2日目

第020話:美雨 in 叶恵

 一晩寝て、目が覚めたら、ちゃーんと久留名美雨の身体に戻っていた。


 ……っていう流れだったら、ほんと、よかったんだけど。現実ってのはきっとイジワルな誰かさんが、それぞれの人にとって不都合に感じるような操作をしているに違いない。見慣れない部屋で起床した私は、まだ布団から出たくないなあと、エアコンつけっぱなしで肌寒くすらなっている室温から逃れるようにタオルケットにくるまりながら、昨晩のことをぼんやりと思い出していた。


 昨晩、私は、大内叶恵として過ごしていく上で必要と思われる情報を集めるため、カナエの携帯の履歴に始まり、部屋中の過去のものを漁りに漁って、どんな経験をしてきたのかということ、そして、人間関係の把握につとめてみた。これは、八坂……、じゃなくって! ミウからアドバイスされたことだ。アイツは、初日の朝に限られた時間の中でかなりこれを済ませたというのだから、信じがたい冷静さだと思う。大人、っていうか社会人って、みんなそんなんなのかな? だとしたら、十年経っても自分が仕事できる人間になっているって想像できないんだけど。……いや、将来のことより何より、今のことだ。いや、いや、今のことじゃなくて、昔のことだ。


 カナエの昔を調べていたら、それもまたなかなか信じられないことが多かった。まず、幼稚園の頃から中学にあがるくらいまで、バレエとヴァイオリンを習っていたらしい。どう見てもギャル全開って感じで、そんな、いかにもお嬢様お嬢様な習い事をしてるとは思えないのに。人は見た目によらないとはこのことだー、と思い知らされたよ。しかも、中学時代には成績優秀でならしていて生徒会会長までつとめあげたとか。卒アルの写真を見たら、黒髪でお嬢様だった。これならヴァイオリン似合う。で、どうしてこうなった。

 カナエの両親は、わりかし放任主義みたい。自分の娘がこんな風に変わり果てたギャルになってたら、フツー怒りそうなもんだけど、特に親子関係でギスギスしている雰囲気はない。どっちかっていうと、放置されてるっていうよりは、信頼しているっていうのかな。ふとしたやり取りでも、愛情は感じる。昨日の夕飯時に、「私、何でヴァイオリンやってたんだっけ?」って直球な質問してみたら、呆れ顔で「自分からやりたいやりたい駄々こねて始めたんでしょ。やるからにはお金出してあげるけど、自分で決めたことなんだからやめるのもあなたの自由だし。何? また再開したくなったの?」と、サラッと聞き返された。「いやそういうわけじゃ」と、ちょっとたじろいで答えといた。


 兄弟姉妹はいない。一人っ子。


 携帯を見る限り、特定の彼氏とかがいるわけじゃなさそうだ。これには安心させられた。彼氏とかいたら、相当ヤバイとこだった。よほどのイケメンだったとしても、知らない人にいきなり彼氏面される上に、自分もそれに応えなきゃいけないとか、かなりキツイものがある。また、高校では半年経っても、そこまで心を許している友達がいたわけでもなさそうだ。表向きは仲良くやってる感じに見えていたけど。やっぱ、人ってわからんもんだなあ。


 そして、困った。カナエという人間が、ほんと、よくわからない。学校では、友達っぽい女子グループと一緒に、ファッション雑誌やら漫画雑誌やら見ながらケラケラ笑っていたから、そういう本が部屋にいっぱいあるのかと思っていた。ギャルなんだからファッションには気を使って、参考にすべきものをいっぱい部屋に置いてるんだろうと思ってた。でも、そういう、趣味、嗜好……、カナエの好きなことが窺えるものが、何一つ部屋にない。雑誌の一冊、漫画の一冊、CDの一枚、それくらい置いてあるのが最近の十代のスタンダードじゃない? って思ってるんだけど、何も無い。CDプレイヤーが置いてあったから、おおー、と思ってかけてみたら、英語が流れてきてビビった。しばらく聴いてると、3,000円くらいで最近本屋によく置いてある英語教材のそれだった。プレイヤーは勉強用にしか使っていないようで、唖然とした。

 一体、この自室で、カナエは何をして日々を過ごしていたんだろう? と不思議でしかたなかったけど、机の上に置いてある教科書・参考書の類を見ていて、ああ、勉強か、勉強しかしてないのか、と気づいて、腑に落ちた。カナエは、中学時代も塾に通っていなかったようで、ずっと自分一人で部屋で勉強し続け、学年トップの座を守り通したんだろう。そして今も、クラスで、いや学年でトップクラスの成績なんじゃないかと思う。机の引き出しから見つけた、一学期の期末試験の結果を見て、私より5教科計で50点も上回ってくれちゃっていたから。ぶっちゃけて言うと、490点台だったから。英語・数学100点とか、高校で見ることになるとは思わなかったよ。


 不良ギャルな見た目と態度で敬遠していたカナエのことを、私は見直した。でも、同時に、怖くもなった。この部屋で一人、ずっと、モクモクと勉強し続けて。


 一体、何を楽しみに生きていたんだろう……?


 楽しみなんて、人それぞれだから、私なんかがとやかく言う気はないけれど。でも、でも。今は、私が、大内叶恵だ。だから、カナエとして生きていくために、大内叶恵のことをよく知っておかないといけないと思う。けれど。


「何なの、この子……?」


 派手な金髪に、マツ毛を盛ったギャルメイク、パンツが見えそうな程に短いスカートで登校して。その一方で、人一倍誰よりも隠れて勉強して。それぞれが、何のためにやっているのか、目的が見えてこない。


 私……、ちゃんと、大内叶恵でいられるかな……?

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