2-22「見舞」
その後すぐおっさんは病室を出ていった。今回の事件では他所の組織の力も借りている。おっさんは調整や折衝でスゲェ忙しい中わざわざ来てくれた訳だ。落ち着いたら礼に行かねぇとな。
俺は起き上がってストレッチをしてみる。やっぱり不具合はねぇ。体を動かしてたら小腹が空いたんで備え付けの冷蔵庫を開けてみると、サンドイッチやおにぎりとカフェオレが用意されていた。このまま食うよりは、給湯室のレンジで温めたほうが旨いだろう。人に頼むのも悪ぃし、自分で移動することにした。
廊下に出てみたが、やっぱり問題なく歩ける。病室のベッドは一見普通だが、患者に治癒魔法が掛ける仕様になっている。森の中で先輩にも治療してもらったし、残る問題は脳の負荷だけか。大丈夫だと思いたい。
「あっハル!バカ!何してるの!?」
俺が温めたサンドイッチを食ってると、学校の制服姿の恵里が入口に来た。馬鹿とは何だオイ。恵里は駆け寄って来た勢いのまま、俺の肩を掴んで胸に自分の乳を思い切り押し付けるというサービスをしてくれた。
……いや恵里にそんな気はさらさら無ぇだろうが。
「ボリューム的に物足りないかとは思いますが、私のもどうです?」
恵里の後ろからやってきた会長がありがたい申し出をしてくれたが、そうもいかねぇ。
「勘弁して下さい。瑠梨に祟られます」
「何の話?……それよりハル!寝てなきゃダメじゃない!ハルは頭おかしいんだから!」
「恵里ちゃん。表現………」
「え?」
頭がおかしいのはお前だ、と言ってやりたいところだが、子犬みてぇなつぶらな瞳をして見つめられちゃあ何にも言えねぇ。言葉のチョイスはアレだが、本気で心配しくれてんのは分かる。なんか悪い気がして、俺はそっとしがみ付く恵里の両肩をそっと押して、体を引き剥がした。乳が揺れる。
「……?……あ!うわ!」
恵里は三メートルほど後ろへサッと飛び退いた。ようやく自分がとんだ大出血サービスをしてたことに気付いたらしい。腕をクロスさせて胸を庇いながら、俺を威嚇している。
「バカ!スケベ!」
「お前が勝手にやってくれだんだろうが。ありがとよ」
「何がよ!?」
「つぅかそんなに逃げねぇでもいいだろ……」
「いや、だって。そうしないと反射的に頭を蹴り飛ばすところだったから……」
「怖ぇな!?お前トドメ刺しに来たのかよ……」
俺も思わず数十センチ後ずさる。
「ダメですよ恵里ちゃん。そこで直接揉ませにいくくらいじゃないとアドバンテージ取れませんよ?」
「なんのですか!」
何とか恵里を宥めて三人で椅子に座る。二人は俺に持ってきてくれた差し入れの一部を開けて食べている。俺の分はもうあるんで後で貰うことにした。
「でも、まだ四時前ですよ。そこまで急いで来てくれなくても」
「ええ、少しでも早く添い寝してあげたくて授業終了と同時にダッシュで来ました」
「すんません……。え、添い寝?……いや!それはともかく明日の会議の準備、まだちょっと残ってませんでした?」
明日……水曜は月一の部長たちとの会議がある。
「ええ、学校は礼太くんと叶音ちゃんに憐治と、それに風間くんまで手伝ってくれてますので大丈夫です」
風間は俺のダチだ。生徒会を度々手伝ってくれてる。
「また風間に世話掛けちまいましたね……久浦と朝来は?」
アイツらは今日町内待機だった筈だ。
「調査チームの護衛で急遽出動になりました。それでも涼平野郎が戻ってれば、生徒会以外の手を借りなくて良かったのに……」
藤宮先輩は元々、会長が呼び捨てで呼ぶ数少ない相手なんだが、野郎呼ばわりとはいよいよ爆発寸前だ。
「元々は昨日戻る予定でしたよね。まだ帰ってないんすかあの人」
「ええ。昨日の騒ぎに気付いていないんでしょうね。つまり、まだ奥にいるってことですよあの女泣かせ。もう、叶音ちゃんが見てられなくって……」
会長は腕を組んでむくれている。怒っているふうだが、その表情は心配のほうが勝っている。藤宮先輩に限って、とは思うが、何があるか分からねぇのが禁忌の森だ。先輩は今の風科の通常戦力では最強、しかも一緒にいるガイアは火力と装甲なら先輩以上だ。食料自体はギリで明日までは保つみてぇだし、大丈夫だと思いてぇ。
「俺はむしろ、帰ってきた後が心配ですよ」
「後?」
「……いや、会長にぶっ殺されやしねぇかって」
「それは確かに心配ですね。もしもの時は私を止められるように体を早く治してくださいね」
「まあ、体は全然平気なんスけどね」
俺はサンドイッチを食べ終えると、立ち上がって軽く運動してみせた。
「なるほど、確かに」
「先輩が素早く手当をしてくれたお陰ですかね」
「でもハル、頭が悪いのは平気なの……?」
「だからね、恵里ちゃん。言い方」
俺は恵里をスルーして、さっき聞かされた病状を説明した。恵里は胸を撫で下ろすと、その手で俺の頭を撫でてきた。
「そっか……良かった」
「おい、やめろ」
「そうですよ恵里ちゃん、胸を当てるなら間接ではなくて、直接です」
「何言ってんすか!?」
「?」
「………ともかく元気そうでよかったです。でもキツかったら診断結果にかかわらず休んで下さいね」
学校のノートは風間が、クワガタたちの餌やりは、俺の基地近くに住んでる兄ちゃんがやってくれてるから心配するなと言われた。
「ありがてぇですけど、体が鈍っちまいますよ。検査を通ったら明日は出ます」
俺は椅子に座り直し、カフェオレを飲んでからおにぎりを一口で口に放り込んだ。恵里は『もっと落ち着いて味わって食え』みたいな目線で睨まれたが、こんな食い方が出来るくらいには元気だってアピールだよ。分かれ。
「分かりました。最後にあと二つ。まず、あとで瑠梨ちゃんに電話してあげて下さい」
分かってたんで敢えて聞かなかったが、瑠梨……というか親父さんたちも含めた鳥姫神社は、やっぱり今めっちゃ忙しいらしい。
調査チームが交代で森に入るから、二・三時間おきに送りや迎えの禊をやっている。僚勇会側も禊の回数を減らすべくなるべく一度の人数をまとめてるだろうが、なかなか都合良くはいかねぇだろう。
「本当なら瑠梨もお見舞いに来たかっただろうけどね。瑠梨も学校休んじゃってるから……」
恵里はなにやら複雑そうな表情でそう言った。ある意味寝っ転がってるだけの今の俺よりよっぽど瑠梨のほうが大変だし、心配ってことか?
「礼太君たちは後で来られそうですが、瑠梨ちゃんだけは無理そうなので……入院中の片桐くんにお願いするのもどうかとは思うんですが………」
「分かりました。どっち道、礼も言わなきゃですしね。それでもう一つって?」
「お礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
先輩は立ち上がって姿勢を正し、深々と頭を下げてきた。
「ちょっ……待ってくださいよ」
「いえ。私は……私たちは時には危険を覚悟で人命を助けなければなりません。本当に必要なら死地にでも送り込まなくてはならない立場です。それなのに私は貴方たちを信頼せず、危うく人を見殺しにするところでした」
「それは……先輩のほうが正しいだろ。おっさんは逆のこと言ってたぜ。それに俺が勝手に無茶したんだ」
「はい。『人の命を助ける前に、まず自分の命』ですからね。隊長としての私の待機指示自体は間違ってはいなかったと思います。それでも………目の前で人を見殺しにしていたら個人としての私は後悔したでしょう。だから……ありがとうございます」
長々と頭を下げていた先輩はここでようやく顔を上げた。
「俺も同じですよ。もう後悔したくねぇから……!」
「でも、やっぱり無茶はして欲しくないです。もしもの時は……私は『風科の希望』を護るために貴方たちに死を命じなければならない立場です。それでも、そんな事態が来ない限りはどうか自分の命を大事にして下さい。片桐くんも勝算があってのことだったのでしょうが」
「………はい」
暫く無言が続いた。数えちゃいないが一分程だったと思う。時計が小さく一度鳴り四時を告げると、先輩が表情を和らげて、口を開いた。
「さあ、そろそろ失礼しますか。本部に寄ってから、生徒会の仕事も少し進めますので……それともお望みなら暫く添い寝しましょうか?」
「だから勘弁して下さいって!」
瑠梨と憐治に何されるか分からねぇ。直接暴力に訴えるだろう憐治はまだマシで、瑠梨の奴は二・三日は口を聞いてくれなくなるかも知れねぇ。あるいは俺を苗字で呼ぶようになる恐れが有る。あれはキツい。
「じゃあ抱き枕として恵里ちゃんを置いていきますので、どうぞ」
「わわっ」
恵里は先輩に後ろから押され、胸を突き出すような格好になる。また胸が揺れた。すぐにバランスを取って会長に抗議する。
「もう!何を言うんですか!もう!」
「別の意味で勘弁して下さい。死にたくねぇ」
「……どういう意味?」
「お前、ガキの頃隣で寝てた俺を殺しかけたくせに……」
「ああ、昨夜山小屋で聞いたお話ですね」
「ちょっと、何話してるのよ!恥ずかしい!」
そんな他愛の無ぇやり取りの後で、二人は帰っていった。
生徒会の仕事に加えて、会長は隊長の仕事、恵里は家の手伝いもある。俺は大したことねぇってのにわざわざ来てもらって悪ぃくらいだ。抱き枕を手に入れ損ねたのは惜しいが、どの道寝るのには飽きたところだった。俺は病室に戻って着替えて、資料室へ向かう。
僚勇会施設の外に出ねぇことと九時までに戻ることを条件に、スタッフに許可は貰った。寄生虫野郎について過去のデータを洗い直したり、交戦データをまとめたり、雑魚グモの中に新種がいなかったか記録映像を確認したり、やれることは多い。今の俺みてぇな半病人にでもな。
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