第66話 勇者、夢現の中で
「…………」
アメルはふと目を覚ました。
窓の外は暗い。月明かりが差し込んで、部屋の床をおぼろげに照らしている。
どうやら、まだ夜中らしい。静寂の音が、ぼんやりとした耳にそう囁きかけてきた。
彼女は頭を掻いて、毛布を深く被った。
もう一度、寝よう。
目を閉じた、その時だった。
「……ん……」
レオンの声が聞こえてきた。
喉の奥から搾り出したような、か細い声だ。
アメルは目をぱちりと開けた。
「……は、は、はっ……はっ……!」
必死に酸素を求める息遣い。
時折混ざる、呻き声。
アメルはがばっと身を起こした。
横で眠っているはずのレオンに目を向ける。
レオンは手足をぴんと突っ張った格好のまま、口を大きく開いて喘いでいた。
「……はぁっ、はぁっ……あ、あぅ、うぅぅっ……!」
「レオン!」
アメルはベッドから降りて、レオンの両肩を掴み、揺すった。
「レオン、心臓が痛いの? レオン!」
「あ、あ、あぁっ、は、ひぅっ、はぁ、はぁっ……」
ごほっ、と咳き込んで、レオンは急に静かになった。
唐突の沈黙にどきりとして、アメルはレオンの顔に注目した。
……まさか、今のショックで……
掌を顔の前に翳す。
弱々しいが──吐息の温もりを感じたので、彼女はほっとした。
掌を引っ込めて、じっとレオンの様子を見守る。
と。
レオンの双眸が、ゆっくりと開かれた。
今の苦しみのせいで目が覚めたのだろうか。
「……レオン? 起きたの?」
話しかけるが、返答はない。
レオンの何処とも焦点が合っていない瞳が、目の前を見つめている。
それはまるで、彼にしか見えていない何かを見ているかのようだった。
「……ナターシャ……」
小さな声で、レオンは呟いた。
うわ言のようなその一言に、アメルは複雑な表情になった。
……ナターシャさんが傍にいるって思ってるんだ、レオン。
此処にいるのは彼女ではなく自分なのだから、自分の名前を呼んでほしかった。
何処か淋しい気持ちになりながら、アメルはそっとレオンの肩に手を触れた。
こんな時、彼女だったら何と言うだろう。考えて、口を開く。
「……あたしは此処にいるよ。安心おし、レオン」
彼女の口調を真似て、言う。
レオンが──僅かに、微笑んだ。
「まだ夜だ。ゆっくり休みな。あたしは此処で、あんたのことを見ててやるからね」
「……ああ……」
レオンの目が静かに閉ざされる。
すう、と深くゆっくりとした呼吸をし始める彼を見て、もう大丈夫だろうと判断したアメルは彼の肩から手を離した。
普段は気丈に振る舞っているレオンの弱い一面を見て、自分も彼に頼られるような立派な人間になろう、と彼女は思うのだった。
それからしばらくの間、アメルは穏やかに眠るレオンを見守り続けていた。
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