5.欲情


 ミエコちゃんを初めて抱いたのは年を越した一月だった。

年を越すまでにミエコちゃんと三度会ったが、自分でも不思議なほどに彼女に対して欲情しないのを感じていた。

それは決してミエコちゃんに性的魅力を感じないのではなく、どちらかというと、触れるまでもなく性欲が満たされていたような感覚だった。


 一度目のデート(日本語における「デート」というカタカナ語の響きの甘露さには、俺はいつもうっとりしてしまう)では、俺の後輩が所属する劇団の公演があったので見に行った。

二度目は山下公園でアイリッシュミュージックを聞けるイベントがあったので出かけた。

三度目はラグビーのトップリーグの試合を見に秩父宮ラグビー場に行った。

ミエコちゃんと出かけるデート先を探すのに、苦労した事は一度もなかった。

会話の中で自然とやってみたい事、行ってみたい場所が湧いてきて、その中から適切なものを二人で決めていけばいいだけだったからだ。

日程を決めるのにも苦労しなかった。

ミエコちゃんには土日もワークショップのスケジュールがあるので空いている日は限られていたし、俺は他の何をおいてもミエコちゃんとのスケジュールを優先して合わせたからだ(ミエコちゃんにとって、俺はいつでも予定の入っていないオトコに見えただろう。そして実際、ほとんどその通りだ)。


 俺とミエコちゃんは出かける電車の中で会話し、イベントを見ながら会話し、でかけた先の町をぶらぶらと歩きながら会話し、食事をしながら会話し、帰りの電車の中で会話し、会っていない時にはオンラインのテキストチャットで会話した。

そのほとんどすべては記憶にも残らないほどのよしなし事で、最近の出来事や気持ち、これからの予定や、二人で見ている景色について、聞いた音について、すれ違った人物について、などだった。

それらの記憶にも残らない風景のような会話の内容、時には大切な友人や家族や別れた恋人の話、そして会話を飾る表情やしぐさや感覚から、俺たちはお互いを知っていった。

それがつまり、体で触れ合うのと同じような触れ合いで、俺の性欲を満たしていたのだろう。

ミエコちゃんを知る事、俺を知ってもらう事が、お互いの体液の交換の代わりだった。



 新年に、中学のメンバーの新年会があった。

そこで俺とミエコちゃんは、あの新宿の飲み会以来に、二人きり以外の場で顔を合わせたわけだ。

これが思いのほか刺激的だった。

というのは、たとえば自分以外の人物と話しているミエコちゃんをほとんど初めてという気持ちで見た事。

宴会の場でのミエコちゃんが、当然の事ではあるが、俺と二人きりの時とはずいぶん違う表情を見せる事。

また、宴会の中で俺とミエコちゃんが言葉を交わすという、普段とは違う会話の内容、表情があった事。

それらの刺激は、俺にとってミエコちゃんを再び少し遠い他人として意識させると共に、そういった距離感のあるただの一同級生と、いつの間にかずいぶん親密になってきていた事実を改めて意識させた。

その結果、俺はその夜のミエコちゃんに、中学生の時に同級生の女子に感じていたかのような強さで(そして中学生のような怯えと共に)欲情した。

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