第7話 竜群と芳香
広場のようになっている
刀でありながら軽く振るうとしなり、
これが、精霊刀、〝
「(本当にこれは、使わない方がもったいない
これを作った
細工師志望の悪い癖が、ふとそこで出た。熱気が頬をかすめる。いけない。銀河を閉じ込めたような刀身が、炎を切り裂いていく。
そこは、まだ延々と続く戦場だった。
「ィィ――――――――!!」
特大級の
しなる極太の首。岩壁にぶち当たり、落石が雨あられと降り、振られた口からは無差別に火球が放たれる。直撃コースの火球を、水の刀身で割り裂いていく。一つ、二つ、
「――ッ」
ウィルマーは、
「【……礼を言うわ】」
珍しく
じりじりと
早くこの場を脱したいのはやまやまだが、少しでも気を抜けば死がそこにある。それに、映を連れているのだ。下手な動きは出来ない。だが、
大音がし、
「(そのまま
その為、生態上、嗅覚で獲物を追い求める。だから、暴れ回って色々な匂いが混じり、音が乱反射するような状況を作ってしまえば、
「(動きが、止まった)」
映に動くなと目配せをする。わかっているとばかりに、映は息を
目的は、この場を脱出することだ。今のうちに退却するのが良いだろう。
汗があごを伝っていく。行くならこの瞬間だ。最低限の動きで、隣に座る映の耳に顔を寄せ、声をかける。
「【走れるか、
即座、ウィルマーは
二つに
横薙ぎの回転力をそのままに、身を回す。その最中、手首のスナップで
至近前方に、更なる
髪がかするぐらいは、ご愛敬。半回転した後に見えているのは、小さな
ウィルマーは、身を伸ばし、立ち上がりながら頭上に手をかざす。
鉄の音、わずかな重量、銀河のような深い青――。そのまま、振り下ろした。
幼体の背中が、
その手には、宙に放った
映が、目を見開いて、ウィルマーの曲芸戦闘を見つめていた。まさに、驚愕といった様子だ。
それもそのはず、今のウィルマーの立ち回りは、日常的に戦闘に従事しているものの身のこなし方だった。それも、
「(……ッ)」
そんな、熱い視線にも気づかず、ウィルマーは舌打ちをした。特大級の
地を踏み鳴らす激音。もう、それが日常であるかのように、坑道が縦に激しく揺れる。
「【走るぞッ!!】」
「【――っ】」
震動を合図に映の手を掴み、ウィルマーが走り出す。暗闇から、
十数メートル先にある狭い坑道に、ウィルマーは目を付けていた。大人一人がどうにか入れそうな横幅だ。そこに駆け込むことが出来れば、少なくとも特大級の
『そこまで走れ! あとはどうとでもなる!』そう自分に言い聞かせるように、ウィルマーは歯を食いしばった。
息も荒く二人は走っていく。頭をかがめた先を、火球が飛んでいく。落ちてくる岩は、もはや当たらないギリギリを走り抜けていく。
細かく息をのむ悲鳴にもならない声が、背後から何度も聞こえる。それでも、映は良く付いてきている方だ。
毎日肉体労働をしている自分と、お嬢様然とした映とでは、体力には
絶対に助けなければいけないと、ウィルマーは思った。こんな場所で無残に死を迎えることがあっては、絶対にいけない。
汗をかいて
もう少しで、狭い坑道の入り口に辿り着く。吊り下げられたランタンは、とうに割れ落ちていて、
だからそれは――、小石や、砕かれた岩に足を取られたのだと、そう思った。
入り口付近で飛び掛かって来た
水の刀身が流れ落ち、素の刀身が剥き出しになり、ウィルマーの視界がぐらりと揺れた。
足がもつれ、つんのめるように、ゆっくりと体が倒れてゆき、力が入らない。
叫ぶ映の声が遠く、くぐもって聞こえる。ぼやけた視界でもはっきりわかる。
その時に、脳内に響くようにくっきり聞こえたのは、
『――血ガ足リナイ、血ヲ寄コセ』
という
硬質なものが首筋に当たると同時、ウィルマーの視界は一瞬にして天を向き、途絶した。
映の悲鳴が、坑道内に木霊する――。
◆
土埃を隠れ
「(そのまま
「(……ん?
と、
「(動きが、止まった)」
映に動くなと目配せをする。わかっているとばかりに、映は息を
汗があごを伝っていく。行くならこの瞬間だ。
最低限の動きで、隣に座る映の耳に顔を寄せ、声をかける。
「【走れるか、】 ――えッ!?」
映は、自然な動きでウィルマーの頭を自分の胸に抱き寄せると、ウィルマーの耳に息がかかる距離で、
「【動かないで】」
映のすこし冷えた細い指が、ウィルマーの太く硬い髪の合間に差し込まれる。そのまま、さらにぎゅっと抱き寄せられた。今までとは別の意味で、猛然と汗をかくウィルマー。
「【な、なな、な】」
なんのつもりだ!?と慌てふためき固まる。
その頭の後ろで、シュっと――、霧吹きを吹いたような音がした。
「ギッ―――――!?」
悲鳴のような
「【なるほど、試しにと思ってやってみたけれど、
場違いなほどに爽やかな石鹸の匂いが香る坑道の中、満足げな声を出す映。肩に掛けている学生鞄から取り出したのだろうか。その手の中で、青い水玉模様のパッケージがあしらわれた制汗剤の缶が、にぶく光を放っていた。
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