極楽人

@lionwlofman

第1話お決まりの密会

小さな国の都、やや閑静な住宅街にある小さな古びた一戸建てには毎月の決まった日に客人が訪れます。もうすっかりくたびれた服装に、お決まりの赤いネクタイをして、短く刈り上げた髪型で男は、その日も応接室に通されました。

通されるとすぐに安楽椅子に腰かけて、膝下程の高さのテーブルを挟み老人と向かい合います。窓の向こうでは小鳥たちが直にやって来る春を喜んでいるかのようなこの季節です。窓の外を気にしながら男は老人に言いました。

「全く月日の流れの早さにはついていけませんね。先生もそうでしょ。嫌になるもんです。」

話しかけているようでほとんど独り言のように響く言葉を前に、老人はテーブルを小刻みに指で叩きながら

「まったくだな。でもお前さんと会うことほどじゃない。」

と返して自分の分だけ用意した熱いお茶に口をつけるのでした。男はそんな老人の小さなところに笑みを浮かべながら、しばらく足を組んでいました。

そうして二人でたっぷり五分は沈黙した後、唐突に

「先生がもし教師で、たった一つの事だけ子どもたちに教えてやれるとしたら何を教えます。」

と尋ねます。すかさず

「自分を信じろ。」

と二人してハモったので老人は、心底嫌そうな顔をしたのでした。

男は断りもなく煙草に火をつけると、満足そうにニヤリとしながらこう言うのです。

「でもそう言う先生だって、こんなものに頼っているわけでしょ。だから人生も楽しかったわけだ。いや、失礼、少しの希望は持てたわけだ。そして今の自分がある。」

「そんな事はどうでも良いだろう。それより要件はこれなんだからさっさと持っていけ。」

男は差し出された紙袋の中身の札束を、手慣れた手つきで自分の鞄に移しながら

「後何度ここに来ることになるでしょうね?」

と意地悪そうに尋ねてみました。そのちょっとしたその悪意に対し苦虫を噛み潰したような表情で

「お前さんが一番良く知っていることだ。」

と言いました。

男はそれに合わせる様にして、ポケットから取り出したものを、テーブルの上を滑らせて老人に渡し一言言います。

「今月も行くんですね。改めて言うまでもないことですが、そいつの有効期限は三日間、つまり七十二時間です。それまでには必ず戻って来られるように。あっちの世界は体にこたえますゆえ。」

老人はそれに対して返事もせず男に一瞥をくれると、さっさと立ち上がって玄関へ向けて歩き出して行くのでした。

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