第4章 残骸少女アンダードッグ - Where_is_my_destiny? - 

幕間 一人の少女のものがたり:第3話


 ――きっと、自分の運命に出会えると思っていた。

 強くなって、弱くなくなって、一人前になれたなら――わたしのところに、わたしの運命がやってきてくれるのだと、少女はそう信じていたのです。


 傷が癒え、身体も強くなり、お姫様のもとを旅立った少女は、一人きりで各地を巡るようになりました。

 道中出会った傷ついた人々を、かつてお姫様にそうしてもらったように癒しながら、自分の運命を探し続けました。

 誰かの脇に立つだけじゃない、自分が真ん中にいる運命。

 形さえわからないそれを求める旅は、長い長い時の果てに終着を迎えます。


 ――君は……天使か?


 少女は一人の少年に出会いました。

 血生臭い洞窟の中、エンジェル・ラダーの只中で出会った彼の顔を、少女は一生涯忘れません。


 ――ようやく。

 ――ようやく出会えた。


 他の誰でもない、自分だけの運命。

 自分が真ん中に立ち、主役ヒロインを演じる物語ステージ

 これから始まるんだ、と少女は思いました。

 ここまでは長い長いプロローグで、わたしの本当の人生はこれから始まるんだ――と、そのとき、本気でそう思ったのです。

 旅立つとき、お姫様と交わした会話を思い出しました。


 ――あなたはどこにも行かないの?


 少女が訊くと、お姫様は答えます。


 ――私は王子様を待ってるの。おかしいかしら?


 少女は答えました。


 ――いいえ、いいえ。あなたなら、きっと素敵な王子様が迎えに来ます


 お姫様は花のように笑います。


 ――ええ、きっと、あなたもね


 ……ああ、なんて滑稽でしょうか。

 今にして思えば、お笑いぐさでしかありません。

 やがて少女は知ることになるのです。

 その少年は、自分の運命などではなかったのだと。


 少年の名は■■■。

 ほどなく勇者と呼ばれることになる少年でした。




※※※




 ……わたしはその『ものがたり』を観ながら、ひとりきりで泣いていた。

 彼女の心の、底の底に沈んだ、薄暗い劇場。

 スポットライトすらない、緞帳の降りた、華やかな演劇せかいの間隙。

 その真ん中で、彼女は歌っていた。


 ああ……彼女は、わたしと同じだ。

 生まれた時代は1000年も違う。それでも、同じ痛みを持って、同じ苦しみを抱えて――そして、同じ人に恋をして、同じ人に嫉妬した、掛け値なしの同類だ。


 だから彼女は、わたしがこのものがたりを観ることを許したのだろう。わたしなら、きっと彼女のことを理解できると信じて。

 彼女が本当に求めたのはたったひとつ。

 運命なんかじゃない。

 主役なんかじゃない。

 幸福ですらありはしない。

 もっと簡単で、もっと陳腐で、普通に生きる人間なら誰でも持っている、ありふれた欲求だ。


 でも、だとしたら……今、彼女がやっていることは、あまりにも未熟で物悲しい。

 15年しか生きていないわたしにすらわかる、切なくなるほどの不器用さ。

 わたしのためと言い聞かせ、自分の気持ちを覆い隠し、わかりきったことを認められず、ぐちゃぐちゃな頭のまま、ただ走り続けることしかできない。


 その先にあるのがバッドエンドだと、きっと彼女も知っている。

 それでも、彼女を止めてくれるヒーローは、今はまだ、どこにもいなかった。

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