>>婚約魔神と最も神聖なる痴話喧嘩

プロローグ 不倶戴天の許嫁、あるいは将来を誓い合った宿敵 - Rivals_profile - 

プロローグ


「――よくも、あいつをあんな姿にしてくれたな」


 夜空にいくつものカボチャが舞っていた。

 民話級アンコモンの照明精霊、ジャック・オ・ランタン。伝承では死して彷徨う亡者だとされるそれらを従えるようにして、金色の髪の少女が飛んでいた。


「そっちこそ――よくも、この私にあんな屈辱を」


 エメラルドめいた少女の瞳が酷薄に見下ろす先には、黒髪の少年がいた。

 彼の闘志を示すように、土色の肌からパチパチと火花が弾けている。そして、そんな彼を守らんとするように、何機ものドローンが頭上に侍っていた。


「泣いたくらいで許しを乞えると思うなよ」

「這いつくばったって許してあげないから」

「今日こそお前をこの手で殺す」

「今日こそあなたをこの手で殺す!」


 ジャック・オ・ランタンが星座のように魔術陣を描く。

 奔った紫電が少年とドローンをダイレクトに接続する。


「ここで会ったが――」

「――千年目!」


 それぞれの魔力が励起し、辺りの霊子が見る見るうちに暴れ出した。

 黒髪の少年と金髪の少女はお互いの瞳を睨みつけ、凄絶な殺意を正面からぶつけ合う。


 唸るような遠雷が鳴った。

 裂けるような竜巻が渦巻いた。


 月天の下、対峙するのは二人の魔術師。

 譲れないもの。許せないもの。互いに認められないもののため、彼と彼女は矛を交えることを止められない。


 月が陰り、夜闇が満ちた。

 ――今宵、聖戦が始まる。




「よくもオレのプラモに落書きしてくれやがったなこのアマぁ――――っ!!」

「あんたが婚約2500日記念を忘れるからでしょこのバカぁ――――っ!!」




 少年の名はデリック・バーネット。

 少女の名はリリヤ・エクルース・フルメヴァーラ。


 二人は、両家の親によって定められた許嫁であり――

 ――前世からの因縁で反目し合う、不倶戴天の宿敵でもあった。




※※※




 ――《七天の魔神》。

 かつて、彼らはそう呼ばれていた。


 災厄を纏う天の化身。

 剣と魔術、神と精霊の時代が辿り着いた最終到達点。

 神域に足を踏み入れた、7人の大魔術師。

 遥か神代。衰退の一途を辿る人類を思うさまに掻き回した彼らは、その果てにそれぞれの結末を得たという。


 ――慈愛が広すぎた水妖セイレーン、《産み還る水天のイザナミ》は、龍の卵を抱いて水底に沈んだ。


 ――天すら衝き上げる竜人ドラゴニュート、《立ち昇る火天のアグニ》は、戦いの果てに己が身を焼き尽くした。


 ――地平のすべてを見渡す巨人ギガント、《刻み語る地天のユミル》は、深き迷宮の奥で眠りに就いた。


 ――生死を平等に吹き渡らせた翼人ハーピィ、《駆け広がる病天のペイルライダー》は、現世の苦しみから解脱した。


 ――月に取り憑かれた獣人ライカンスロープ、《導き輝く夜天のウラノス》は、星々の彼方へと旅に出た。


 そして、世界を終わらせた早熟人グロウマン半精人ハーフエルフ、《轟き砕く雷天のゼウス》と《舞い踊る風天のエンリル》は―――





「――ッご、はッ……!?」


 荒涼とした大地、その中心だった。

 かつてあった街や国、山、川、何もかもが取り除かれた後の空白で、男は久しぶりに血を吐いた。


「は――はあ……ははっ! ざまあ……みろ……」


 その前で、女が笑う。

 唇は自らの血で赤く塗れ、しかし、胸からはそれ以上の血液がこんこんと湧き出ていた。


「……ああ……」


 男は手に着いた自分の血を見下ろし、それをぐっと握り締める。


「終わらせるか、よ……! こんな……こんな、終わり方で……!!」

「仕切り直し、ね……?」


 不敵に笑う女の顔を見て、男は苦々しげに表情を歪めた。


 男にとって、彼女は宿敵である。

 女にとって、彼は宿敵である。


 それ以外のモノでは有り得ない。二人は一目出会ったその瞬間から、どちらかが死ぬまで殺し合うことを宿命づけられていた。

 だから、こんな終わり方では終われない。

 どちらが勝ったのかもわからない、引き分けめいた相討ちなどでは、決して終われはしない。


 殺し合う必要があった。

 たとえ死んででも、殺し合う必要があった。


「……いつに、する?」


 と、男が尋ねた。


「そう、ね……千年後、くらい?」


 と、女が答えた。


「ああ……どうせなら、何もかも、仕切り直そう……。顔も、名前も、肉体も――何もかも、作り直してしまおう」

「第二の人生、そのすべてを使って……あなたを、殺す。……ああ、それって、とっても素敵――」


 だって、と女は笑った。


「――どんな復讐鬼も、復讐心を持って生まれてくることは……できないんだもの」

「……なるほど、な」


 だったら、と男は笑った。


「見失うな、よ。顔も、名前も、身体も変わっても――絶対に、オレを見失うな」

「当、然……。あなたほどのクソ野郎……どうやったって、見間違えない」

「――必ず見つけ出して、殺してやる」

「――必ず見つけ出して、殺してあげる」


「「じゃあ――また来世で」」


 その言葉を最後に二人は倒れ伏し、その場で静かに事切れた。




 そして約1000年後。




 男は、デリック・バーネットという少年に転生した。

 女は、リリヤ・エクルース・フルメヴァーラという少女に転生した。

 二人は10歳になると、両親からとある少年と少女をそれぞれ紹介された。


「デリック。こちらがお前の許嫁のリリヤ・エクルース・フルメヴァーラさんだ」

「リリヤ。この少年がお前の許嫁のデリック・バーネットだ」


「「……………………」」


 宣言通りであった。

 二人は一目見た瞬間に、その少年の正体を、その少女の正体を、余すところなく看破したのだ。


「なに許嫁になんざなってくれてんだクソアマ!!」

「それはこっちの台詞よクソ野郎!!」


 デリック・バーネット――前世は《七天の魔神》の一人、《轟き砕く雷天のゼウス》。

 リリヤ・エクルース・フルメヴァーラ――前世は《七天の魔神》の一人、《舞い踊る風天のエンリル》。


 神と精霊が役目を終えて千年。

 鉄の塊が空を飛び、あらゆる場所が一瞬で繋がるようになった時代。

 ――けれど、魔神たちの神話は、未だ密かに終わってはいないのだった。


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