78


「引き上げろ」


パイモンが号令を出すと、ヴァイラが右手を上げ

空中に居た 黒い翼の悪魔たちが 一斉に消える。


「では 俺も、世界樹ユグドラシルに寄って

一度 地界へ戻る。

今のを目撃した人間の記憶は消すなよ。

噂も どんどん拡めさせろ」


パイモンが笑顔で消え、人型に戻った アリエルも

「ゾフィエルに伝えて 地獄ゲエンナへ向かってもらうわ」と、車の上に立った天使たちと 一緒に消えた。


肉片や何やらが ようやく燃え尽き、黒い煙が引いても、駅や建物からは 誰も出て来ず

車の中で震えていた人たちも まだ動けていない。

無理もねぇよな...

多少、そういう場を経験したオレらでも

呆けちまってるし。


ボティスが指笛で守護天使たちを喚び、風が動いた。人々に寄り添ってくれているようだ。


倒れたままのバスの上に ミカエルが飛び乗る。

ジェイドが「Non e' vero... 」と 呟いた。

「“信じられん”」と訳した ルカは、ふと 自分のティーシャツの胸に眼を止め「マジで」と 呟いたが

「心配するな」と、ミカエルが 真珠色の光を地面に拡げ、立ち昇らせた。

ジェイドや ルカに言ったんじゃねぇけどさ。


「敷いてて助かったな」と言う 防護円上のアコに

シェムハザが頷いているが、ミカエルが

「落ち着いて動け」と 人々に指示をする。


「それぞれ 自身だけでなく、家族や友人、独りでいる者に気を配れ。隣人に手を差し伸べること」


建物から 少しずつ人が出てきた。

薄く煙を上げているのは、耳朶にアンクがある... アマイモンの配下たちが憑依した人たちだろう。

“勘弁してくれよ” という眼を ミカエルに向けている。

信号に従って 車も動き出し、追突した車の近くには パトカーが到着した。


ミカエルがバスから降り、真珠色の光が 大気に溶け消える。

シェムハザが指を鳴らし、バスを起こして

キズまで修復してくれたので、ジェイドが 安堵の息をついた。


「... 根のようなものが出てきて、赤い光が」

「悪魔のようなものが たくさん現れて... 」


事故の話しする人たちが言うことに

警察の人たちは「悪魔?」と 呆気に取られているが、話している人たちが 嘘をついているようにも見えず、皆 似たようなことを言うので、記録を取っている。


駅の前に固まっていた人たちが騒ぎ出し

建物の奥を指差しはじめた。

警察と話している人も「ほらっ、あれです!」と

指を差す。

駅前の交差点の奥から、黒い根が走り伸びてくる。ただ、根は左右の歩道へ分かれ伸びた。

歩道には、アケパロイになろうとしている人たちが居る。


「のんびりもしていられないね」と ヴィシュヌが言い、ルカが 赤い雷に根を消させた。


「今のは... ?」と、警察の人たちも 呆然としていたが「まただ!」「悪魔が来るの?!」と 騒ぎになった。「落ち着いてください!」と 呼び掛け

応援を呼んでいる。


「アケパロイを何とかしないと... 」


ミカエルと ヴィシュヌ、アコと シェムハザが消えて移動し、アケパロイになった人たちを 路地へ誘い込もうとするが、二人一体になってしまった人たちも居て、余計に騒然とし出した。


道路の向こうでは、消えた黒い根や アケパロイに反応したのか、ビルの一角を包むように生えている 白い幹の木が、水色の葉を揺らして 伸びはじめている。


「結構、重なってやがったな」と

ボティスは のんびりしているが

「まずいよな... 」

「とりあえず、枝を持って行ってみるか?」と

広場の黄色い幹の枝を、朋樹が白い鳥の式鬼で切断した。


潜らせていた呪の蔓で引き寄せると 枝が蔓を離れ、風に飛ばされるかのように 二人一体たちの方へ 浮き進む。

アコが命じて 動きを押さえていた アケパロイの足元に落ちた枝は、蔓のように アケパロイの片足に

ぐるりと巻くと めきめきと成長し始めた。


「黒い木になっていない状態でも、包み込んじまうのか... 」

「アケパロイや 二人一体に変異すると

奈落の木が反応するようになったね」


枝分かれしながら 首のない肩までに巻き付き

太くなった蔓同士が密接して、捻れた幹の木になった。鮮やかな黄緑の葉を揺らしている。

その木の黄色い根や 白い木の根が、地面の上に出て 歩道へ這い進んで行く。


「おっ」


ボティスの視線に合わせて 空に向くと

空中で 幽世かくりよの扉が開いていた。

「何... ?」「神さま?」という 周囲の声。


狐姿の榊が飛び、続いて 白尾も飛び降りる。

扉の中に立つ 月夜見キミサマは、御神衣かんみその袖の中に組んだ腕を解き、オレらに 片手を上げて見せた。

高い位置で結んだ髪が揺れる。

凛々しいぜ 月夜見キミサマ

「挨拶かな?」と、手を上げ返した ジェイドの隣で、いきなり朋樹が倒れた。


「ええっ?!」

「何したんすか、キミサマ?!」


「ふむ、言霊よ」


道路の向こうから跳び、朋樹の前に着地した 榊が

朋樹の胸に 前足を置く。


「このような緊急事であるので、草心術にて

異界の植物とも 意思が 通うようにされたのじゃ」


榊の前足の下が光ると、朋樹が眼を開け

「ぐっ... 」と 前足から逃れようと 身を捩り出した。

「ならぬ。耐えよ」と 言われているが、相当きつそうだ。息、出来てねぇんじゃねぇか... ?


「ほう」と、ボティスが しゃがみ

興味深そうに 朋樹を観察して

「禁咒というやつか」とか言った。


「朋樹は、奈落で カインに会っている。

“カインが見たアベル” を 追体験させ

赦しの木... 奈落の木を使えるように 繋ぎをつけているようだな。

だが、朋樹自身が視る のではなく

他人の記憶を移し込むのは、禁じられているはずだ。霊が混乱する恐れがあるからな」


大丈夫なのか... ?


幽世の扉の中の月夜見キミサマは、上げていた手を下ろし

御神衣の袖の中に戻して組んだ。

朋樹のシャツの中で、革紐に付けた白い勾玉が光る。加護だろうけど、無茶させるよな...


力が抜けた朋樹は、再び 気を失っちまったようだが、榊が前足を退けると

「罪は ほどけた」と 知らない声で呟き

「朋樹?!」「おまえ、マジで大丈夫か?!」と

オレらを焦らせた。

ジェイドは「アベルの声なのか?」って 感動してるけどさ。


「ミカエル、引こう!」


ヴィシュヌの声だ。

ジャンプした ヴィシュヌが、オレらの近くに着地し、ミカエルと シェムハザ、アコが 地を蹴り、

幽世の扉近くまで 見えない翼で羽ばたいた。


ドッ と、足裏から身体に 振動が届き

歩道から伸び上がった 幾本かの 白い幹の木と黄色い幹の木が ミカエルたちを隠し、幽世の扉の下で

水色と黄緑の葉を揺らし、音を立てている。


「あれ? あの木はー?」


ルカが指しているのは、白い木と黄色い木の奥に見える 青い幹に白い葉の木だ。


「あの辺りに 黒い足跡があって、枝を挿してたんだろ」


近くにある枝や木が共鳴するようだ。

しかしさ...

「大木って聞いたけど、こんなに でかくなんのか?」

枝先は ビルの屋上に届いていて、幹や枝の 一部も

ビルの中に侵食しているように見えた。


ミカエルたちが 消えて 近くに顕れ

「白尾だ」「地上の木霊こだまで祝福している」と

よく分からんことを言う。


「木霊って、木の精霊?」


精霊憑きの ルカも分かってねぇしな。


「ふむ。白尾は 汚れぬままに

母である藤に幾度も殺められておる。

しかし、恨まなんだ。よって 穢れもない。

朋樹が 神として祀り上げ、月夜見きみ様が迎えられた。

清くある故、木や草花の精と 意思が通うのよ」


水色の木の枝から、白髪の毛先を揺らし

白尾が 幽世の扉の中へ飛び移った。

でかく白い尾を上げ、白い狐耳の頭を下げて

挨拶している。

「白尾、イイコだよなー」と言うルカと ジェイドと 手を振ると、遠慮がちに振り返してくれた。


「影人は、霊樹や樹檻では 包めぬようであるの。

しかし このように、月夜見きみ様と白尾が

黒い根や重なり切った者については、近くにある赦しの木より 根を伸ばさせ、成長させて対処される故。

迦楼羅天様も空より探しておられるが

“儀式の場を探せ” との事よ」


挨拶代わりに こっちに頷いて見せた月夜見キミサマ

白尾に幽世の扉を閉じさせて消えた。




********




「死ぬかと思ったぜ... 」


朋樹が シェムハザに支え起こされ、ミカエルに癒やしてもらっている。

「大丈夫?」と ヴィシュヌにアムリタも もらい

落ち着いたようだが。


「何か、変わりはあろうか?」


狐榊に聞かれ、「変わりなぁ... 」と 足の下から

呪の蔓を伸ばすと、白に水色の葉がついた蔓が伸びた。


「おっ!」

「奈落の木じゃねぇの? 蔓だけどさ」


「おおっ、すげぇ!

けど、全然 操作できねぇぜ」


蔓は、広場の地面に潜り

黒い根がなかったのか、消えちまった。


「ルカの雷のようなものなのか?」

「そういうのっぽいな。

出してみよう とは 思ったけど、潜らせてみよう とは 考えてもなかったからな」


「まぁ、根の探知機にはなる」

「重なり切った者も 探せるかもしれんしな」


シェムハザやボティスも 曖昧なフォローになったが、朋樹は何か 機嫌が良かった。

「スッキリしてるんだよな、やたら。

アベルか カインの感情なのかもしれんけどよ」と

言っているので、心配はなさそうだ。


地獄ゲエンナの事、トールやロキに話して来るよ。

そのまま 天界や、アフラ=マズダーにも話しに行かないと」


ヴィシュヌが言っている。

「配下に行かせるが... 」と、ボティスが 気を利かせたが

「いや、天界に入れたり、アフラ=マズダーに会える人も限られてるからね」ということだ。


「トールやロキには、四郎に電話で話して 伝えてもらうよ。ビデオ通話にしてもいいし」


ジェイドが言い、そういうことになったが

『天界や アフラ=マズダーの元に、枝を持って行くのよ』と、別の声が言った。


「... 誰?」「どこ?」と、声の主を探すと

「むっ!」と 狐榊が、朋樹の背後で 何かを見つけた。

朋樹が振り向くと、足下から勝手に蔓が伸びていたようで、その蔓が ぐるぐる巻きになって固まり

ワニの頭の形になっていた。


『奈落や島の木があれば、私が まとめて伝令出来るわ』


「ジャタ?」

「島から話しているのか?」


『そうよ。奈落の主に、枝を渡したわね?』


天狗のことだ。

姫様やランダが 奈落の森を訪れたら

それが伝わるように、城に枝を持って行く と

言っていた。


『彼の声が、森の木から聞こえたから 話してみたの。枝があれば、私と話せるわ。

だけど、植えて 根を出してしまってはダメ。

枝のままにしておくのよ』


「助かるよ、ジャタ。枝を取りに行く。

何か必要なものはある?」


『いいえ。落ち着いたら

またみんなで 来てちょうだい』


「もちろん」と、微笑った ヴィシュヌが

「枝を貰いに行くよ」と 消えた。

ジャタ、いい人だよな。

地下教会から行けるんだし、もっと遊びに行かんとな...


「あっ。あっち側、封鎖するみたいだな」


交差点の向こう、歩道に 奈落の大木が生えた道は

調査等のためか 封鎖されるようだ。


「離れてください!」と、道路だけでなく

建物からも退避するよう促す声がし、

「あの植物のせいで、人の頭がなくなったの?」

「いや、黒い根じゃないのか?」

「でも、植物が人を飲み込んだよね?

あの神様みたいな人がやったの?」と 誤解を生む

噂も拡がり掛けている。


「違う。まず、影人と重ならないことだ。

派手な木は 味方」


アコが説明に行き、スムーズに信じるよう

シェムハザが指を鳴らし、催眠を掛けた。


「沙耶夏や朱里は、仕事を休ませた方がいいんじゃないのか?」


ボティスに言われ

オレは朱里に、朋樹が沙耶ちゃんに連絡をする。

朱里の方は

『うん、お店が お休みする って言っててー』らしく、沙耶ちゃんは迷っていたようだが

朋樹に押されて 夜は休む事にしていた。


「ゾイが居るが、まとめて 四郎の学校に

送って来たらどうだ?」


ボティスに言われる前から 気にしていた ミカエルが、明るい顔で

「うん、行って来る! 移動したら喚べよ?」と

消える。ゾイや四郎と学校なら、朱里も沙耶ちゃんも安心だ。


「... 影人。シャドウピープルの噂は知ってるだろ?」


アコとシェムハザは、警察の人たちにも説明を始めているが「ずっと ここに居てもな... 」と

移動することする。

この辺りは、これだけ 奈落の木が生えていれば

そう心配はないだろう。

シェムハザの店の魔人の子に挨拶して

バスに乗り込んだ。

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