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「鍵?」

地獄ゲエンナの七層の鍵か?」


両手に持っていた頭部は、ベリアルに渡った。

朋樹が

「どうするんすか? そのままヴァナへイムに返すには、ちょっと... 」と

剥き出しの眼の ミロンの頭部のことを聞くと

「このくらいだったら... 」と、ミカエルが

頭部の両眼を片手で塞いだ。

手を離すと、瞼が修復されている。

閉じられた瞼を見て、何かホッとする。


シェムハザが取り寄せた亜麻布に 包んだ頭部が

白いケースに収められると、ジェイドと四郎が祈り、オレらも それぞれに手を合わせた。

ミロンは ようやく、ヴァナへイムへ帰れる。


「俺か ミカエルが、ヴァナへイムへ行った方が

いいかな」


首を渡すんだもんな...

けど、「キュベレ側から接触してきた。

事が大きく動き出している」と

ベリアルがケースを受け取り

「すぐに地界へも戻るが、先にルシファーに報告を」と、ヴァナヘイムへ消えた。


朋樹が 水色葉の白蔓を伸ばし、ジャタを呼ぶ。

ジャタを介し、地界や奈落、世界樹ユグドラシル... と

赦しの枝がある場所に繋いでもらうと

ヴィシュヌが、イヴァンや ソゾンの半魂が抜けた

ミロンの頭部の話をしている。


「“鍵” は、七層を指していると考えられる」と

言う ミカエルに、白蔓のワニが

『ソゾンの半魂が向かうのは、奈落か?』

『霊体であろうと、許可なく奈落には入れまい』

『だが アバドンは、ゲートを通らず

肉体ごと奈落の地から消えたのだろう?』と

ゼウスや オーディン、月夜見キミサマ、様々な声で返す。


『アバドンを地下牢から出すために、黒い根を

侵入させてきた』と、天狗アポルオンの声。

『でも その根は、人間が変形したものではなく

身体の 一部を失い、影人と融合させられた ヴァナイムの兵士達だった』と 続けている。

人間が変形した根では 奈落に侵入出来なくても

神族が変形した根なら侵入出来た ということだ。


ヴァナへイムの兵士たちは、最終戦争で 身体の

一部がガラス化し、月夜見キミサマが霊樹に包んだが

霊樹ごと平原ヴィーグリーズから消えた。


奈落では、ルカが喚んだ 夜国の赤い雷に射たれ

融合した影人が消失し、根から 元の姿に戻っていたが、これは 兵士たちが、ソゾンに半魂を抜かれ仮死のような状態で 影人が重なったので、元の姿に戻ったのではないか?... と、推測している。


「もし ソゾンの半魂にも 影人が融合しているのなら、すでに 奈落へ侵入している事も考えられる」


ボティスが言うと、天狗アポルオン

『リフェル』と喚び

『隅々まで あばきを』と 命じた。


ヴァン神族や 白妖精リョースアールヴの術の中には、人間や悪魔にだけでなく、天使にも通用するものがある。

ソゾンは、半魂... 自由の魂だけで居る間

天使からも姿をくらますことが出来ていた。

天狗が言った “暴き” というのは、奈落の中でのみ

いかなる地上神の術も暴き、無効化するもののようだ。

奈落で罪人に隠れられたら 話にならねぇもんな。

けど、影人にも暴きが利くのか は わからない。


恩寵グラティア審判者ユーデクスは 森か?』


眠気を誘う 皇帝の声に

『そう。赦しの森に、道化ニバスと』と 天狗アポルオンが答えた。


『俺の他には ノジェラと アシュエル、護衛の天使や悪魔と居て、城は リフェルと配下が。

牢獄にも内外に 天使と悪魔の見張りを置いてる』


『ふん... 』と 鼻から息を抜くような返事を返した

皇帝は

『秘禁中であるため、ソゾンとやらが 地上で姿を消せる事はないが、地界や 他神界への術の影響は

そう大きくない。

今もどこかで この話を聞いている恐れがある』と

オレらも 白蔓ワニの他の声も黙らせた。

ミカエルや ボティスが、何かが引っ掛かったような顔で 皇帝の声を発した白蔓ワニを見ている。


「今現在 この話を、ソゾンの半魂が

地界やオリュンポスで聞いてて、恩寵グラティア審判者ユーデクスの居場所がバレた... って事も 有り得たりする?」


ヘルメスの問いには、シェムハザが

「今 とは限らないが。

ソゾンの半魂が、いつ ミロンの頭部から抜けたか

にもよるだろう」と、脱力する答えを返した。

なら、恩寵グラティア審判者ユーデクスを “奈落に隠した” ことにはならない。

ソゾンが どこかで話を聞いていたなら

二人が 奈落の森に居ることは バレてるもんな。


『交渉材料である 子供の両腕と共に

ベリアルの術を解いた ミロンの頭部を送ってきた

という事は、キュベレは 地上勢力こちら側に

四郎を渡せ とだけ言っているのではなく

七層の鍵となる 恩寵グラティア審判者ユーデクスも渡せ と言っている という事だ』


ミロンの頭部を こちら側に送ってくれば

当然、その意味を考える。

オレが 頭部から記憶を引き出していなくても

朋樹や沙耶ちゃんの霊視、過去が見れる悪魔や

記憶を司る天使ザドキエルに見てもらうなりして

皇帝が言った

“四郎だけでなく 地獄ゲエンナの支配者二人も渡せ” という

意味に気づいただろう。

もし断れば、次は イヴァンの両膝が...


『ソゾンや 影人と融合した地獄ゲエンナの悪魔等が

奈落に侵入した としよう。

しかし 赦しの森に居るのなら、森の木々が

二人の引き渡しを拒むのではないのか?』


誰の声だ? 聞いた事がある気がする。

朋樹たちも、“誰だっけ?” という表情になったが

今 聞くのは 失礼だよな... 本人にも聞こえるしさ。


声には ヴィシュヌが

「赦しの木は、女なら根に、男なら木に変形すると、その根や木に反応して取り込むんだ。

夜国の者が来た と 枝を鳴らして騒ぐ事はあっても

変形していない者を取り込むことはないかもしれない」と 返した。


『ならば、何故 二人を奈落に?

変形してから 赦しの木が取り込む と言うが

赦しの木の中で 半分 人間の形を保ち、額に眼があった者等については?』


赦しの木の中で 半分... シイナたちの店のバックルームで見た女の子 二人や、校門の近くで 赤い木に包まれた男の人は、腕が人間の形のままだったり

額に別の眼があった。

ロキは、“赦しの木が、木や根に変形した人から

影人を分離しているんじゃないか?” と 考えていたが、包まれた人は 赦しの木とも融合してしまっていた。


この事を知ってて、こうして話にも出してくるのなら、地上にも出てる人なのか?

恩寵グラティア審判者ユーデクスが奈落に居る理由も、曖昧にしか知らなかったような聞き方だ。

皇帝や オーディン、ゼウス、各神界の主神は

自分の界を守護してて、配下を地上に派遣してる って印象なんだけどな...


「木の中で変形途中の様に見える者 については

まだ調査中なんだ。

ラファエルや パイモンの配下も調べてくれてる。

二人が奈落に居るのは、アバドンが奈落を出た時のように、変形した根が伸びてきても

支配者達を取られないようにするためだよ。

地獄ゲエンナの悪魔には 影蝗が仕込まれてる。

木や根に変形しても おかしくないからね」


『先程、恩寵グラティアから報を受けたが』


皇帝の声だ。... “恩寵グラティアから 報”?

じゃあ、さっきは何で、恩寵グラティア審判者ユーデクスが森に居るのかを確認したんだ?


... ん?

どこかで聞いているかもしれない ソゾンに

聞かせるためか? でも 何でだ?


『七層を開くのは、“モルス” を喚ぶためだ と』


『モルス? 同名の者や 死を意味する者は

幾らでもいるが、七層には関係あるまい』

『夜国の神か何かか?』


ミカエルが「心当たりがある者は?」と

改めて聞くが、誰も知らず

『死神のような者なのか?』

『だが、滅びの場から 何かを喚ぶなど有り得ん。

死や冥府すら燃やし尽くされる場所だ』

『それを喚び出す儀式に、滅びの炎が必要なのでは?』... と、推測が交わされるだけとなった。


『それを喚び出すと、どうなると思う?』


皇帝が 眠気を誘う声で、やけに すらっと言ったが

「ルシファー。未知の者だぞ」

「お前、何 言ってるんだよ?」と

アマイモンや ミカエルに 話を折られている。


『ふん... 』


鼻から息を抜いた皇帝は

それと 父では、どちらが... 』と 言いかけたが

「絶対に阻止しなければ いけないね。

七層を開く事自体を」と、ヴィシュヌが言い切った。


『無論』

『開かれれば、全ての神々が滅ぶ事も考えられる。いのちの書に名がある人間等すらも 夜国に取られることになるだろう。黙示録の書き換えだ』


ゼウスや オーディンの声。

皇帝の仕方なさそうな『ふん... 』も 小さく聞こえた。いや、そりゃあさ...


地獄ゲエンナから 何か報は?」


ミカエルが 皇帝に向けて聞くと

『アバドンが地獄ゲエンナを出た とは聞かん。

“出すな” と、ベルゼや アガリアレプトに任せてもあるが。

内部では相変わらず、“ウリエルや楽園の軍が暴れている” と』と、つまらなそうな返事だ。


『尤も、七層を開く気でいるのなら

アバドンは 地獄ゲエンナから動かんだろう』


まぁ、そうだよな。

鍵が揃うまで、三層の支配者 記憶メモリアを盾にして

ウリエル達と攻防を続けるつもりだろう。

地獄の別口... 海底火山の噴火口を見張っている悪魔たちからも、何かが出た という報告はない。


『ソゾンとやらが 恩寵グラティア審判者ユーデクスの鍵を狙っているとしても、二人と天狗アポルオン、多数の天使等や悪魔等を出し抜く程の能力は無い と みえる。

とすれば、二人も アバドンに殺らせるつもりだろう。

アバドンが 地獄ゲエンナと地上を別口で繋いだように

奈落と地獄ゲエンナも繋ごうとする事が予想される。

“アバドンに 二人を渡せ” ということだ』


「ソゾンは、奈落と地獄ゲエンナを繋ぐために

奈落へ侵入する ってこと?」


小声で聞いた ルカに、朋樹が

「そうなんじゃねぇの?」と 答えると、また

「なんで? アバドンが 地獄ゲエンナから繋げばいいんじゃねーの?」と 聞いた。そうだよな...


けど、アマイモンが

「アバドンの時は、アバドンが “奈落内部から”

キュベレに助けを求め、黒い根が侵入したのだろう?」と、いきなり話に入ってきた。


「お」「はい」と、ルカや朋樹と頷いて返すと

「天と地界には 奈落に通じるゲートがあるが

地上や他神界からは、奈落の正確な場所が わからんのだ。

アバドンの恩寵が 天狗アポルオンに移った事で、もう

奈落の支配者という地位を剥奪されている。

ミカエルのように、自由にゲートは開けん。

よって、誰かに奈落の内側から 場所を印させ

アバドンが、そいつと自分の間を歪ませ繋ぐ事で

別口を こじ開けることになる」と 説明してくれた。


白蔓ワニの先で オーディンたちも聞いていて

『ほう』

『ならば、ソゾンの奈落侵入は 地界のゲートから と

いうことになるのか?』という 新たな質問には

「その恐れが高い」と ボティスが返した。


「地界側のゲートも、天と奈落に管理されている。

このゲートが開かれる時は、奈落で刑期を終えた囚人が解放される時 が殆どだ。

だが今回、俺の配下を奈落へ向かわせている。

その時なら半魂のソゾンも、地界から奈落へ侵入出来ただろう」


ミカエルは、楽園の軍の 一部を奈落へ派遣したが

ボティスも 副官補佐のノジェラと 四の軍を

地界から 奈落へ派遣した。


... あれ?

それは、オベニエルが殺られちまったから で

アバドンが奈落を出た時 だったよな?

この時に 天狗が秘禁術を掛けている。


ケシュム島の儀式の場に、麦酒の瓶の回収に

イヴァンが来た。

その時は、ソゾンの半魂入りのミロンの頭部も

一緒に来ていた。

まだ ミロンの頭部の中に居た ってことだ。


アバドンが奈落を出た時には、すでに ソゾンの半魂が ミロンの頭部から抜けていた としても、

ミカエルやボティスが 奈落へ配下を派遣したのは

急な事だったのに、ソゾンの半魂が地界に居て

ボティスの軍と 一緒に奈落入りした... ってことは

考え難くねぇか?

なんでボティスの軍と居るんだよ?

地界の奈落のゲートの前で張っていた... とも考え難い。開く可能性が低いからだ。


ミロンの頭部を抜けた ソゾンの半魂が向かうとしたら、七層の鍵となる 地獄ゲエンナの支配者たちの所だろう。

キュベレにも、“鍵が欲しい” と 言われている。


ヴェッラが、地界にも多少 秘禁が影響している と

言っていた。

ソゾンは 半魂の姿であっても、誰かに見られるかもしれない。

地獄ゲエンナでは 悪霊に紛れる としても

自分を知っているベルゼが 外から迫っている。

内部には、何故か ヘルメスが居た。


完全に隠れるなら、憑依だ。


... “恩寵グラティア審判者ユーデクスは 森か?”


“そう。赦しの森に... ”


解った。


皇帝は、オレらには 憑依を気付かせ、

ソゾンは 油断させようとしている。


ボティスも、わざと

“俺の配下を地界から 奈落に派遣した時に”... と

ソゾンの憑依から 眼を逸らさせた。


「さて、ミカエル」


ボティスが 赤いルーシーで描いた召喚円の上に

皇帝が立った。


ミカエルが天の言葉で呪文を唱え、顕現した 巨大な門の石の扉に 手のひらをつけると、扉に彫られた文字が放射状に光り出し、光が隅々まで行き渡る。扉が消失した。

ゲートの向こうは、奈落の森だ。


召喚円から消えた 皇帝は、恩寵グラティア審判者ユーデクスの間で

手枷を嵌められている 道化ニバスの背後に立ち、右の手首から先を その背に泥濘ぬからせた。

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