Draft-2  の 術  法

 都市精霊の吹かせる風が、ドゥーリンモートの地下市街を渡っていく。

 あおられたぼろ布が宙に舞い上がり、しかし、貼り付けられたようにそこで止まる。

 足を滑らせた人間が手にしていたジョッキ。その中身が波立ち、あふれようとしているが、いつまで立ってもその中身はこぼれることが無い。椅子から立ち上がろうとした中腰の男性。快哉かいさいを叫び、跳び上がった龍人。足を踏まれ、抗議しようと振り返る魚人の女性。何もかも、その姿のまま。契りの祭フェアトラーク・フェストの会場が……、いや、それだけではない。世界が、その流れを停止していた。

『古来より、生物は弱肉強食。すべてのものに上位種が存在する。上位存在に下位存在はさからうことが出来ない』

 子供に踏みつぶされるありのように。狼に狩られる野ウサギのように。嵐に逆らえぬ人間のように。しかし、それなら神は? 神の上位存在とは果たしているのだろうか?

『いるはずが無い。神は、思いのままでなければいけない』

 チリ一つ動かないはずの世界に、さざ波のような笑い声が響く。

『ならば、世界は、の思うとおりにならなくては』

 契りの祭フェアトラーク・フェストの舞台上を中心地として、不可視の波が広がっていく。その波に触れたところから、光る文字列が渦を巻いて立ち上り、映像の逆回しが始まった。

 次第に世界は光に包まれ、白に消える。


       ◆


「【さて、皆様盛り上がっていらっしゃるようですが、わたくしの力はこんなものではございません】」

 一礼すると、挑戦的な笑みで観客を見渡す映。

「皆様、本番はこれからです!」

 ウィルマーは、芝居がかった動作で手を広げる。

「【この舞台に上がって】」「間近で恩寵おんちょうを感じたい方はいらっしゃいませんか?」

 最早熱狂で破裂しそうな歓声だ。魔法文字ルーンを刻むでもない、精霊を使うでもない。ノータイムで水を凍らせる、神のような力。

 おおおという地響きにも似た声。雨後うごたけのこのように手が挙がった。

「【それでは、】」

 映の声が輝く。ビッと力強く、指で指していく。

「そこのドワーフの方、そう、ひげを三つ編みにしてる貴方! それから、魚人の貴方! そこの人間の御婦人、それからそこの少年。舞台にお上がり下さい────」

 指名された四人が舞台に上がる。

「【たるの周りに】」「お集まり下さい」

 舞台に上がった観客を、果実酒クァン・ペールたるの周りに集めていく。映自身は、たるから少し離れた場所にいた。

 ウィルマーも、映の側にいるため、たるからは距離が離れている。

「【たるの中身は、ただの果実酒です】」「良く、中身を見て確認して下さい」

 覗き込む四人の観客達。

「【おっと、中身には触れないで下さいね?」「神罰が下りますよ!」

 笑顔で言うもんだから、映は恐ろしい。魚人がぴゃっと手を引っ込めた。

「【さて、では私がここから念を飛ばします】」「すると、樽の中の果実酒に、ある変化が訪れます────」

 ごくりと息を飲む観客達。

「【3、2】」「1」

 樽に向けて思いっきり腕を振る映。

 すると──、どうだろう。

 樽の中の果実酒クァン・ペールが見る見るうちに凍っていくではないか。

 中心から放射状に、音を立てて凍っていく。離れた場所から、物を凍らせることが出来る────。これは、もう、間違いなく魔法だ。

 ドワーフは思わずいじっていたひげを抜いてしまい、魚人は水を吐いて卒倒した。婦人は、まあ、と口をおおっているし、少年は思わず身を乗り出して見ている。

 割れんばかりの拍手、とはこういうことなのだろう。ウィルマーは、深くお辞儀をした。

「【樽の中身は、食べられますので】」

「皆様方、どうぞお召し上がり下さい」

 最高の笑みでそう翻訳する。額の汗を拭うと、胸が一杯になった。ウィルマーはいてもたってもいられず、映の肩を掴んでいた。

「【映、凄いじゃないか! 本当に魔法が使えたんだな!?】」

 映はというと、スカートのすそを摘まんで各方向にお辞儀をして終わるところだった。

「【バカね……。そんなもの使えるわけないじゃない】」

 憎まれ口もどこか嬉しそうだ。でも、魔法で無ければなんだというのだろうか? まあ、少し落ち着いたら聞けば良いか。

 晴れやかな顔で、映は辺りを見渡している。いつまでも拍手は鳴り止まなかった。

 祭司達も頷きながら、拍手をしている。

 恩寵おんちょうの披露は大成功だ。……途中、何か変な感じがしたが、気のせいだろう。

『そうそう……こうでなくてはね』

 と、誰かが呟いた気がしたが、誰が呟いたのかはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る