転入生は……

 教室のドアに貼られている座席表を確認し、三人はA組の教室に入った。


 教室は、既に至る所で友達同士で談笑が始まっていた。

 教室に入るや否や、葵は、高一の時に仲良くなった友達のところへと飛びついて行った。裕翔と朋也も、高一の時に仲良くしていた友達のところへ行き、思い思いに喋っていた。


 "キーンコーン……"


 朝のチャイムが鳴ると共に、教室のドアが開き担任が入ってきた。

 担任は、女性で、白色のブラウスに薄いピンク色のカーディガンを羽織り、紺色のスキニーパンツ、さらには薄いベージュ色の低めのパンプスを履いていた。


 新学期ということもあるのか、チャイムが鳴り、担任が入ってきても気づいていない様子で、みんな誰1人として席に着かず口々に話を続けていた。


「はーい、色々話したい事はあると思うけど、一旦席に座ってー。朝のホームルーム始めるよー」


 担任の女教師は、みんなが話している声より少し大きな声で生徒に呼びかけた。それに気づいたようにクラス全員が自分の席へと座る。

 みんなが席に着いたのを確認し、これからのスケジュールを伝えようとした時、1人の生徒が女教師に話しかけた。その生徒とは、朋也だった。


「舞ちゃん!このクラスの担任なんだ〜!2年連続で担任とか俺マジでついてる!めっちゃ嬉しいよー、舞ちゃん!」


 朋也は、机に右の肘をつき、右の手の平にあごを乗せてニコニコしながら舞の方を見つめる。


「コラッ、橘くん!ちゃんと先生と言いなさい!高校1年生の時から何回も言ってるでしょ」


 舞は、キリッとした表情で朋也を見つめて言う。

 だが、朋也はそんな言葉に動じる事もなく、ニコニコしたまま、「俺と舞ちゃんの仲じゃん!」と言って、教室中の生徒から「ヒューヒュー」と歓声をもらっていた。


 葵は、両肘をつき、両方の手の平にあごをのせて、呆れた表情で朋也を見ていた。


 一方で裕翔は、中学の時とまるで変わらない朋也の能天気発言と葵の朋也を見る表情を見て、懐かしさを感じ、思わずクスッと笑っていた。


 担任の舞ちゃんこと、須藤 舞は諦めたのか大きくため息をついて、朋也の発言をさらりと受け流し、これからのスケジュールを生徒に伝え始めた。


「今日は、今から体育館で始業式をしてから、教科書の配布があるから、みんな文系と理系の教科書間違えないようにね。それで今日は終わりだからお昼までね。お昼だからって油断しないで気をつけて帰ること!わかった?」


 須藤の問いかけに覇気のない適当な声で「はーい」と返す生徒たち。

 話が終わったと思い、クラスの生徒が立ち上がろうとした時、須藤が「あっ!まだ席に着いてて!」と生徒たちを制する。


「みんなに大切なお知らせがあります」


 須藤はそう言うと、拍子抜けした表情をする生徒達を1度見回し、両手で机の端を掴みながらニッコリと微笑んだ。


「今日から、この学校に転入して、このクラスで一緒に学生生活を過ごす仲間がいます。ほら、入ってきて」


 須藤は、ドアの方向に体を向けて手招きをした。

 クラスの生徒全員が誰だろうといった様子で、ざわざわしながらドアの方を見ていた。

 もちろん裕翔もドアの方を見て、ドアの磨りガラスに何か人のような面影が映っているのを確認した。

 しかし、廊下側とは反対の窓際の後ろの席に座っている裕翔は、それが男子なのか女子なのかは区別がつかなかった。


 -ガラガラガラ-


 ゆっくりとドアが開き、クラスのざわつきが一瞬にして静かになる。裕翔は、磨りガラスの奥にいた面影の姿を確認した瞬間、驚きのあまり目を大きく見開き、「あっ」と小声で呟いていた。


 視線の先には、掲示板の前で出会った女の子であった。彼女は、膝の前あたりにあるカバンを両手で持ちながら、須藤の横まで足を進めた。

 

 須藤の横に着くと、真新しいきれいな黒板に白いチョークで自分の名前を書き始めた。

 名前を書き終えると、彼女はクラス全員に見えるように少し横にずれ、生徒の方に振り向いた。


「初めまして。今日からこのクラスに転入してまいりました”綾瀬 栞”です。よろしくお願いします」


 そう言うと彼女は、軽く会釈をしてから、クラス全員に優しく微笑んだ。

 そう、掲示板の前で、裕翔に向けたものと同じ。


 クラス全員から拍手が起こり、「これからよろしくねー」などといった声が彼女に向けられた。クラスの男子達は、清楚でキレイな彼女の姿を目を輝かせて見ていたり、テンションが上がった男子同士でコソコソと何か喋っていた。


 一方、裕翔は、拍手をしながら掲示板前での出来事を思い出し、考えを巡らせていた。


 同じクラスになったから、あの時微笑んだのか。

 いや、それにしても俺達の名前と顔も分からないはず。

 たまたま目があって微笑んだ社交辞令的なものなのか。


 そんな考えを巡らせている内に、須藤が、朋也の横の空席に右腕を差し伸ばす。


「あそこの空いてる席に座ってもらえるかな」


 綾瀬も「はい」と言って、そのまま朋也の横の席まで行き、静かに席に着いた。


 すると、早速、朋也が綾瀬さんの方を向いた。

 白い歯をキラリと輝かせて、爽やかな笑顔をしながら、「よろしくねー、綾瀬さん!」と言った。


「よろしくお願いします」

 

 綾瀬も朋也の方を向き、口角を少し上げて軽く会釈をした。


 窓から差し込むうららかな春の陽気が、クラス中を包み込む。まるで、彼女を歓迎しているかのように。


 しかし、裕翔は彼女に対する妙な違和感に戸惑っていた。


 窓から見える、風で舞い散る桜のように、自分の気持ちも何処か遠くへ消えていかないだろうか。


 裕翔は、窓から見える景色を呆然と見ながら思いにふけったのだった。

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