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午後の授業が始まった。

少年ロキは『囮が 女子供か』と、まだ渋い顔だったが、授業には出るらしく

『行こうぜ』と、四郎とリョウジを伴って 教室へ戻った。ミカエルはゾイを 店に送る。

狐榊とボティスも ロキを追ったが、オレらは ツレに連絡だ。


『嫁さん居るヤツは、リリ確率高いよな』

『オレのツレも、リリって言っちまったヤツばっかりなんだけどー』


『あれ?』


ジェイドが、校舎に向く。

四郎たちの教室の窓が 虹色に光った。

窓から飴が零れてくる。まさかの第二弾だ。

榊の黒炎も 漏れ見えたが、見張りの悪魔三人を

煙に巻くのは すげぇよな。


『お?』


スマホが鳴った。連絡した おんぶ岩たちの 一人からだ。こいつは 敷島ってヤツ。通話に出ると

『“久しぶりだね、梶谷くん”』と 挨拶した後に

『“ところで、いきなり何の質問なのかな?

僕は、リリなんて言ってないよ。

何故って? ずっと彼女が居なかったわけじゃないけど、先日別れてね。方向性の違いで”』と

聞いてないことを話し出した。

“彼女が居たことある” という言葉が薄く感じられる。“方向性の違い” って、解散したバンドじゃねぇんだからさ。


けど、まぁ

『そうか。実は、ちょっと頼みがあってさ... 』と

流しつつ、囮の協力を頼んでみると

さすが オカ研だっただけはあり

『“カゲビト?... ああ、シャドウピープルね。

いいよ。でもなんで、そんな実験するの?

教会や キリスト教系の学校には出ない って

何情報?”』と 熱心な声で聞いてくる。


『ああ、オレ、神父の知り合いが居てさ。

朋樹... 幼なじみも、神社の息子だし。

朋樹の親戚が、カトリック系の高校に通ってるんだ。で、昼間は 見たことねぇらしいんだよな』


『“そうなんだ... そんな情報があったなんて”』


こいつ、影人のこと 調べてたんだろうな。

“影人” って呼び方は、ネットじゃ定着せず

シャドウピープルのままだったけど。


『“幸田も誘えると思うよ。頻繁に連絡取ってるし”』


相変わらずなんだな。誘える ってことは

おんぶ岩2の 幸田にも女は居ない。


『“どうしてだと思う?”』


『女 居ねぇから?』


投げてくんなよ と思ったが、おんぶ岩1の敷島は

『“相変わらず、失礼だね。今は って言ったよね?

誰にでも そういう時期は あるんじゃないのかな?

そういう梶谷くんだって、決まったひとは居るの? 大学の時の君は、くっついたり別れたり

ふらふら遊んでたりで... ”』と 始めたので

『いや悪い! 何時にしようか?

オレは 一緒に居られねぇけど、同じように

こういうの好きなツレが 一緒に居るからさ』と

話を止める。


『“... まぁ いいけど。僕と幸田が よく連絡を取るのは、共同でウェブサイトを運営してるから なんだよ”』


お... ? まさか...


『“都市伝説やオカルトのサイトさ。

その、シャドウピープルや 夢の女のことで

寄せられる情報を まとめるのが忙しくてね。

でも 梶谷くんが、まだこういったことに興味があるのは嬉しいよ。良ければ URL送るけど... ”』


送られてきたのは、あのサイトだ。マジか...




********




「朋樹の神社以外は、六山内で調査をする。

すぐに まとまらなければ ならないことが起こった時、移動距離が短い方がいいから。

教会が 二箇所、学校は 一箇所。

神社や寺は、細かいところまで合わせると 数が多いから、大きい所だけ。

神社が 二箇所、寺が 一箇所だ」


“部活も見学する” と言った ロキに

“今日は もう勘弁してくれ” と 頼み

召喚部屋で会議だ。

里で寛いでいた ヴィシュヌと師匠、トールと

ヘルメスも喚び、調査の計画を立てている。

シェムハザとアコも戻った。


さっき また、ちらっと来た ゾイが

昨日から寝ていなかった オレらを、寝かせて癒やしてくれた。

おかげで頭は すっきりしている。


「試したことはないけど、もしかしたら

御言葉は効くんじゃないの?」と、ヘルメスが

言い出した。


「天使が近くに居ても、重なられるのに?」


「だって、キュベレの影響があるんだよね?

キュベレは、言葉が話せないんでしょ?

聖書は、聖父や聖子と 人間の契約書なんだから

抵抗には なるかもしれない と思ってさぁ」


「一理ある」

「ヘルメスなのにな」


ボティスやトールが茶化していたが

「じゃあ、天使と羊飼いは なるべく分かれる」という 組み分け方になった。


教会が、シイナとニナ。

ジェイドの教会と、別にある所とに分かれるが

影人が出る確率は低いと思われる。

付き添いは、シェムハザとアコ。

万が 一、影人が出たら 抱き上げて飛ぶ。

シイナとニナが 仕事を休むことに関しては、

シェムハザが店に連絡した。

店の損害分や 二人の給料も シェムハザが負担だ。


学校が リョウジと竜胆ちゃん。

リョウジと四郎の友達で、高島くんと真田くん。

校内は広いので、グラウンド、校舎二つ、体育館、講堂兼礼拝堂 と分かれる。

付き添いは、四郎とオレら。

いまいち 頼りないので、トールとロキ。

それぞれ ルーン石を持たされているので、離れていても 喚べば来てくれる。


寺が、沙耶ちゃん。

なんと 六の山の寺は、親戚の寺だと言う。

『じゃあ、親戚の人に頼めねぇの?』と 聞くと

『お墓まで合わせると広いの』ということだ。

ゾイと、重ならない朱里が付き添う。

朱里の職場には、ボティスが話を通した。


敷島と幸田が神社。ミカエルとヘルメス、

ボティスと榊が付き合うが、二人には まだ

どんなヤツが付き添うか 話してない。

駅で待ち合わせているので、その時に紹介して

逃げられねぇようにしようと思う。


ヴィシュヌと師匠が、全体を回りつつ

街の様子の見回りもする。


「夜は、何時から?」

「21時。竜胆は ルカと僕が迎えに行くけど

リョウジくんや 他の子たちは、部活が終わって

一度帰宅してから、学校に集合する。

自転車移動だから、重なられる可能性は低いと思う」


「影人、走らないもんね」と ヘルメスが笑っているけど、そうなんだよな。

車や電車の中で重なられた とかも聞かねぇし

乗り物で移動中の時は、安心出来そうだ。

夜国ニビルには、乗り物がなさそうだから

対処し切れないんじゃないのかな?」と

ヴィシュヌが言っている。


「寝てる時も 聞かなくないか?」


ロキが言うと、トールが

「知らんだけ という 恐れもあるが」と

腹を鳴らした。

ヴィシュヌとシェムハザの取り寄せ飯だ。


「歩いてる人にしか、注意を払って来てねぇもんな... 」


「だが、守護天使等の報告にも

“睡眠時に重なった” というものはない」


「座ってる人は?」


「それはある。“立ち上がった時に重なった” というものだが。座ってても、いずれ立つだろ?」


「全人類を 一斉に眠らせたら、どうなるんだ?」


ロキが、でかいことを言い出したが

「目覚めた時に 一斉に重なられるんじゃないの?」と ヘルメスが返し、他 全員は無言だ。

眠ってる時に重なられなくても、影人は また出るだろうしさ。


「一度 重なられ、重なり切る前に 奈落で影人を消した者たちも観察させているが、今のところ

“再び重なった” という報告はない」


影が戻って、影に目眩ましを掛けている人たちだ。本人の影で 影人の型取りしてるんなら

もう型取りは出来ねぇもんな。


「二度は重なられないかも ってことだね」


「じゃあさぁ、ニナは?」


ルカだ。教会に連れて来た男の頭部には

ニナと朋樹の影人が混ざったものが付いていて

オレが消した。

けど、ニナの影は復活していない。


「重なってないからね」


ヴィシュヌの 一言で 話は終わった。

重なって影が戻ったかが ポイントだ。

そいつの影人を消したところで

「重なってないから、型になる影は地下にある。

また出るだろう」ってことだ。


なら、重なってから 影人だけを消し

影を取り戻すのが 一番良いように思えるが、

「あの影人が ニナに重なっていたら、朋樹とは重なれなくても、男と 二人で 一体 になったんじゃないか?」

「一人重なった場合でも、いずれアケパロイになる可能性がある」... という危険性があるので

やっぱり今のまま、重なりを阻止していく方針だ。


ニナの影人に、朋樹の影人が重なった 背中から頭や腕が生え、脚が四本になっていた形...

朋樹にリリトの息が掛かってなくて、重なれるんなら、ニナと朋樹は融合してしまった ってことか? ドバイでも 二人一体の影人は出た。


ケシュムの儀式の場で見た アケパロイや

二人一体の人には、印がなかった。

重なり切ってしまっていたからだ。

霊と影人が 融合してしまっている。

あの人たちを消せば、自由な魂だけでなく

生命そのものまで消してしまってただろう。

結局、黒い根に吸いつくされちまったけど...


教会に運んだ男は、ニナや朋樹の影人が付いていても、融合してないから消せた。

けど、自由な魂... 霊は取られた。

形が変形してしまっても、印を出さず 影人を消せば、同じように 霊は取られるだろう。

その後、混ざってしまった身体は 元に戻るのか?

そのまま、身体だけ生きていたとしたら...


「元を叩くのが 一番だけど、儀式の場所は まだ割れていない。やれることをやっていく」


ミカエルと眼が合う。

「それぞれに役割がある。俺が 何かを命じる時は

何も考えてはならない」と

はじめて 配下に話すように言われ、頷くけど

涙が出そうな感覚があった。信頼を感じる。

命じる方は、その責任を負う。

ミカエルは、ルカにも 碧い眼を向けた。

“消せ” と 命じられれば、消さなくてはならない。


一瞬、修行の山寺の空気を思い出して

師匠の意思が オレに向くのを感じた。

調息で呼吸を整える。


すべては ひとつ。

でも それは、ミカエルや ジャタが言ったように

ひとつだと知ること。

“互いに愛する”... そのための教えだ。

夜国のように 意思を殺して 一体化する... 取り込み

征服する という意味じゃない。

オレは地上の者として、必要があれば

影人と霊を 無に帰す。

夜国や キュベレに、秩序を渡してはならない。


ミカエル、ヴィシュヌ、皇帝や ベルゼ、ハティたち。師匠、月夜見キミサマ、トールや ヘルメス...

神々の “愛する” とは、そういうことなんじゃないか?... と、ふとぎった。

オレらは、その手足となる。神使のように。


「そろそろ出ようか」


食後のコーヒーを飲むと、それぞれに分かれる。


沙耶ちゃんと朱里は、店からゾイの車で寺に向かってくれるけど、

アコとシェムハザが シイナとニナを迎えに行き、

ジェイドとルカは、オレの車で 竜胆ちゃんを迎えに。朋樹と四郎は トールとロキを連れて学校へ。

朋樹の車を使う。

オレは、ボティスと榊、ミカエルとヘルメスを連れて、ジェイドのバスで 駅前。

召喚部屋からは すぐだけど、神社二箇所に送ってから、オレも学校へ向かう。


「泰河が 学校へ向かうまでは、俺等も居るよ」と

ヴィシュヌと師匠は、先に駅前へ向かった。


バスで駅前に着くと、ボティスたちを降ろし

駐車場に車を停めて、中央口に戻る。

待ち合わせは、シェムハザが 店を出す予定の

ビル 一階、改装中の店の前だ。

店の目の前は、駅前の広場。


ボティスたちは目立つので、すぐに見つかり

何故か駅から出てきた ヴィシュヌたちも合流する。

ミカエルやヘルメスにも 片手を上げながら

「お?」と、店のシャッターの 一部になったかのように、目立たず立って スマホを覗いている

敷島と幸田を発見した。


「よう、久しぶり」と 声を掛けると

二人は、“まさか自分たちに向けられたものじゃないだろう” という感じで、反応しない。

声で分かる程 親しくねぇもんな...


「敷島、幸田」


名前を呼ぶと、何かの間違い風に顔を上げ

「えっ? 梶谷くん... ? あ!顔は梶谷くんだ」

「これ、どうしたの?」と、顎に手をやっている。


「これ って、ヒゲじゃねぇか」


こんな しょうもねぇ会話、あるのか?

ルカのそれとは ちょっと違うしさ。


「こいつ等か」


ボティスの声だ。二人とも 口を噤む。

怖ぇだけじゃなくて、でけぇしな。

二人は 170センチくらいだ。ボティスは 190以上ある。ミカエルやヘルメスは オレくらい。

ヴィシュヌたちは、オレらより ちょっとある。


「俺等が 一緒に、神社に張るよ。よろしくね」


ヘルメスが 握手の手を出し

ミカエルやヴィシュヌ、師匠とも 握手をして

ミカエルが 背中に手を当てると、二人は 少し落ち着いたが、ボティスの手を握った後は

“聞いてないぞ” という眼を オレに向けた。

微笑っておく。


ミカエルたちが、自分の名前を言いながら 握手をしたので、その度 妙な顔をしていたが

「海外の人って、天使や 神様の名前から

子供に 名前を付けたりするもんね」と 納得し

「“ボティス”?」と、やっぱり詰まっている。


「梶谷くん、どういう お知り合いなの?」


「俺等は、泰河の友人の神父の 友人なんだ。

それで 知り合ってね」


笑顔の ヴィシュヌに

「ああ、なるほど... 」と 納得しかけ

「そういう... あれ? 女の人も居るけど... 」と

榊に気づいた。小せぇからな。156センチ。


「ふむ。泰河の友、朋樹の親類よ」


「まさか、この人も 囮?」

「賛同 出来ないな。僕等は、寄せられた情報から

シャドウピープルは、危険なものと判断してる」


割と しっかりしてるんだよな。こういうとこは。


「だが、こいつを帰すとすると

お前等の どちらかは、俺のみと 一晩過ごす事に

なるが... 」


敷島と幸田は、再び 固まったが

「... 別に、何も 問題ないけど?」

「囮じゃなくても、女の人が 一晩 外に居るのは

良くないよ。梶谷くん、送ってあげて」と

オレまで 軽く感心させた。

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