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地獄ゲエンナの悪魔が出た」


「何?」

「ルカ狙いか?」


ミカエルが、ボティスたちと話している。



屋上駐車場に出た悪魔たち全部が 灰になると

背中から 死神の気配が消え、地面の炙りの光も

ミカエルが解除した。


『... 術だと思うんだけど、悪魔に掴まれてから

言葉 出なくなってさぁ』と

ミカエルに癒やしてもらいながら ルカが言った。


『すぐに殺られなくて良かったよな... 』


無事で良かった。ほっとしながら言うと

ルカが『たぶん、これのおかげだと思う』と

シャツを たくし上げた。

最終戦争ラグナロクの時に、平原ヴィーグリーズで 死者兵に突かれた傷が

朧に光っている。

磔刑にされた聖子の死を確かめるために

ローマ兵のロンギヌスが 槍で脇腹を突いているが

ルカの傷跡も その傷跡と同じ位置に移動したんだよな。


『悪魔に掴まれた時に 傷が熱くなってさぁ。

悪魔にも それが解ったんだと思う。

オレに祈らせねーように、喋れなくなる術を掛けた... って 感じだったし』


朋樹や ジェイドが、ルカの傷跡を見て

『へぇ... 』『地獄ゲエンナの悪魔に反応したのかな?』と

ミカエルに聞いたが

『わからない。四郎や ジェイドじゃなくて

ルカ っていうのが余計に』と 傷跡に触れ

『でも、聖子の息だ』と 返していた。


四郎が『きよくなれ』と、朱里やリョウジたち

シイナ ニナを癒やしたが、誰も口が開けず

『とにかく学校に... 』と なり

車には、ミカエルやトール、ジェイドや四郎が

同乗する方が安心なので

オレと朱里、朋樹が タクシーで戻った。


『朱里ちゃん、ごめんな』

『怖い思いさせちまったよな』


朱里は、四郎の癒やしのおかげで 落ち着いてはきていたが

『お仕事って、ああいう人たちが相手なの?』と

不安そうな顔になった。

これまで、やり合ってるところは見たことなかったもんな...


『いや、普段は そんなことない。

ああいう相手は稀だよ』


そう答えた 朋樹に、朱里は

『ミカエルさんとか、神さまたちに

任せることは 出来ないの?』と 聞いたが

『無理だ』と オレが返した。


『原因の 一端は オレだ』


もう逃げない。


朱里は 頷いたが、視線は 自分の膝に落としたままだった。

学校に着いてからは、シイナやニナ、四郎やリョウジたちと 一緒に 調理実習室に居てもらい

アコが話を聞き、再度 ゾイに癒やしてもらっている。



「ルカを狙う って事は、日本こっちで 派手に

根を伸ばさせる気なのかな?」


すっかり元気になった ヘルメスが

ロキの隣で グミを摘みながら言った。


「普通に考えたらさ、根を消しちまう ルカがいる場所は避けて、別の場所で根を出すよね?」


地中から根を出す ってことは

根に、影人と重なった男から 生気を吸わせて

木にする... ってことだ。


確かに、ルカが目視して “やばい” と感じた時や

命じた時に 赤い雷が出る。

ルカの意思や、“消す” という意志によるんだよな。

だから、ルカから 見えない場所でやりゃあ

消されることはない。


「伸ばさせる といっても、赦しの木が

押さえるだろう?」


トールが言うと、ヘルメスは

「じゃあ、影人 出しまくって 重ねさせまくる」と、軽く返した。


「まず 日本ここから焼く ってことか?」


ロキも 簡単に言いやがったが

「お前も居るしな」と ボティスに鼻を鳴らされている。


「そうだな」と頷いた ミカエルに

ロキが、“何?!” という眼を向けたが

「天が定めた預言者がいる国だ」と 続けた。


そうか... 向こう側の全体を動かしているのは

キュベレだ。

キュベレは、聖父に 自分を認めさせたい、

聖父から全てを奪って下したい と思っている。

早く言やぁ、“勝ちたい” だ。


「アバドンからしても、天狗アポルオンの国だしね」


天界から戻って来ていた ヴィシュヌが何気なく添えた。 “天狗?” と、眼が向けると

「アムリタ?」って 取り寄せてくれたけどさ。


「けどさぁ、アバドンは アラストールに

“ロキを殺れ” って言った って... 」


ルカが、ヘルメスに確認するように 眼を向けると

ヘルメスは頷いたが

「でも それは、キュベレのめいもあってのことだと思うんだ。

“自分を繋いだ亭主には 自分が復讐する” ってことじゃないの?」と 言っている。


「ロキのことも恨んでるだろうけど、地下牢に

アバドンを繋いだのは 天狗アポルオンなんでしょ?

その上、自分の地位も奪った。

でも 話を聞いてる限りじゃ、天狗アポルオンは 自分のことじゃ、そんなに 恨まないし苦しまない。

自分の国をやられた方が つらいと思う。

“姫サマ” だっけ? 大好きなマンメーも居るしさ。

それに アバドンって、支配欲が強いサディストらしいじゃん。

“自分に従うはずだ” って、奈落に迎え入れた亭主に裏切られて、貶められちゃってるんだから

天狗アポルオンは 自分で苦しめたいんじゃない?」


日本を潰せば、天狗は苦しむ。

贄として 四郎を差し出させたいのは キュベレでも

今、地獄で 影蝗を仕込んで、悪魔や悪霊を使えるのは アバドンだ。

さっき、ルカを殺らせようとしたのは

キュベレではなく、アバドンかもしれない。


「アバドンって、天使らしくないよね。

我が強い っていうかさ。

キュベレに従ってるけど、自分の欲も満たそうと

勝手な動きもしてる気がする。

“根や悪霊で、まず日本を壊滅させる気だ” って

これでハッキリしちゃったし」


ヘルメスに、ロキが

「ルカは、元々 狙われてただろ?」と 聞くと

「でも 赤い雷 出す前に、向こうから探して来ちゃったしさ。

キュベレにしたら、やり方が下手な気がしない?

結果、失敗して、ルカ生きてるし」と

買って来た袋の中から、スナック菓子の袋を出して開けた。


「お前に何かめいを出して、こちら側を 内側から

解体しようともしているんじゃないのか?」


ボティスが ヘルメスを見て言った。


「あっ、そうかも...

蝗 出してもらったから、命令されても わかんないけど」


「ヘルメスは、地獄の悪魔や悪霊たちに

見られない方がいいかもね。

アバドンが何かめいを出しているなら、遂行中だと

考えてるかもしれない」


ヴィシュヌに言われ

「えー、次に アバドンに会うことあったら

二本指 立ててやろうかと思ったのに」と

ヘルメスが 人差し指と中指を立てて見せた。


「ピース?」


スナック菓子に手を伸ばしながら聞くと

シェムハザが「ギリシアでは、“くたばれ” だ」と

言った。 えぇ... 中指立てて見せるのと同じか...

旅行に行った日本人が 写真 撮る時とか危ねぇよな...


「どっちにしろ、ターゲットは日本ここなんだな。

もっと 天使や悪魔を喚んだ方が良くないか?」

「でも、他の国の守護や観察も続けないと」


ミカエルたちが 難しい顔をしているが

「一応、これだけ居るしね」と

ヴィシュヌが微笑った。そうなんだよな。

天の ミカエルを筆頭に、北欧神、ギリシャ神、

ヴィシュヌや師匠は 仏教の天部神でもあるけど

インド神だ。そのトップばかりが集結している。

これでダメなら、もうダメだよな。


「けど、ロキが妊娠したら ロキを殺ろうとする... ってさぁ。

洞窟の牢から逃したのは、キュベレなのに」


アムリタを飲み干し、シェムハザが取り寄せた

コーヒーを受け取って ルカが言ったが

「ロキを逃したのは、最終戦争ラグナロクの書き換えのためだろ」と、ボティスが返している。


「次に、死神ユダを喚べることで ロキを狙ったが

キュベレにとって、ロキの腹の子が邪魔なんだろ。何故なのかは分からんが」


ロキの子を護ることで、こちら側が キュベレの計画を狂わせることになる のは確かなようだ。


「一応さ、いろいろ 阻止は出来てるんだけどね。

リリトとアマイモンで、影人の重なり防止。

秘禁、赦しの木で根や木を取り込んでるし、

“リリって言ったら飛び降り” も

天使や悪魔、他神族が阻止。

まぁ、地獄ゲエンナの悪魔は撤退したみたいだけど。

審判者ユーデクス恩寵グラティアも出したし... 」


ヘルメスは スナック菓子に飽きたのか

ミカエルに「開けるよ?」と 断って

マシュマロの袋を開け

「でも、アバドンが 奈落から地獄ゲエンナ入りして

復讐者アラストールは出ちゃったけど。

第一層のポエナも殺られちゃったし。

だいたい、イヴァンも 最初の麦酒ビール瓶も

キュベレも さっぱりだもんね」と 食い始めた。


「そういえば、キュベレも ソゾンの子を産んでるよね?」


ヘルメスが勧めるマシュマロを コーヒーカップで受けながら、ヴィシュヌが言った。


「イヴァンは、“妹” だと言ってた。

キュベレの娘なのなら、リリトの妹でもある。

どうしてるのかな?」


「さぁ...

イヴァンは、“妹ばっかり 可愛がってる” みたいなこと 言ってたけど... 」


その “妹” は、リリトのように

キュベレが ひとりでに産んだ訳ではなく

ヴァン神族のソゾンとの子だ。

天の子 とは 言い難い。


ヴィシュヌに答えた ジェイドは

「でも キュベレって、リリトは 可愛いがらなかったのに、その子のことは可愛がってる って

何か 引っかかるね。

いじめられたり殺されたりよりは いいんだけど」と 添えて、マシュマロを口に運ぶ ミカエルの手を止めさせた。


「芽生えたんじゃねーの? ほら... 」と

自分の胸に手を置き、いい顔する ルカは無視され

「イヴァンに、疎外感 与えるためじゃねぇのかよ?」と 朋樹がシラケたツラで言った。

そう考えると 気分悪ぃよな。

その娘のことだって、キュベレは愛してないんだ。根っから愛とかねぇんだろうけどさ。


「とにかく、見つけないと」


ミカエルは マシュマロを再開したが、煮詰まったような顔だ。明日 一日で 秘禁が切れる。

向こうも慎重になってるんだろうけど、ちょこちょこやり合って、なかなか片もつかねぇんだよな...

こっち側も何度か やられかけてるし

オベニエルたちや、重なって燃えてしまった人もいる。もう犠牲は増やしたくねぇけど。


「ん? なんか... 」


ロキが グミの袋に手を突っ込んだまま

くうを見つめた。


「えっ?」「どうした?」


ヘルメスや トールが聞き、朋樹も

「赤ちゃんか?

それか、神社の鳥居以外に 何か見えたのか?」と

腰を浮かしたが、ロキは

「カレーの匂いがしないか?」と

朋樹に向いて ピンクのグミを食った。


「何だよ... 」

「赤ちゃんのことかと思ったぜ」


ぐったりされているが、カレーの匂いは する。


「カレーって、昼のじゃないの?」


ヴィシュヌが言ったが

「いや違う」と 首を横に振る ロキに

「日本のやつだよな? 家庭の」と 添えた。


「昼 食べたのに」

「誰かが どっかで食ってるんじゃないのか?」


けど、何かに気づいた ボティスが

「アコ」と喚ぶ。

アコは、手にカレールウの箱を持って顕れた。


「みんな落ち着いて来たぞ」


「それは良かったが

何故 その箱を持っている?」


「避難 “キャンプ” だから」


出た... アコの中では、キャンプといえば

“みんなでカレー作り” なんだよな...


「体育館や他の教室でも、まだまだ 玉ねぎや人参を切ってる。水場では ジャガイモ。

沙耶夏とゾイが、トッピングのカツや野菜を揚げてる。ゆで卵もあるぞ。

大鍋の いくつかには、もう ルウを入れるとこだ」


「泰河 おまえ、どんな鼻をしてるんだ?」と

ジェイドに聞かれたが

“体育館では” って、一般の人たちも やらされてるのか...


「そうか。楽しみにしている」


何か言ったところで... という風だったので

ボティスが締めると、アコは「うん!」と 笑顔で消えた。

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