第14話 凜々花襲来
翌朝、27日は日曜日だった。
俺は9時頃、目を覚ました。
いや、文字通り叩き起こされた。
そういうべきだろう。
正直なところ、俺も物音には気づいていた。
気づいていたが、疲れていた。
そしてその音の主が、さほど警戒が必要ではない相手であることも、わかっていた。
わかっていたが、説明が必要な状況がこの部屋の中にあることに、疲れた俺のアタマは思い至らなかった。
それだけのことだ。
2、3度揺すられたものの、まだ起きたくなかった俺は「うーん、まだ……」と
それが良くなかったのか、俺を起こそうとする奴の御機嫌を著しく損ねたらしい。
ソイツはさすが、俺に育てられただけのことはある。
――パシーン!!
猶予も情けも容赦もない。
綺麗ないい音で、平手を、ビンタを喰らったのだ。
12月、冬の暖房でさらに空気の乾いた室内で、その音は盛大に響いた。
そしてその音は、優秀な目覚まし機能となって茉莉花をも、目覚めさせることになった。
「ってーなー、もう。
いったい朝から、なんだよ。
んー?」
「座って!」
無理矢理起こされ、ボーッと呆けているところに命令され、その場に
「正座!」
よくわからないままに正座するも、下は畳じゃない。
とてもじゃないが、床に当たる膝や甲が痛んで、座ってなどいられない。
「ゴメン、正座ムリだわ。
かんべんしてくれよ、朝からさあ」
「説明が先でしょ」
「説明? 何の?
うーん、あぁ?
そうそう、そうだ。
ちょうど良かった。
ついでに着る服もさ」
「下着……ですって……」
凜々花は窓の方へ視線をやる。
その先では
「何を娘に言っているのか、あなたは理解していますか?」
「ん、だから新しい下着をだな――」
「――説明になっていません。
私に説明が先でしょ」
凜々花はまったく抑揚のない声で、再度説明を求めた。
「うん、だからな、困ってんだよ。
コイツの服がなくて凜々花に電話を――」
「――なんで裸の女がいるのよ!!」
思わず耳を塞いでしまうほどの大声が響く。
凜々花がこんな大声を出したことなんて、ない。
まったく記憶にないことだ。
俺は寝ぼけも吹っ飛び、1発で覚醒した。
「困っている、ですって?
この状況で困っているのは私、凜々花の方です。
パパじゃ、ありません。
まったく! 絶対に!
なのにその説明もせず、誰だかわからない裸の女に下着をやれなど……
ありえないから!」
「わかった。
わかったから、大声で叫ぶな。
説明するから、な。
凜々花の求めてることについて。
……その前に、コーヒーでいいか?」
凜々花は腰に手を当ててじっと俺を見下ろしたままだ。
「早く説明しろっていうのは、わかる。
さっきのように、見当違いなズレた答えでいいなら、このまますぐに答えるが?」
「……私が
そのあいだに、ちゃんとまとめておいて下さい。
そちらの女性は、
「あ、あの……
お、お任せします」
凜々花は完全に誤解している。
俺が仕事と偽って茉莉花を連れ込み、凜々花に隠れてセックスしたと思っているに違いない。
しかしまあ、『白湯でいいの?』とはな。
傑作過ぎて、不謹慎ながら笑ってしまう。
俺はソファの上の茉莉花の元へ近寄ってかがんだ。
「休めたか?」
茉莉花は突然の事態に驚いたのか、ひそひそ声で「はい」と答える。
「それより凄い剣幕だけど、いいの?」
「ま、成るように成るさ。
それより足は?」
「大丈夫だと思います」
「消毒とか、必要か?
見せてみろよ」
俺は茉莉花の足を掴んで持ち上げようとする。
――ゴホンッ!
が、凜々花の牽制の咳払いが入って、茉莉花が足をビクッと引いてしまった。
俺も刺激し過ぎはマズイかと思い、頭を掻きなが立ち上がると、茉莉花の向かいのソファに腰掛けた。
仕方なしに黙ったまま、首や腕を伸ばす。
そういえばと、転がったときにぶつけた頭を確認するも、たいした怪我ではなさそうだ。
触ると痛む程度だ。
そうしているうちに、凜々花がコーヒーを淹れてくる。
俺に前に置き、その隣に紅茶を置く。
俺の隣に座って茉莉花をじっと見、「忘れてました」と明らかにワザと言い放ち席を立つ。
電気ポットに向かった凜々花は、カップに注いでそれもってきた。
なんとそのカップは、透明でおまけに4分の1程度しか入っていなかった。
一瞬小さな声で、「へぇー」と茉莉花が漏らした。
「パパのお仕事が、ホストだなんて知りませんでした」
凜々花はソファに座り、俺をにらんで言う。
「ママがいなくなって長いから、そりゃいろいろあるかもしれないけど……
いくらなんでもこういうのはないでしょ。
隙があり過ぎです。
まったく、何事も順番があると思うんですけど。
でも、順番があっても許可するかどうかは別ですけどね」
「いや、凜々花。
あのな、ホストだなんて、そりゃオマエの誤解――」
「――彼ねぇ、とーっても上手なのよ」
いきなり茉莉花がつくった声で、俺の釈明に割って入ってくる。
小首を傾げ、俺の方を意味ありげに見ながら、だ。
「は?」と意表を突かれて呆然とする俺。
――コイツはいったい何を言い出すつもりなんだ?
いくら下手クソな演技とはいえ、タイミングがあるだろう。
「私はあまりその気はなかったんだけど、強引なのよね、北見さん。
フフフッ
そこも魅力かも、なーんて、ね!」
茉莉花は俺を見て両手を差し伸べ、満面の笑みを浮かべている。
そのまま俺が抑え込んだ場面を、ここで再現しはじめた。
そんなだから毛布がズレて、いろいろ見えそうになっている。
「あっと言う間に私の両手を抑えて、ブラウスをこう引っ張り上げて――」
――バン!
――バンバン!!
凜々花はとても聞いていられないのだろう、勢いよくガラスのテーブルを続けて叩き、強引に話を
俯く凜々花の髪が顔を隠し、その表情は見えない。
「私は貴女に聞いてませんから!
答えないでいただけますかっ」
「免疫がないのね、パパがとーっても大好きで。
ファザコンなんでしょ? あなた」
「黙りなさいよ!」
凜々花は言うやいなや、右手を振りかぶり降ろした。
そしてその平手は――
――茉莉花には、届かなかった。
「なんでっ!」
「凜々花、手をあげるような教育はしてないつもりだ。
それから茉莉花、娘の失礼は親の俺が代わって
すまなかった。
勘弁してくれ、この通りだ」
俺は凜々花の右手首を左で掴んだまま、頭を下げた。
「北見さん。
あなたが謝ることではありません。
私が怒っているのは、凜々花さん? でいいのかしらね。
この方に対してだけです。
だって、売られた喧嘩でしょう」
そう言うと、いくらかこぼれてしまった白湯を手に取って掲げて笑い、それを
「とっても美味しいお湯ね、凜々花さん。
どちらの銘柄かしら?」
「凜々花、相手が望んだならともかく、白湯はマズイぞ。
俺も白湯を出されたなら、そういうことだと解釈するな。
まあ、現実で白湯を出す奴を見るのは、オマエがはじめてなんだがな。
まさか透明なお茶が出てきたら、裸の王様のようなコントが……っと」
真面目に怒らなきゃマズイと思いつつ、やっぱり笑いがこみ上げてくる。
俺はプッと吹き出してしまい、慌てて口元を抑える。
咳払いを1つして口元を拭うと、態勢を整えて続ける。
「失礼。
そこへホストと客なんて
それに、怒りをぶつける方向、相手が違うんじゃないか。
それは俺に向けるべきだと思うが、どうだ?」
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