4話「大作戦の道程」

4-1「小方黒音」


「よっしゃあ!」


 片桐が操る緑色の戦闘機から放たれた直進弾がエイリアンの葉巻型の戦闘UFOを撃ち落とす。そこへ後方から加速してきた黒い戦闘機がUFOの爆炎へと突入し、中から現れた四角形の発光体に触れ、中のアイテムを回収する。


「あっくそ!ずりぃぞ」

「お先に失礼」


 アイテムを横取りした黒い機体は一気に前進し、緑の機体はそれに追い縋る。

 頭上から近づいて来た敵を、追尾弾に切り替えて撃ち落とす。真下の黒い機体を阻む位置取りで、降ってきたアイテムを機体の上部で受け止める。


「っし!……ん?」


 今度は横取りされなかったと快哉したが、黒い機体の様子がおかしい。

 静かだ。静かすぎた。

 不審に思って横目で黒い機体の主、小方黒音こがた くろねの「手元」をよく見ると、エネルギーチャージの操作をしていた。


「露払いご苦労様」


 次の瞬間、画面右側から縦並びに出現した十体のUFOは、姿を表すなり黒音が放った最大威力の拡散弾で瞬殺された。続けて現れた第二陣をも飲み込んで拡散弾はようやく消える。


「くっそ!」


 思わず悪態をついたが、まだチャンスはある。チャージして放つ大技は強力だが、反動による技後硬直が大きい。この隙に今のスコア差を埋めるべく、片桐の緑戦闘機は前に出て、更に現れた第三陣を狙う。


「ところがぎっちょん」


 黒音機の上に時計型のアイコンが浮かぶ。技後硬直が瞬時に解けた。

 そればかりか目にも留まらぬ速度で片桐機を追い抜くやいなや、敵を通常弾で倒していく。


「さっき取ったアイテム……時間加速だな!?」

「アダムスキー型が拡散威力アップを出した場合、次の葉巻型はね、確定で時間加速を出すのよ」

「覚えゲーかよ!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 黒音の家に招かれた片桐は、横スクロールのシューティングゲームで彼女とスコアを競っていた。


 片桐はシューティングゲームはあまりやらない割には得意な方だった。並列思考を利用した動体把握で画面全体を把握できるからだ。


 例えば画面を四分割して、四つの思考でそれぞれを把握出来る。

 全力なら、蚊柱の蚊の個体数を数秒で数えられる程である。実戦でも素早く動き回る小型妖怪の数を瞬時に把握できるなど有用な場面は多い。先日もバケグモ軍団との戦いで役立てたばかりだ。


 学校や遊びなどの日常では使わないように半ば自主的にセーブしてはいるが、今日ばかりは話が別だった。黒音本人もそれを望んでいたし、現に能力を使ってもなお一歩彼女には及んでいない。

 コントローラーもゲーム内の機体も一つしかないのでは、流石の並列思考も活かしきれないのだ。これが四人用ゲームを二人分づつ操作する、といった勝負なら或いは互角以上だったかも知れない。

 だが今日の勝負では、「今現在の画面」の把握を出来たところで、やりこんで先の展開を把握している黒音には太刀打ちできない。


 それを承知で片桐が勝負を受けたのは、ドロップアイテムの入手がランダムだ(と思っていた)からだ。

 今はゲームのオプション設定でアイテム欄にマスクを掛けてある。入手時に無作為に種類が確定する(筈の)アイテムは、この仕様では使ってみるまで何のアイテムだか分からない(筈だった)。

 それは黒音も同じだと思ったから勝負を受けてみれば、とんだ罠だった。バグか仕様なのかは分からなかったが酷い話だった。訴えたら勝てるだろうか。



 ―そこから片桐は何とかスコア差を埋めようと、ステージボスに積極的に攻撃を仕掛けたが、それすらも黒音の巧妙な罠だった。

 ボスはHP残量に応じて攻撃パターンが五段階に変化するタイプだった。いわゆる初見殺しの中でも特に厄介なパターンである。

 前に出ていた片桐機はパターンの切り替わりごとに強力な攻撃を受ける羽目になった。特に、四段階目開幕の全方位追尾弾幕の三連発を凌げたのは奇跡だった。


 ストックしていた種類不明のアイテムを使ってみると、高速化、防御アップ、瞬間無敵化という基本ながらも役立つものばかりだった。アイテムの運は良かったが、そこまでだった。

 黒音は絶妙に嫌な位置取りで片桐に後退を許さず、自分は安地で攻撃をしのぎ、片桐のアイテム切れを狙って一気に攻勢に出た。ボスは四段階目までは強くなっていくが、最後の五段階目だけは第一段よりも弱体化する仕様だった。

 黒音は至近距離では通常弾、反撃を避けながらの追尾レーザーで間断ない攻撃を続けた。勿論、片桐の射線を遮ることも忘れない。

 片桐も、何とか射線に関係ない軌道変化弾で攻撃を続けたが、これは威力が低くスコアが伸びにくい。

 結局スコア差が広がる一方のまま、ステージクリアとなった。ダメ押しとばかりにMVPボーナスで更に差が広がる。



「ずりぃぞ……」


 それだけぼやくのがやっとだった。

 片桐は画面をポーズさせて、背後にあった二人用ソファの腰部分に背を投げ出す。


「貴方ももっとプレイして覚えれば良いのよ」

「元ニートと一緒にすんな。色々忙しいんだぞ」

「言うわね?今は働いてるし、そもそもニートじゃなくてドロップアウトだって言ってるでしょう」


 黒音は片桐の額を人差し指でトン、と小突いた。


「傍から見りゃ同じだろ?」



 小方黒音は数年前の院生時代に大きく稼いでから最近まで一切働いてなかった。

 片桐も詳しくは知らなかったが、浪費しなければ兄の磐司ばんじと二人で一生遊んで暮らせるだけの貯蓄があるとは聞いていた。

 実際、今住んでいるこのマンションの部屋も一括払いで購入済みのものだった。


『働こうとしないのがニートだから、もう働く必要がない自分はドロップアウトだ』というのが黒音の主張だった。

 それが半年ほど前に急に僚勇会に入った。片桐には理由の察しはついていたが、磐司も含めて本人から直接聞いたことも聞く気もなかった。



「傍からじゃなくて内側から見なさいな」


 片手を分厚いカーペットの床に付けた黒音がセーターの首元を指で広げた。

 ほんの数ミリほど、控えめに空間が開いた。


「今、『アンタじゃ谷間見えねぇよ』とか思ったわね。露骨に気の毒そうな『色』だったわ」

「見せる『フリ』にしても、もうちょい広げろよ。あれじゃ例えDカップあってもなんも見えねぇよ」

「……」

「自信ねぇってことか?」

「…………そうそう、罰ゲームがまだだったわね。確か、敗者は一生勝者の奴隷になるんだったわね」

「んな訳あるかよ!……十分間、言うことを聞くんだろ」

「そうだったわね。じゃ、その十分で一生私に服従する覚悟を決めなさい」

「ざけんな」

「いいわ、じゃあ別のにしましょうか。……そこに直んなさい」

「お、おう……?」


 片桐が座布団の上に姿勢を正すと、四つん這いの黒音がゆっくりと迫ってきた。


「待て、何する気だ」

「セックス……!」


 黒音の目が光った、様に見えた。


「婚期が迫ってついに狂ったか!」

「シャァッ!」

「うげっ!!」


 立ち上がって逃げようとした片桐に平手とチョップの中間のような攻撃が叩き込まれ、ソファの上に叩き落とされた。。


「……と、思ったけど兄さんがいないわね。兄さんに見せなきゃいけないのに」

「アンタは自分の兄を殺人犯にしてぇのかよ……!?」


 磐司の前で黒音に手を出したら普通に殺される。

 片桐はそう認識していた。


「正確には『兄の目を盗んでこっそりしようとした所をうっかり見つかって慌てて隠す感じ』でないといけないのよね」

「……なんで?」


 片桐は関西風のアクセントで尋ねた。この女はさっきから何を抜かしているのか。


「そうね……これをご覧なさい」


 黒音はすっくと立ち上がるや、部屋の隅にある別のソファへ向かった。腕付きダブルソファの座面の下の隙間に手を入れ、ぐっと持ち上げる。

 スマホで一枚写真を撮ってから、中から四角い何かを取り出した。

 それを見ていた片桐は、何故撮ったのかと考えて、後で元の位置に戻すためだと察してしまった。いらない知恵が一つ増えた。


「これよ」


 黒音が差し出したのは……。


「なんだこれ」


 片桐の眼前には……ゲームのパッケージらしきものがあった。

 どう見ても十八禁の、俗に言うエロゲーであった。

 しかもまっとうな恋愛ものではない。

 片桐の目は認識を拒絶したが、「妹」「寝取られ」などの不穏な単語が入った長々しい作品タイトルと、悪そうな男に背後から捕まえられたヒロインらしきキャラクターが哀れしっかり目に焼き付いてしまった。


「なんだこれ」

「実妹寝取られもののエロゲーね」

「んなもん、未成年に見せんな……!!!」

「貴方だってエロゲーやAVくらい隠し持ってるでしょ」

「ねぇよ?」

「またまたぁ」

「ねぇって」


 片桐はゆっくり、しかしはっきりと首を横に振った。


「……なるほど、貴方身近にオカズが溢れてるものね」

「何の話だよ」

「え、巨乳の幼馴染Rとか巨乳の幼馴染Eとか貧乳生徒会長Sとか師匠系姐さんのKとか爆乳アンドロイドGに、スレンダーな私とか……」


 黒音は右上の天井を見ながら、片桐に心当たりのある頭文字を指折り数えていった。


「やめろやめろやめろ!生々しい!変な目で見るな!……あと会長の胸ディスっといて何で自分のだけ良い感じに表現したオイ!大して変わらねぇだろ!」

「私のほうがちょっとあるわ!」


 黒音は胸を張って、開いた片手をその前に当てた。


「いや、年の差考えたら会長にはまだ希望が!」

「ない!」

「ある!……いや、それよりまずこの……ゲーム?何だよ?」

「勿論兄さんのよ」

「嘘だろ……?……いや、そうじゃねぇよ!内容だよ!」

「何か?」

「寝……取られるってなんだよ!?元々自分のモノみてぇに!」

「妹が攻略対象なくらい普通よ。そう、普通」

「マジかよ……!?」


 恐るべきカルチャーショックに片桐は脱力した。

 既にソファの上に倒れていなければ、立った状態から崩れ落ちていただろう。


「いや、それは……百万歩譲って良いとしてよ……取られて何が面白いんだよ…?」

「正直分かんないわ、けど、せっかくだし兄さんのご期待に応えようかと思って」


 黒音が距離を詰める。近づけてきた顔を両手で押し戻そうとすると、それを更に両手でガードされ、押し合いになる。


「応えんなそんな期待……つぅか、ゲームと現実は別だろうが。黒音さんは戦闘機でUFO撃ち落としたりしてぇのか?」

「してぇわね」

「してぇのかよ!」

「ええ……あれ?」



 黒音は組み合っていた手を離して立ち上がった。

 あまりに急な動きに片桐がバランスを崩して転びかけた程だったが、座っていたおかげで何とか持ち直した。


「兄さん?……兄さん!?」


 黒音は廊下に顔を出して見回す。言われてみると、先ほど前で二人の後ろで観戦していた筈の磐司がいない。


「兄さん!?」


 黒音は廊下に出るとまず寝室を覗き、凄い勢いで引き返した。慌てて四方をくるくると見回してから、ふと思いついたように玄関を見る。

 廊下の入口の片桐からは見えなかったが、どうも外に出た痕跡があったらしい。


「兄さん!!?」

「ちょっと落ち着けよ……」


 片桐は黒音の肩に手を置こうとして、殴るような強さで撥ね退けられた。


「一人で外に出て、兄さんに何かあったらどうするのよ!!?」

「痛てッ!?」


 両肩を強く掴まれる。爪が食い込んでいるように感じた。


「盤兄をいくつだと思ってんだよ!?幼稚園児じゃねぇんだぞ」

「っ……!」


 黒音は一瞬動きを止めてから、片桐を少し突き飛ばし気味に離すと、空いたままの靴箱からシューズを放り置いて乱暴に履いた。勢い良く扉を開く。


「あっ!前!」


 扉の向こうに人影が見えた。

 ぶつかるかと思われたが、幸い人影はさっと横に避けた。


「……危ないだろ、黒音」


 外から戻ってきた磐司だった。

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