7.裏切り


俺とミエコちゃんの間に、今あるような亀裂、とまではいかなくとも、「わだかまり」のようなものがいつどうして生じたのか、俺は正確に言う事ができる。

一月の終わり、ミエコちゃんと三度目の性交をした直後のことだ。


 ミエコちゃんはこういう質問をした。

「三月には同窓会があるが、その前に二人の関係について友達に話してもいいか」と。

俺は「いいよ」と言った。

もちろん、それが不十分な答えである事をわかった上で、それ以上には何も言わなかった。

それでミエコちゃんは「何と言ったらいい?」と聞いてきた。

俺は求められている答えがどんなものであるかを理解した上で、こう言った。

「別に、事実だけを言えばいいんじゃない。こういう風に仲良くなって、これぐらい会ってて、会ったらどこに行って、何をする、とか」と。

ミエコちゃんの胸に氷が差し込んだかのように、冷たい気持ちがサッと広がるのを、俺も身近で感じていた。


 同情というものはまったく不思議な現象ではある。

つまりミエコちゃんの呼吸の明らかな変化だとか、表情筋や手の汗腺の働きなど、ミエコちゃんの体の表面に現れる身体現象に対して、俺の体が同調しているに過ぎない。

しかしそれは何度経験しても、ひどく嫌なものだ。

傷つけたいわけではない、むしろ守りたいとすら思っている誰かを自分が傷つけ、それに対して自分がしてやれることがほとんど何もないと始めからわかっているというのは。


 当然、俺のほうに「予感」はあった。

この時代の女における、婚外性交が持つ複雑な意味について、常識的な一人の男として必要なぐらいには、俺だって理解していた。

それでなくても曖昧さというのは人を不安にさせるものだし、この時代の女達にとって、「付き合う」という形をとらずに行う性交の曖昧さはとかく不安をあおるものだから、自分の立ち位置や相手との関係性を確認したくなる。

そして自分が抱いている期待と、相手が見通している将来性の間に乖離があった時、その別れと裏切りの感覚は、人を慄かせる。

そんなことに俺は慣れていて、神経の太さと面の厚さを発揮して黙殺してきたはずなのだ。

それなのに、今回に限っては、それが、俺の心に直接刺さった。

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