4.ファースト・イン、ファースト・アウト
たとえば脊椎動物程度に複雑な生物にもなれば、その構造を観察することによって明らかになるように、複雑を極める生物の機能の中でも基本に位置するのは食物の摂取と排出の機能だ。
複雑という意味では生物の身体に勝るとも劣らない都市の機能においてもそれは同じで、いわゆる流通がそれにあたる。
商品とゴミの流通だ。
一人の人間が都市生活を営むということは、この流通の結節点に位置することを意味し、彼ないし彼女は商品を取り入れて消費し、ゴミへと変換する、いわば消化器官と言える。
都市生活において最も重要なことは、物事を常に新鮮に保つことだ。
重要なことなので強調しておこう。
「物事」を常に新鮮に保つことだ。
つまり、生活にまつわるあらゆる食品や消費財や不動産だけでなく、そこで営まれる生活の出来事のほうも、新鮮に保たれていなくてはならない。
たとえば射精をした後にいたたまれなくなるようなことがあると、俺はすべてをやめてしまいたくなる。
射精をした途端に、目の前にいる女と身近にいる理由が無くなる。
別に、男と女にとっては結局性交がすべてだとか、そういう事を言っているのではない。
むしろ、ある特定の女と仲良くなりたいという気持ちの中にこそ、何かをしたいという計画やイメージが湧いてくる。
ある女の中にある個性だとか生活スタイルが、俺にアイディアを抱かせたり行動に踏み出させたりするのだ。
しかしそれが、ある時に終わる。
もう、次に会った時に二人でしたいと思えるアイディアが何も浮かんでこない。
これはかなり控えめな言い方だ。
もっと率直に言うと、目の前の女に辟易している自分に気づき、もう二度とこの女のために時間も労力も使いたくないと思う。
さらに言えば、次の瞬間の一秒からでもぜひ自分のために使いたいから、今すぐ目の前から消滅してくれないだろうかとすら思う。
先ほどまで愛らしいものだと見えていた顔、髪、肌色、しぐさの何もかもに嫌気がさし始め、これからなんとか平和裏に電車にでも乗せて帰り道に送り出すまで、いったいどれだけの気をつかって頭をフル回転させなければならないかと考えると、どっと疲れてくるような気持ちになる。
そして、今までこの女と過ごした時間や出来事をふり返ると、自分がたったこれだけの結果のためにどれだけ必死だったかを思い出して気分がすぐれないから、なるべくそちらに目をやらないようにしたくなる。
その気持ちには、隅々まで仔細に観察してみたところで、誰にとっても好ましいところなど一つも無い。
こんな気持ちになるぐらいなら、もう二度と女に触れるのも、関わる事すらやめようと思える。
そんな時、俺は確実にどこかで何かの道を間違えたのだろうと思う。
あるいは、この断絶こそが自然であるとすれば、この体に生まれた瞬間から、何かを選ぶ自由など、そもそもの始めから俺にはほとんど与えられてはいなかったのではないか、ただ強いられた規定のプログラムを着々と履行しているだけではないかと、そう考えて無力感に崩れ落ちそうになる。
しかし幸か不幸か、この気持ちもやがては流れ去る。
やがて俺は精力を取り戻し、女が魅力的に見えるようになる。
俺はそれを知っている。
知っているから都市生活者だ。
この高揚と絶望のピストン運動ないしは円環運動を滞らせないよう、摂取、代謝、排泄の流れが滑らかに流れるように心がけるのが、都市生活を円滑に進めるための要点になる。
それにはどんな男も女も、時には宝物になり、時にはゴミになるのだという覚悟を始めから決めておくことだ。
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