2-13.


 「昨日荒川と一緒にどこ行ってたんだよ」


 荒川輪子が席を外していることをいいことに奥田が話しかけてくる。


 「別に」


 俺は答えた。ありのままを伝える努力をこの男のためにするほど俺は誠実ではなかったしそもそも説明するには昨日の放課後の出来事はかなり複雑だ。


 「荒川さんと何か話したの? 彼女、今朝来たばっかの時は何だか昨日あんなに怒ってたのが嘘みたいに機嫌良さそうだったけど。まあ結局、すぐ元に戻っちゃったけどね」


 スバルも会話に参加してくる。どうやらこの組み合わせが俺が当分参加することになる仲良し組となりそうな感じだ。


 「あんだけキレてたのにいきなりハッピーなんておかしいだろ。何か知らんけど自転車も変わってるし、校舎ん中でまで走り出すし。お前、昨日あの後荒川と何してたんだよ? 何をあいつに言ったんだ?」


 「別に」


 と、俺は奥田に同じ言葉を連続で吐きつつ、


 「ただデートしてただけだよ。あいつはツンデレだったんだ。怒ってると見せかけて実は俺に気があったらしくてな。後でそう言われたんさ。だから俺も自分の不始末を謝罪しつつ、仲良く仲直りできたってわけなんだ」


 「嘘つけ」と、奥田。おっしゃる通りではあるけど全くの嘘というわけでもないぞ。


 奥田に即答されたことが何となく気に入らないでいると何故かスバルが驚いたような顔になり、


 「えっ。じゃあ江戸君って荒川さんと付き合うことになったの?」


 「悪い、嘘だった」


 冗談だったのだろうけど真面目な印象が色濃いスバルが言うと本気にしているようにしか聞こえないから笑えない。荒川輪子と付き合ってるなんてデマニュースが流れだした日には俺は屋上から飛び降りモンだ。あんな自転車偏愛者と付き合うくらいならスバルの方が何百倍もマシだぜ。


 でも強いて言えば、荒川輪子は容姿だけなら優れていることには間違いないから、その点だけ見れば彼女として及第点かもしれない。実際あの漫画の美少女キャラ並みに整った細身体型は一部の男子の人気を集めるのみならず女子たちからも密かに羨ましがられてるくらいだからな。顔はまあ好みが分かれるにしても綺麗な顔立ちという部類に入るには間違えなく、総合的に鑑みれば……っていや、俺は何を考えているんだ。


 これはあくまでただの妄想で、俺は彼女のことを隣の席のやかましい女子生徒以外の何者にも考えたことはなく――と、俺はそんなことを考えながら奥田とスバルの質問攻めを受け続けていたのだけれど、ここで荒川輪子が教室に戻ってきたため、俺はまるで今までずっとその話をしていたかのような自然な切り出し方で話題をこの後ある英語の単語テストに転換し、当のふたりもそれには乗らざるを得なかったため何とか難を逃れることに成功する。


 荒川輪子は再び俺を存在しない者として扱うことに決めたらしく、また奥田とスバルには悪いけど俺と会話中のふたりも存在を消してしまったようで、すぐ隣で話しているというのに見向きもせずひとりで自転車の掃除を始めていた。


 鳴りっぱなしだった警鐘は、大地が揺らいでいるかのような音量にまで達していた。



 俺と奥田が英単語の問題を出し合っていたところに、職員会議の後直行で来た風のテラサキが厳めしい顔をして入ってくる。「次数学じゃないのに何で来たの?」という生徒たちの視線も何のその、テラサキは荒川輪子に向かい、珍しく厳しい口調で、


 「荒川。お前、放課後になったら生徒指導室に来い。いいか? 絶対だぞ。忘れてたなんかじゃ済まされないからな」


 荒川輪子はこれに対し、度々自分の軍の他国侵略を邪魔してきた遊牧民族風情がついに国境に攻め込んできたことを知って憎悪に燃える女将軍のような目で睨み返すことで応答し、テラサキの方も負けじと顔をイカつくしていたけどそれ以上何も言わず、チャイムと同時に入ってきた英語教師と入れ替わるようにして出て行った。


 さあ、ついに生徒指導というワードが登場してきたぞ。そんな普通に高校生活を送っていれば世話になることはおろか存在を知ることさえないかもしれない説教専門の部屋へ呼び出すということは、教師陣も本気で荒川輪子に正義の鉄槌を下すつもりになったのだろう。


 果たしてこの物語はどんな結末を迎えるのだろうか? 荒川輪子は何を言われようと教師の言うことを聞くことなんてなさそうだし、しかし教師も今度ばかりは何をしようと言うことを聞かせようとするに違いない。どんな盾でも貫く矛とどんな矛でも突き通せない盾の話みたいだな。まあここまで大事になってしまっては、一生徒でしかない奥田やスバル、そして俺には何もしようがない。俺たちにできることは、せいぜい教師たちの健闘を祈っていることくらいだぜ。


 そして結論から言えば、荒川輪子は律義にも言われた通り生徒指導室に足を運んでいたらしい。噂を聞きつけた他クラスの生徒含めた何人もがその瞬間を目撃していたというのだから間違いない。荒川輪子はそのまま、完全下校の時間までずっとその部屋に籠りっぱなしだったそうだ。


 野次馬たちの証言によると、その数時間の間生徒指導室からはひっきりなしに罵声と怒声が轟き、その異常さの余り部活動中の上級生たちまでもが何事かと集まってくるほどだったそうだ。



 結果的に、荒川輪子は翌日も自転車で来た。前日と同じ自転車で、校舎内を自転車に乗ったまま移動するのもやめていない。その姿を見た俺たち一般生徒は、これはもうどうしようもないと開き直り、果てしない空へ向かって両手を高々と上げたのだった。

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