りょうま

撤去作業


駅の婆さんを殺してみた



想像していたものとは違って

容易であった



採血される前は

針の痛さに身構えるが

実際やってみると何だ余裕じゃないかと

拍子抜けするアノ感覚と似ている



赤黒い汁がついた灰皿は

驚くほど無表情で、その物体自体が

冷徹な殺人鬼にも見えた



人を殺めたというのに

全く表情を崩さず

昼と同じ顔で亡骸となった老婆を

見下ろしている



まぁ灰皿なんだから

表情なんてあるわけないか



彼女の鼻は粉々に砕け

ぶっくりと腫れあがり

穴からトクトクと血がまだ溢れ出ている


頭蓋骨は面白いほど歪んでおり

ほとんど生えていない白髪にも

赤い汁が飛び散っていて

ところどころがピンク色に染まり


うたた寝しているような

半目の状態で口は、だらしなく開かれ

吐瀉物と血が混じりよく分からないものが

垂れ流れている



「汚いなぁ...」



本当に死んでいるのだろうか


触りたくもない手首に触れ

念のため、脈拍を測ってみる



.....



ジーンズのコインポケットから

ジッポを取り出し、今度は彼女の鼻を炙ってみる


焦げつくような異臭を鼻をつき

吐き気がする



よかった

ちゃんと死んでいるようだ


ネックウォーマーを指で下いっぱいに引き下げ

深夜の空気を肺に入れてみる


車も人もおらず

辺り一体の空気を

独り占めしているようだ



これでようやく

普通に出勤ができる



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「また今日もか」



淀屋橋駅の一番出口を出ると

橋の南詰でホームレスの婆さんが

人通りの多い中いつも用を足している



彼女にとっての羞恥心など

とっくの昔に失ったのだろう


せっかくの清々しい朝なのに

いつものように異臭が風に乗ってやってくる



くそ、気分が悪いな



こんな老いてまでも


恥を晒してまでも


人に迷惑をかけてまでも



蛆の如くもがき生きる

ホームレスを理解できない



何を求めて人生を送ってるのだろうか




彼らのうちの一人が死のうと

誰かが困るわけでもないし

何なら道路のスペースに空きができたなら

寧ろいいじゃないか



そこに存在する意味はあるのだろうか



不思議で仕方がない



ああ、そういえば

誰だったかな



頭の隅にガチャリと重い鉛が引っ掛かる



大学に入学してからの二年半の記憶を遡り

必要のない情報をそぎ落とす



そうだ

必須クラスのアイツだ




「こんなにもチャンスがある

日本で何の努力もせずに

あいつらはホームレスに落ちこぼれたんだ」



海外ボランティアへ頻繁に参加する塩崎に

何故、日本のホームレスは助けずに

国籍も違う海外の子供達を助けるのかと

問いかけた時だった



「彼らの国では働こうとしても

働けないんだ。日本じゃ求人アプリを

起動させれば腐るほど仕事が出てくるだろ?

だから、俺はそんなチャンスのない側の人を

助けたいんだ」


昼休みの空き教室はシンッと静まり返り

外の世界からは学生たちの嬉々とした声が

ころころと転がりこんでくる


彼は弁当箱にキッチリと挟まっている

プチトマトを箸で撫でながら

どんよりと無感覚な瞳で向こう側を見つめていた



「ホームレスのやつらだって

たくさんチャンスがあったはずだ

仕事を選ばなければ

いくらでもあるし、そもそも、あんな

段ボールを組み立てるくらいの力があるなら

働けばいいんだ」




そうだ

結局、悪いのは彼らじゃないか


ジゴウジトクだ


俺たちは微塵も悪くない


なのに


何故、ここまでも

無関係の俺らが

被害を被るのだろうか


老婆の排泄姿なんて

よっぽどの狂った輩以外

誰が欲するというんだ



視界に入るだけで

その日の朝は台無し


おまけに臭いまでも酷い


仕事のため毎朝

ここを通る人に失礼だ


腐りきった生ゴミだ


人様に迷惑をかける生ゴミだ


ゴミよりタチが悪い



早く誰か

撤去すればいいんだ


ジャケットからスマホを取り出し

飲み会ラインにキャンセルメッセージを送信した














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りょうま @ryoma3939

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