3.きっかけ


 十月の飲み会で、中学を卒業して以来初めてミエコちゃんを見た時、彼女の女ぶりに俺は目をみはった。

二十代後半にさしかかる俺たちの年代といえば、男ぶり、女ぶり、共に大いに高まる時期ではある。

ましてや、青い中学生時代の姿を最後に心に残して、そこから十年以上の成熟を一足飛びし、いきなり完成した姿を見るのだから、その印象の差たるや大きなものがある。

しかしそれにしても、誰もが一様に女らしく、男らしくなった二十代後半の平等な条件を基準にして、均等にその飲み会の全員を眺め回してみた時、それでもなおミエコちゃんの個性が輝いている事に、俺は目を惹かれたのだった。


 彼女は自分自身をよく心得ていて、ふさわしい装い、ふさわしい振る舞いを身に付けていた。

それはすなわち、この十数年間、彼女が自分なりによく生きてきたという事実を物語っていた。

髪は短く、肩に届かない程度に伸ばし、少し胸元の開いたゆるめのニットを簡単に被っただけだったけれど、どこから見ても誰にも恥じることなく、物怖じする必要のない彼女らしさが表れていた。

俺はその彼女らしさの源泉はどこにあるだろうと考えた。

恋愛か、仕事か、生活スタイルか。

俺は彼女と言葉を交わそうと思い、時宜を得たところで彼女の隣の席に移動した。



 ミエコちゃんの所属するアートサークルの展示が青山で開かれたのは十一月のことで、その日の夜にミエコちゃんと二人で出かける事ができたのは、期待していた以上の幸運だった。

それは五日間にわたって開かれていた展示の日程のうち、二日目のことだった。

仕事を終えた俺が向かった会場は、青山といっても外苑前駅にほど近いあたりで、到着したのは十九時の少し手前頃だった。

青山通りから目立たない路地に入ったところに、そのギャラリーはあった。

ビルの陰に隠れるように薄暗い裏通りのアスファルトに、ギャラリーのガラス扉からあふれた光がこぼれて散っていた。


 事前に連絡しておいたので、ミエコちゃんは受付で待ってくれていた。

何せこういった展示や発表といったものは、人が来てくれれば来てくれるだけ嬉しいものだ。

十月の飲み会で、ミエコちゃんの展示会を俺が見たいと言った時、彼女は飛びつくように誘ってくれた。

ミエコちゃんの解説を受けながら展示を見てみると、絵画があり、造形があり、なにやらメッセージ深そうな簡単な参加型のものがあり、アートサークルといっても全員で一貫して何かを作り上げるというよりは、個人作品の寄せ集めといった風情だった。

ミエコちゃんの作品はといえば、人型めいた木製のオブジェのようなものが三つだった。

作品を見ながらミエコちゃんが語ってくれたたくさんの解説は、作品そのものに関してというよりは、作品を取り巻く環境に対する内容のほうが多かった。

このサークルでは作品を制作して展示するほかに、子供や社会人に向けてアート制作に参加してもらうイベントを企画しているらしい。

展示としては雑多な印象がするのはどうやらそのせいだった。

そして、作品を見ながらミエコちゃんの話を聞く限り、彼女の活動の主眼は、どちらかというとそちらにあるようだった。


 俺はミエコちゃんのその話を幾分熱心に聞き、俺なりの感想や意見を挟み、まだもっといろいろなことを話したいと思った。

そうして、彼女の夜の予定を聞き、空いていたので夕食を共にすることにした。

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