殻園のレナトライゼ

麻華 吉乃

プロローグ

Draft-64856 いつか来る日

 荒野に、鉄を引きずる音がする。夜と見まごう曇天どんてんに、稲妻いなづまが走った。大地はひび割れ、あたりにただようのは樹々の焦げたにおい。見渡すかぎりの地面が焼けていた。空の色と同じ灰色の煙が、天へと昇っていく。ところどころに、残り火がくすぶっていた。

 ――歩いていく。満身創痍まんしんそういになりながら、左手には銀河を閉じ込めたような蒼い短刀を。右手には、身のたけほどもある、ほのおをまとった白金しろがねの大剣を。その剣先が地をこするたび、赤々としたほのおが立ちのぼる。

 荒々しい吐息が、少年の口から漏れた。しだれる赤い髪の奥から、剣先のようにするどい視線が、ひたと荒野の奥を見すえていた。

 ふと、少年の脳内に女の声が響く。

『繰り返す終わりの調べは、ここで止めなければなりません』

 子守歌が似合う優しげな声は、今、決断の連続から疲弊ひへいしているように聞こえる。

『一度目は、あらかじめしるされた、のがれざる終わりの運命でした』

 血がにじむ重たい身を引きずり、少年は、一歩一歩と進んでいく。

『しかし、再び起き上がったこの世界には、あらかじめ決められた運命などはないのです。終わるはずのない世界が、過去の妄執もうしゅうによって、今閉じられようとしています――』

 脳内に、様々な映像が流れ込んでくる。

 旅の記憶、記録、仲間の笑顔。散っていった仲間の最後の表情。寸分たがわず、少年は思い出す。その時の感情、温度、肌で感じたすべてを。そうして、この場にふさわしい記憶を呼びましていく。

『少年よ、あなただけが頼りなのです。あの子を、救って下さい』

 少年の身体に力がみなぎり、顔つきが変わる。

「ソラ様、言われるまでもありません。景都アイツは俺が救う。今度は、手を離さない……!」

 ぎり、と引き結ばれた口。射貫いぬくような視線。その先には――、この世の終わりのような姿をした巨人が立っていた。

 噴火ふんかした火山を凝縮ぎょうしゅくしたような、赤々とした明滅がはしるその肌。塔をそなえ付けたようなその足、腕。城のような胴体。それに比べると、幾分か小さい頭部には禍々まがまがしいつのが生えていた。あごらしき場所からは、炎の奔流ほんりゅうひげのように伸びている。噴煙ふんえんを凝縮したような外套がいとうをひるがえし、巨人が少年に向き直る。

「モウジキ炎ニ沈ム世界デ、オ前ハ、何ヲ望ム」

「……何もかもだ終焉の神話スルタァール!」

 そういって、少年は巨人に向かってはしりはじめる。

「ハ、運ヨク焼ケ逃レタダケノ、木偶人形デクニンギョウガ……」

 くぐもった遠雷のような声がひびき、巨人はその溶岩でできたような巨腕を、ぐように振った。たちまち、手のひらから炎があふれ出て、幅広の大剣が出来上がる。

今世コンドコソ……、木ノ実一粒残ラヌヨウニ消シ去ッテクレルワ」

 その言葉とともに、辺りでくすぶっていた残り火が、一斉に燃え上がる。その中から、ゆらりと立ち上がるものがあった。黒炭を固めて作られたような体。地につくほど長い腕。人間大のその異形の数は、十や二十を下らない。不気味にふるえ、ぐりんと、ねじきれそうな勢いで顔らしき部位を回すと、目の無い焼死体は己の敵に殺到した。

  少年は、二刀を振るい、その黒い群に踏み込んでいく。

「ォオ―――――― 」

 ごうとうなる風の音にさえぎられながらも、少年は吠え勇む。銀河を閉じ込めたような短刀がひらめいた。水流の青を引き、少年は独楽コマのように身を回す。青の一刀が、燃えさしの化け物たちを押し流した。続く、赤の二刀目が飛来する炎を切り払う。

「《喚き立つ焔霜の王アウルゲルミル》――――!」

 裂帛れっぱくの気合とともに両腕を掲げる。青と赤が交錯し、まばゆい光を放つ。一閃。風が辺りを洗い、荒野に点在する残り火を消し飛ばしていく。

 今、巨人への道は開かれた。

 最後の火花が宙に消えていく。振りぬいた少年の手の中には、ほのおと氷が絡み合い、幻想的なきらめきを放つ、一振りの魔力刀身が形成されていた。

 ――踏み込み、数メートルにも及ぶその刀身を、大上段から振り下ろす。

 山が動いたかのような音が鳴った。

「楽シマセテクレヨ、レナトライゼ――」

 激突する。

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