ゴースト・ライト

イマジンカイザー

第一話:『これおれのォ!! 間違いなくおれのォォオ!!』

雑葉大と上代茉莉

『とうとう会えたな、ハーヴェスター。お前の企みも、ここまでだ!』

『愚かな。創造主たる私の庇護なくして、此の世界で生きて行けると思うのか? 機械でも、ヒトでもない半端者の分際で!』



 全面市松模様のだた広い敷地の中で、二人の男が対峙する。

 一人は黒曜こくように輝く不気味な仮面を被り、全身を包み隠す赤のガウン。

 もう一人は黒のボディアーマーを身に纏い、紅い瞳に獅子を模したマスク。

 互いに退転の意思は無い。今ここで、雌雄を決する覚悟だ。



 ――僕がまだ小さな子どもだった頃、形を持った悪意が世界中に根を張り、人々を恐怖と混乱の渦に巻き込んでいたあの時代。

 ――悪意の名は『ハーヴェスター』。人間を意志在る兵器に作り変え、戦果の種火を撒き散らす。各国列強ですら太刀打ち出来ぬ武力の前に、希望は全て消え去ったかに見えた。

 ――しかし、一人の男が組織に『否』を叩き付け、敢然と反旗を翻した。ハーヴェスターは彼を裏切り者と見なし、幾多の屈強な追手を差し向けたが、その誰もが彼に屠られ、時には味方となり、反乱の火種は世界中に拡大していった。


『お前はかつて、私を単なる羽虫と捨て置いたな。その虫風情に部下を攫われ、野望の全てを打ち砕かれる気分はどうだ』

『言いよる、言いよる。それで勝ったつもりかね。これは敗北ではない。無論、君の勝利でもない。新たなる“はじまり”さ』

『そうとも。この世界は悪魔の支配を離れ、在るべき姿を取り戻す』

『否。否・否・否。始まるのは輝かしき未来などではない。新たな――苦難苦役の歴史だよ』


 ――叛逆の炎は瞬く間に燃え広がり、遂に敵の中枢へと彼を導いた。

 ――敵の首魁を討ち果たし、メディアの前に姿を見せた彼が口にした言葉を、僕は今でも覚えている。


『"この勝利は私たちだけのものではない。我々を信じ、応援してくれた皆のものだ。あなたがたに感謝します。本当に、ありがとう"』

 ――疲労疲弊に掠れたその声に。己の努力を鼻にもかけぬ謙虚さに。涙が溢れて止まらなかった。僕も彼らに貢献出来たのだと歓喜に震え、テレビの前でポーズを取ったものだ。


 ――こうして、悪の組織ハーヴェスターは崩壊し、正義の勇者たちは皆に迎えられ、人間社会へと融和していったのです。めでたし、めでたし。


 ……でも。その、後は?



◎F書房・VX文庫刊行・夢野美杉(ゆめの・みすぎ)著・ガーディアン・ストライカー︰第一話・序文より引用◎



※ ※ ※



「あァあ、振られちまったなあ」

「そーかい、そうかい。えらいねェ」

「ね、ちゃんと聞いてる? 幼馴染にコクったのに、おれ、フラれちゃったのよ、この前の夜」

「あァ、あァ。そりゃあまた。所で、登別にゃあ、いつ帰らせてくれるだい」

「傷心旅行で温泉ならおれだって行きたいわ。話くらいちゃんと聞いてくれよォ」


 陽当たりが良く、開けたリビングルーム。真中には弧状に湾曲した長机と型の古い液晶テレビと、更に古臭いデータ入力用卓上端末。

 数人掛け長机の前に座し、補充し終えカラになった紙おむつの袋を畳むおれは、興味本位で迫る皺くちゃの利用者に向かい、無駄と解っていつつも管を巻く。


 こんな間の抜けたやり取りを、受け手を変え、今日一日だけで何度も何度も繰り返している。

 淋しがり屋というか、慰めて欲しいのかというか。正直自分でも良く分からない。


 雑葉大ざっぱ・まさる、特別養護老人ホーム勤めの二十五歳。中高大とまるで実らず、ようやく芽吹いたおれの遅咲き桜は、花を付けずに枯れ果てた。


「こらこら、『大ざっぱ』。イワマさんにヘンなこと言わないの。真に受けてお家に帰りたいなんて騒ぎ出したら大変よ」

「飯田さん、少しゃアおれの心配もしてくださいよー。こちとら失恋なんすよ、失恋」

「そうヘラヘラ言い回れるうちは大丈夫。喋ってる暇に仕事しなさい」


 あぁ、そうですか。どうせ外野にゃ解かるまい。これでもずしんと落ち込んでるのに、なんとまあ世知辛い世の中だよ。

 だがまあ、フロアリーダーの言うことは尤もだ。イワマさんはめっぽう強い帰宅願望持ち。一度火が付くと、杖を付いて容易くおれたちの持ち場から去ってしまう。

 この施設は三階建の東西二分構造。開け放したドアから階段を下られたり、窓を開いて外を覗かれたりされた日にゃあ……。考えるのも恐ろしい。



「だいたい大ざっぱ君ってば、その日泥酔しちゃってて、ぼんやりとしか憶えてないんでしょ。告白されたってのも、君の妄想なんじゃない?」

「ちょっ、ジョーダンにしたって笑えないっすよ大崎さん。マジな話だからヘコんでンじゃないですか」


 癪な話ではあるが、フラれたショックを癒やさんと酒に逃げたせいか、その時した話を全く覚えていない。

『ゴメンネ、ざっぱー。今のアタシは二次元にしか興味がないのだ』。その言葉だけが、トラウマとなって耳の奥に今もひりついている。



 上代かみしろ茉莉まつり。中学頃からの幼馴染で、今なお月一月二で呑みに行く腐れ縁。赤み掛かった(嘘くさいが、本人は地毛と言ってきかない)ゆるふわ黒髪を、ストライプのリボンで後ろまとめのお嬢様結び。それまで別段意識したことは無かったが、他から見ればそこそこ美人の部類……なのだと思う。


 酒の肴はいつもテレビの特撮ヒーローの話。今週の話はどうだったとか、今のヒーローはこうだからいけないとか。実の無い話を繰り広げ、中ジョッキを三杯飲み干し、どちらからでもなく解散。二十歳を過ぎて酒が飲めるようになってから、そんな関係が五年近くも続いていた。


 語るも涙、聞くも涙な就職氷河期を切り抜けて、今の仕事を始めてそろそろ二年。頃合いだと思った。特撮の良い悪いを愚痴り合うガキの関係から、男女の関係になろうと思い立ち、おれの方から告白話を持ち掛けた。


 その結果がこのザマだ。涙を堪える代わりにジョッキを増やし、ワインに手を付け、代わる代わるに飲み干して。気がつけば家の前。

 過ぎ去る車のエンジン音からして、マツリがタクシーを呼んで連れ帰ってくれたのだろうか。そこまでの行間を全く憶えていない。

 何もかもが曖昧だ。そもそも、告白まで行ったのか? 全部おれの妄想だってのか? いやいやいやいや、ナイ無いない。



「ほぉら。駄べってないでさっさと動く。今週のレクリエーション担当、『大ざっぱ』でしょうが」

「うぬぬ……」

 悩んだところで答えは出ず。今はただ、無心に目の前の仕事をこなすのみ。七面倒なことは横に置き、椅子を引いて起ち上がる。



「なあ、坊っちゃん」いきり立って動き出さんとしたおれを、イワマさんが何気なしに呼び止める。

「ヒトの出逢いは合縁奇縁あいえんきえん。オトコとオンナの問題は、半端な気持ちで臨んじゃならんよォ」

「はあ」


 何だよ、ちゃんと聞こえてるんじゃん。普段はぼやーっとしてるのに、時々こうして大真面目に返して来るもんだから、当たった時はヒヤッとする。

 そう言えば、あの日おれはどうしてマツリと会おうと思ったんだっけ。『大事な話がある』。そんなことを言ってたような、言わないような――。

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