あの日

今朝僕は夢を見ていた。

小さな頃からよく見る夢。

赤ん坊の自分が、空高く聳え立つ棒の頂上で逆立ちをし、落ちないよう必死に耐えている。

そのあと落ちたのか、落ちなかったのかは記憶にない。

それが因果か、僕は高所恐怖症で遊園地が大嫌いだ。この夢から覚めた後は無性に恐怖心が襲ってくる。


そんな今朝の夢など、優雅に回想している余裕など今の僕にはない。

とにかく、目の前の答案用紙に記号を埋めなければならない。

日本史B。「Bってなんだ、Aなんてやってねぇし」とか言ってる場合ではない。

939年( )が瀬戸内海で反乱を起こした。

「しらねぇよ。そんな昔のこと、去年起きた事件すら俺の記憶にはない」とか言ってる場合でもない。昨夜遅くまで詰め込んだ記憶を、片っ端から探るが全く手応えがない。

しかし、今回ばかりは諦める訳にはいかない。

この期末試験の結果で、夏休みの勉強合宿の選抜が行われる。

「これだけは避けねば」

頭の悪い僕の脳みそでもわかる。

そこそこの進学高校の我が学舎に受け継がれる伝統の夏合宿。

2週間、山奥の民宿で、朝から夜中まで解るようになるまでひたすら学習。

今朝の夢より恐怖である。

とにかく、今回の試験だけはある程度の点数をあげなければならない。

「やるしかない。」

隣の席の石田はある程度頭がいい、はずだ。

少なくとも僕より成績はいい、はずだ。

いや落ち着け。斜め前の秋山は親父が医者で確実に成績が良い、理系に関しては。

「石田に運命をたくそう。」

視力2.0の能力で石田の答案用紙から、回答を盗みだした。

そしてなんとか試験時間をやりすごした。

普段、僕はカンニングなどという卑怯な行為はしない。そんな卑怯な事をするなら、0点の方がいい。

今回は特別だ。

そんな事を思いながら答案用紙は回収された。

「石崎、ちょっといいか。」

答案用紙を回収し終え、教室を後にしようとしていた歴史担当の木村先生が僕の名前を呼んだ。

「まずい、ばれた。」

肝を冷やすとはまさにこの事、とりあえず先生と共に廊下にでた。

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