこなかった。


 「それでさぁ、沖田先生がさぁ、って聞いてんの星良」

 「…えっ!?えっと……ごめんなさい、聞いてなかった」

 「もうっ!どうしたの?さっきからぼーっとしてさ」

 「えっと…ちょっとね」


 おしゃべり好きな友達の京子ちゃんに問い詰められたが、私は何と言っていいか分からなかった。


 「それがさぁ、星良ってば一目惚れしちゃったみたいでさ」

 「ち、違うから、そういうんじゃないから」


 私は隣に座る真理愛ちゃんの言葉を、慌てて否定する。


 「え、ウソ、誰、誰よ!?」

 「だ、だから違うんだって」

 「えっとねぇ、さっき電車乗る前に―」

 「真理愛ちゃん!」

 「いいでしょ、別に」

 「ダ、ダメじゃないけど、なんか恥ずかしいし」

 

 結局その後、真理愛ちゃんに駅前での帽子を飛ばされた時の話をされてしまった。


 「へー、新しい教官ねぇー」

 「そ、そう、教官なの。だから、ちょっと挨拶しただけだから」

 「でも、あれからずっとあの教官のこと考えてるんでしょ」

 「いや、そんなことは、ない、わけじゃない、というか、ちょっとはあるかもしれないけど…」


 確かに、あの人の優しそうな、それでいてどこか悲しそうなそんな笑顔が頭の中に焼き付いて離れないが…これが一目惚れというものなのだろうか?


 まだ、ちゃんと恋もしたこのない自分には、わからなかった。


 「へー、禁断の恋だねぇ」

 「こ、恋とかじゃないから、多分…」

 「あーあ、ついに星良にも春が来たかぁ」

 「もう、違うんだってばー」


 私はこの後も、打ち上げが終わるま友人にいじられ続けた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 同日 第二特別区 マンション相模湾301号室


 学園の施設案内は簡単な説明だけで、すぐに終わり、日が暮れる前には今日から住むことになるマンションに帰ってきていた。


 マンションは2LDKで一人で暮らすには十分な広さだ。家賃は学園が補助を出してくれて、ほとんどただ同然で住まわしてもらうことになる。


 引っ越しはもう済んでいて、昨日までは駐屯地の寮に住んできたため荷物が少なく15分ほどで作業は終了した。大きな荷物と言えば赴任する今日に合わせて注文していた冷蔵庫と洗濯機ぐらいで、あとの家電は後日買い揃えることになる。


 「はぁぁ~」


 僕は引っ越しの片付けもそこそこに、畳の上に大の字になって寝転がった。


 実質、左遷というか閑職への異動ではあったが、だからと言って決して楽な仕事ではないと覚悟はしていたはずだった。しかし、その覚悟も今ではかなり揺らいでしまいそうだった。


 昼間、学園長から聞かされた話は衝撃的だった。



 ~数時間前~



 「ど、どういうことですか⁉これでは全然定数に―」

 「も、申し訳ありません。諸々の事情がありまして…」

 

 学園長が深々と頭を下げる。


 「どうしてこんなことに?だって、3か月前にもらった資料では21名の生徒がいるって…」

 「はい、私どももそのつもりで準備を進めていたのですが、昨年からの廃人化報道のせいで、入校辞退者が数名出てしまいまして。さらにその影響で、他校も生徒の確保に必死で、かなりの人数が引き抜きにあってしまって…ほかにも持病が発覚して不適合者なってしまったり…妊娠が発覚した生徒がいたりで…」

 

 眩暈がした。


 「それで、今はたった3人しか部員がいないと…」

 「…はい、こちらでも一般生徒向けに適性を検査するなどして、入部希望者を募っているのですが、まだ成果がなく…」


 重装機兵部は全国の高等学校の共学・男子・女子高問わず30校ほど存在していて、部には軍から多額の補助金が出されていている。


 また、陸軍の肝いりで国内の戦意高揚のため、大々的に学校対抗の全国大会も開催されている。そこで優秀な成績を収めれば、卒業後、軍に下士官として任官されるし、陸軍大学校への推薦も受けやすくなる。


 重装機兵部競技大会は一個中隊単位で参加することになる。重歩兵中隊は重装機3機からなる2個小隊と中隊本部機2機で構成されることになる。そのため部員は最低でも8名の部員が必要となるのだが…。


 「それで、なんですがね、大鳥教官」

 「はい…」

 

 学園長が重い口を開いた。


 「5日後に追加の機材として、訓練用の四八式重装機が搬入予定なんですが…」

 「はい」

 「実はその時、東部軍管区の教育隊の隊長さんが部の活動を視察することになっておりまして…」

 「隊長はこのことを承知しているのですか?」

 「見込みの数よりだいぶ少ないということは伝えておりますが…、その…その時に一か月で何とかしろと言われまして…」


 ここにきて本当に頭を抱えてしまった。


 「流石に3人というのは格好がつかないので、どうにかあと5人は欲しいところなんですが…」

 「目途は立ってないんですか?」

 

 そこで、いままで黙って話を聞いていた山下先生が口を挟んだ。


 「一人は何とかなると思います。本当は2学期からの予定だったんですけど、無理にお願いして、代々木工科大付属から2年生が1人3日後にこちらに転校してくる予定になってます」

 「それじゃ、あと4人ね」


 学園長が笑顔でそう言う。


 僕としては正直なところ、人数の問題ではないと思うのだが、ここで文句を言っても仕方ない。


 「それじゃ、今日は学生たちはもうほとんど帰ってしまったいるから、明日から部員集め頑張りましょう」

 「…そうですね」

 「じゃ、この話はここまでにして、大鳥教官、学園を案内するので、付いてきてくださいね」


 それから学園長自ら学園内を案内してくれたが、部員集めをどうするかで頭がいっぱいで、あまり印象に残らなかった。



 ~回想終了~



 今日の昼間のことを思い出すと、明日からの教官生活がだいぶ思いやられる。


 訓練どうこうよりも、まずは部員を集めないといけない。しかも、残り5日でだ。簡単な話ではない。


 (何とかするしかないよな)


 この程度の危機は三年前、渤島決戦で経験した死線よりはだいぶ生易しいものだろう。


 そう考えることで、自分を奮い立たせた。


 「とにかく、明日から頑張ろう」


 僕はそう呟いて、瞼を閉じた。

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