終章.それから、そしてこれから
終-1.
◆
月曜日、荒川は学校を休んだ。表向きは体調不良ということになっていたけど、まあ本当の理由は俺とツーだけが知っている。大切な家族を失ったら、誰だってしばらくは学校に行く気なんて出ないだろ? まあ、そういうこった。同じようなことさ。荒川にはゆっくり心の静養を取ってもらうとして、彼女が休んでいたことは本人には悪いけど俺には好都合なこともあった。
最初の休み時間、俺は校舎の屋上庭園へと赴く。この学校の校舎に屋上庭園なるものがあるという話を耳にしたことはあったけどなにぶん興味がなかったのであまり気にしたことはなく、しかし俺は登校して一時限目の科目の教科書を机の中から引っ張り出したら一緒に出てきた謎の手紙によってその庭園について少し考えざるを得なくなったわけだ。
と、言うのもルーズリーフを丁寧に半分に折りたたんだ中に書いてあったのは紛れもなく『次の休み時間、屋上庭園に来てください』という文面であり、俺は誰から告白されるのか半ばドキドキ半ばワクワクして出かけたのだけれど、最上階から近代的な公園風のそのテラスみたいな空間に出たらそこにいたのは二日前に会ったばかりの宮だった。
もちろん宮の言葉を忘れていたわけではない。自転車部に入るか否かを月曜までに決めて報告するというのが宮の約束だったし、まあ授業が終わるなり宮は教室の真ん中の方の席から人目を避けるようにして外へ出て行ったのを見たから、実際のところ何となく予想はできていた。
「あっ、良かった! 来てくれた」
一昨日別れた後に何があったのかも知らない宮は相変わらず真ん丸な目をクリクリさせて、
「あのさっ、こんなとこまで呼び出しちゃってごめんね……、教室じゃ何となく恥ずかしかったから。えっと、荒川さんは今日は体調不良なんだね。一昨日あんなに元気そうだったのに」
その日あったことをそのまま話すわけにもいかなかった俺はテキトーに、
「そうみたいだな。あいつのことだから、自転車でコケて頭打ったのが原因で体壊して風邪菌拾ったんじゃねえの?」
宮は「そうなのかなぁ。大丈夫かなぁ」などと真剣に心配しているようだったので俺はいたたまれなくなり、
「大丈夫だよ。そんな心配すんな。すぐ戻ってくるさ。それで、宮。お前はどうすることにしたんだ? 自転車部、入ってくれんのか?」
その質問には、宮は何やらモジモジと少し照れくさそうにした後、告白された女子が頬を赤らめつつ上目遣いにオーケーするような感じで、
「うん……そのことなんだけどね、私、入ってもいっかなー、って思って。私っていつもひとりでサイクリングしてるだけだったけど、荒川さんと話してみて、気づいたの。もっと色んな人と話すのも楽しそうだなー、って。もっとたくさん自転車好きな人と交流するのも、面白そうだなー、って、もしかしたら、一緒にのんびりサイクリングできる人もいるかもしれないし。それに……」
そして一呼吸置き、
「江戸君もいるんでしょ?」
「まあ、そういうことになっちまったな」
「じゃあ、決めた。私、自転車部、入ります。これからよろしくね、江戸君」
最後の方の空白やセリフの意味はよくわからなかったが、俺はとりあえず「そうか」とだけ答えておいた。
と、こんな感じに部員の頭数は揃ったので、俺は早速部活動申請の準備に入る。
申請書類の作成にはメンバー全員の直筆入部希望届が必要だったので、俺は手早く自分と宮の分は用意し、荒川はいないから後回しにするとして、唯一の上級生である五十嵐アリスの分はまた二年生フロアに乗り込んで本人を探し出してまでして書いてもらったのだった。
一度会っていたおかげということもあったけど、スバルがモデルのようと形容していたように比類なき美貌を持つ五十嵐アリスを見つけるのにはさほど苦労を要さなかった。まず本物の金髪というのが他にいなかったし、長身でスタイル抜群、誰もが羨むハーフ顔に一目でわかる洗練された気品を兼ね備えた生徒なんてこの学校にはふたりも存在しないだろう(ちなみにどれくらい背が高いかというと俺と同じくらいだった)。
「あらぁ、リンリンと一緒にいたコだよね? こんにちはぁ。あっ、もしかして部員が揃ったの? そのお知らせに来てくれたのかしら?」
勘の良さというか人の気持ちを読むことの上手さというか、そういったことに関しても長けているらしい五十嵐アリスに俺は感服せざるを得ない思いだった。
俺が入部希望届を渡すと彼女は快く受け入れてくれて、
「はい、どうもね~。まさかこんなに早くに部活ができるなんて思ってなかったわぁ。ウフフ、何だかワクワクしてきちゃった。正式に認定されたらすぐ教えてね。楽しみにしてるから!」
眩しい日差しのような笑顔で見送られ、俺は書道の達人が書いたかのような筆跡で五十嵐アリスの名前が刻まれた紙を持ってそそくさと教室を去った。
と、言うのも彼女と話してる間中ずっと、何だこの一年生しゃしゃり出てきやがってオーラを纏った二年生女子たちの視線が痛くて仕方がなかったからだ。まあそれも頷けるというもので、女子の羨望の的であるモデル級美人クラスメイトにどこの馬の骨とも知れない平凡男子一年生がぬけぬけと話しかけていたらそりゃ確かに誰だこいつってな感じにゃあなるだろ。俺が二度と二年生フロアにひとりで行くことはないと決めた瞬間であった。
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