第20話-A トゥルーエンドの選択肢


 ハイウェイを降り、エドセトア・タワーの目前に辿り着いた。

 高さ666メートル。現在、世界最高を誇る人工建築物。

 その偉容をリリヤと並んで見上げながら、デリックは唇を引き結んだ。


 この世界最大の霊波塔を使えば、世界中から情報という名の魔力を集めることができる。

 その魔力をもってすれば、《駆け広がる病天のペイルライダー》はその本領を取り戻すだろう。

 ――魔神の完全復活。

 魔術的には大幅に衰退した現代でのそれは、人類史の終焉を意味すると言ってもいい。

 しかし、その目的はなんなのか。世界すら容易に平らげる力を取り戻して、ペイルライダーは一体何がしたい?


 タワーの傍を走る道路に、赤いスポーツカーが乗り捨てられていた。

 デリックとリリヤもバイクをその辺りに置いて、エドセトア・タワーの敷地内――《タワー・タウン》に足を踏み入れる。


 真っ先に見えてくるのはタワーではなく、その下にある商業施設の入口だ。

 1階から3階までは観光客用のショッピングモールで、タワーの入口は4階にあるはずだった。


 商業施設の脇にあるエスカレーターを駆け上り、直接4階に向かう。

 4階と言っても、そこに広がるのは煉瓦や石畳、そして街路樹で綺麗に整えられた遊歩道だ。

 それを全速力で駆け抜けると、ようやくタワーの根元に辿り着く。


「……誰もいないわね」

「本来なら四六時中観光客でごった返してるはずなんだがな……。ここも《駆け広がる病害の馬ペイルライダー・パンデミック》の範囲内か」


 見えないところで人が倒れているのかもしれない。だが今は構っていられなかった。ペイルライダーを止めることが、彼らを助ける最短にして最善の道だ。

 エントランスに飛び込み、チケットカウンターをスルーする。


「ペイルライダー……どこに行ったの……!?」

「きっと上だ! タワーが集める魔力データが目的なら、アンテナに近いほうが都合がいい!」


 この階には天望デッキ直通の高速シャトルエレベーターがある。

 ガラス越しに見える巨大な柱を横目にしながら走っていけば、ようやく見知った背中を捉えた。

 銀色の髪。華奢な身体。義妹レイヤの肉体を操作した、ペイルライダー。


 デリックたちに気付いて振り向いた彼女は、何かが抜け落ちたような無表情だった。

 その背後で、エレベーターの高度表示が凄まじい速度で下がっているのが見える。上に停まっていたエレベーターを呼び戻しているのだ。


「――精算するのよ」


 突きつけるような声に、デリックとリリヤは足を止めた。


「1000年前の間違いを――ここで精算するの」


 刻一刻と地上に近付く高度表示を一瞥しながら、デリックは問い返す。


「……なんだよ、間違いって。オレが土壇場で勇者の使命を放棄したことか? 魔神王から解放された神霊と契約しちまったことか?」

「それとも……私が、お父様のやっていたことを知らなかったことかしら」


 リリヤが一歩前に踏み出しながら続けた。


「私が世間知らずで、お父様が殺されても文句を言えないようなことをやっていたことを知らなかったから……だから、あんなことになったんだって、そう言いたいの、ペイルライダー?」

「――30分」


 デリックたちの問いにはまるで答えることなく、ペイルライダーは3本の指を突きつける。


「残り30分で、エドセトア・タワーから全世界に、魔力回収マギグラムが一斉送信される。

 これは一種のバックドアよ。人間に感染すると、その体内魔力を特定のアドレスに送り続ける。に、そしてこのタワーにね? タワーが送受信するデータを横取りするのなんかより、よっぽど効率的でしょう?」


 言葉の意味が脳に染み込むにつれ、背筋に冷感が走っていった。


「ばッ……! じょ、冗談じゃないわっ!」

「どうなるかわかってんのか、お前……!? 全世界で何百万、いいや何千万って人間が、急性魔力欠乏症で倒れることになる! そんなもん、ただそれだけで……!」


 社会は人で回っている。

 ドワーフィアが開発する機械技術が多くの仕事を代替するようになったと言っても、社会の根幹にあるのは未だ人的資源マン・パワーだ。

 その多くが一斉に失われると同時に、残った人々に対して未曾有の負担タスクを課す。それによって生じる社会の麻痺は、世界のダメージは、一体どれほどになるか?


「小うるさい連中は消えて万々歳。晴れては完全復活を果たし、即座に《駆け広がる病害の馬ペイルライダー・パンデミック》を全世界に蔓延させる。人類は黒死病の呪いに包まれ、その歴史に終止符を打つでしょう。

 さて、というところで、お尋ねしましょうか、勇者様にお姫様?」


 史上最大の人質を盾に取り、七天の魔神は最後の選択肢を突きつける。


「――世界か、復讐か」


 考えるまでもなかった。

 残り30分。それまでにレイヤからペイルライダーを切り離さなければ、人類社会に回復不可能なダメージが生じる。

 その結果、これから先あるはずだった繁栄が、幸福が、栄光が、ことごとく黒く塗り潰されるかもしれない。


 そして、そのすべてを。

 今、ここで、『リリヤを殺す』と答えるだけで、回避できる。


 これは決して難しい問いではない。

 うんうん唸って思案する必要も、ぎゃあぎゃあ泣き叫んで懊悩する必要もない。

 デリック・バーネットにとってデメリットはひとつとしてない。リリヤ・エクルース・フルメヴァーラにとってもそうだろう。ペイルライダーが迫っているのは『復讐の完遂』――彼女がデリックを殺すことでも満たされるのだから。


 1000年前、世界と人類のすべてを裏切って始まった復讐劇。

 それに、今度は世界と人類のすべてを救うことで幕を引くことができる。

 まさに完璧。まさに無欠。ペイルライダーが用意してみせたのは、おあつらえ向きと言ってもまだ足りない完全なるハッピーエンドだった。


 だから、二人は答える。

 世界か、復讐か?



「「――どっちも」」


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