10.トライベッカのアッパー、凸型の部屋


 ハナの部屋は一風変わった形状をしていた。

上から見た断面としての間取り図は二つの四角形を組み合わせた凸形のようになっており、手前のでっぱりが日本でいうところの玄関だった。

入ってすぐの左手には扉があり、それはトイレだ。

その玄関からつながった次の四角形が居住スペースで、一風変わっているというのは、トシが足を踏み入れてみるとこの部屋があまり四角形には見えなかったことだ。

もともとが広くない室内でありながら、壁があちらこちらで出っ張って複雑な形状になっており、さらに狭くしている印象を与えた。

部屋の奥はロフト構造になっていて、なぜかロフトの下段は床よりさらに低くなっている。

ハナはそのロフトの上段、本来であればベッドとして使用されるであろうスペース(この部屋に本来の使い方というものが想定されているのであるとすれば)に荷物をすべて突っ込んでいたから、人間が滞在するスペースとしては自然とそのロフトの下段に限られていた。


 三人はそのスペースに座り込み、引越しへの手土産の非常食としてマシューが持ち込んだ辛ラーメンを食べた。

立てないどころか座っていてさえ天井の低さを感じるその板張りのスペースに座り込んで、床に直接カップを置きながら麺をすすった。

座ってみると、ハナがなぜ下段を居住スペースとして選んだのかわかる気がした。

そこには、決して大きくないながらも窓があったのだ。

窓のすぐ外には、アパートの横にも続いている林の広い空間があり、少し遠くまで見わたせた。

大きなビルに視界をさえぎられているところがアヴェニューで、ビルの横のストリートと交わるところからはオレンジ色に光る道路が見えた。

あと2本アヴェニューを挟んだ向こうには、ハドソン・リヴァーがあるはずだ。

アヴェニューにはいくつものクルマが断続的に走り、歩行者もたまに通りすぎた。

こんな深夜の疲れと倦怠の中にも、早くもすでに目覚めつつある朝がどこかに忍び込み、新しい一日が来るのを予感させるものがある。

つまり、ここはマンハッタンだった。


 布団も何も無いその部屋で、3人はごろ寝した。

ハナとマシューがベッドの下に横になると、ほとんどその場所は埋め尽くされてしまったため、トシはそこより一段上の玄関とロフトをつなぐ奇妙な横長の空間に寝そべる事になった。

堅い板張りの床に背中や腰骨をつけながら、おかしな夜になったとトシは実感した。

これまでの人生とまるでつながりのない風変わりなアパートの一室の、しかもとても快適とは言えない床で、見知らぬ人たちと夜を過ごしているのだから。


 マシューがトシに声をかけて、こっちに来て一緒に寝たらどう、と誘った。

もしもトシがあの狭いスペースに割り込んだら、三人の体は密着する事になるだろう。

女の子とゲイと肌を寄せ合いながら一晩を過ごす事になる。

いったいどのような意味にも取れるその誘いを若干は興味深く思ったものの、思い切りの足りない二十歳のトシはその誘いには乗らなかった。

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