48


四肢付きの木は 炭化し、真っ黒になっている。

根は消えていた。


「生命がある って、言ってなかった... ?」


ルカが ぼんやりと言うと、手のひらの下から

ぱしゃりと 泥濘ぬかるみに消えた行安ぎょうあん

左右に肋骨を開いた モレクが掠めた。


「いや、だが... 」


トールが 言葉を濁らせ、ロキが

「植物にだってあるだろ?

平気で伐って 家作ったりしてるじゃねぇか」と

話を終わらせようとする。


「けど、この人たちは

元々は オレらみたいに普通に生きてて

アカネちゃんとか、ライリーさんみたいに

影人に重なられちまっただけで... 」


「いや、もう霊は 根に取られていた。

見た通り、木が生きていた ってことだ」


ミカエルが、ルカに向いて言う。

ルカは黙っているが

木には、手足が... と 考えていることは分かる。

動物でも植物でもない何か。


ロキが また

「魂が抜けたら、今は たいてい火葬するんだろ?

それと同じだ。

こっち側に来た 向こうの精霊が決定したことだしな。自然に抗うなよ」と 言い

ルカに近づくと、肩に手を回した。


精霊... 人間じゃねぇもんな。

自然の意思のようなものだ。獣とは、何か違う。


「オレが燃やせば良かったよな。

蔓で 根は掴めたんだ。式鬼は通用する。

次はやるぜ。トール、その木 抜いてみてくれよ」


朋樹は、こういう気の使い方をするんだよな。

今の場合なら、“人間であったもの” という倫理的な部分より、ルカの気持ちを優先した。

けど、見習う部分でもある。

間違ってるのかもしれねぇけどさ。


「オレが触ったら、どうなるんだよ?」


右腕の模様を浮かせると、ハティの表情が緩んだ。なんとなく照れに近いものを感じて 眼を逸らす。


「待て 泰河、お前が触ったら 消えてしまうんじゃないのか?

あんまり いろいろやったら、検体が無くなるだろう? 透過で見るだけでは解らないことも たくさんあるんだぞ!」


パイモンは、切り刻む気 満々なんだよな...

「泰河も朋樹も触るな。ルカも向こう向いとけ。

その黒焦げも、地界へ持って帰るからな。

四郎、今の内に 観察しておけ。

シェムハザとボティスも。何か気付いたら報告。

ニルマ、トランクが要る。大型のもの」と

一度に指示を出し、ターザンっぽい 自分の助手を喚ぶと、でかくて黒いトランクを開かせた。

中には、魔法円が描いてある。


「あの人、こういう事になると変わるね」と

ジェイドやアコと話す ヘルメスは

「観察の前に、珈琲のオカワリ欲しいんだけど」と シェムハザに言い、パイモンに冷ややかな眼を向けられて、アコと買いに出た。


「トール、抜いたらすぐに トランクに入れてくれ。ニルマ、俺はまだ 入れ替わりの場所を見に行く必要がある。研究室の地下保管庫に入れておいてくれ。ハティと戻ってから見る」


ルカは

「パイモンも “ハティ” って呼んでたっけ?」と

ロキが 仕事着から出したグミを摘んでいるので

まぁ、大丈夫だろう。

割り切れないようなものは、多分ずっと残るんだけどさ。また揃って 浅黄と修行かもな...


四郎やボティス、シェムハザが

黒焦げになった木を 裏返したりしながら

観察していると、ラファエルも入り

第二天ラキアの診療所に 少し持って帰ろうかな。

根も分けて貰って」と、足の指先だった部分を

折り取ってみている。


「ミカエルや ヴィシュヌも、少し下がってくれ。

ハティ、トランクに入れたら すぐに封印を」


パイモン、活き活きしてるよな。

まだ 二本ある内、太い方... 二体で 一体になった人の方の幹を掴んだトールが「熱っ!」と手を離した。ムスッとしているが、木の内部が 赤く燻っているように見える。


女の子みたいな顔をしかめる パイモンが

「熱い?」と 聞いている内に

木は、内側から 溶岩の色に染まっていく。

赤黒の中に オレンジの熱光が光ると、葉のない木が燃え上がる。連鎖するように、もう 一本も赤く燻り 燃え出した。


「何?! ふざけるなよ!!」


怒りまくる パイモンは、シェムハザに

「水を取り寄せてくれ!」と 言っているが

ハティが、呪文で地下水を吸い上げ

木の下から上に 水を上げた。


水の柱の中、木を包んだ炎は消えたが

木は赤く燃え続け、蒸気になった水が

霧となって辺りを包む。


「どういう事だ?! 何故 内側から燃える?!」


水に手を入れようとした パイモンを

「いや、また根が出ると思う」と、ヴィシュヌが止め、チャクラムで 木の幹を切断したが

落ちた幹も 燃え続けている。


水の中の木は、みるみると痩せ細り

枝先から縮むように消えていく。

生長する木を 逆再生で観ているようだ。

「“火を点け 根絶する”」と、ルカが呟く。


すっかりと枝を失った木は、最後は 黒い根のようになって、地中に沈んでいった。




********




あれから

『燃え尽きるなら、木になる意味があるのか?!』と、怒り狂うパイモンに

『根は、木を引き抜いたら 巻き付きに出てきた。

“また抜かれるくらいなら” 燃やしたんじゃないのかな?』と、ヴィシュヌが穏やかに 見解を述べ

多少冷静になったが


『それなら、木を採取しようとしていた事が

根に分かる という事になるな』

『いや、木の傍に 俺等が居たからじゃないのか?』と、ロキやトールが言うと

『じゃあ、取って調べられないじゃないか!』とまた拗ねた。


『一度は 取れただろ?』

『次に見つけたら、根に気づかれんよう

空中でトランクを広げて、空中から引き抜けばいい』


ボティスや シェムハザの意見に黙ったが

返事は返さず、『何か解ったのか?』と

黒焦げの四肢付きの木を指差した。


『特には、まだ... 』と 四郎が言いかけたが

『霧で見えなかった』と ラファエルが返し

余計に パイモンをムッとさせる。

ラファエルも、医療とか研究の人だし

天でも、ライバルとか そういうのだったんだろうな...


『アイス 買ってきたぞ』

『暑いね。何かあった?』と戻った

ヘルメスと アコから

ソフトクリームを受け取っている ミカエルにも

『真面目にやれ』と、絡んだ パイモンを

『儀式の場を探そう』

『そうでなくても、二体で一体になった影人も

出ていた。アケパロイや あの形になった者等を探せば、また根が出て 木になる』と

シェムハザと ボティスが宥めた。

ミカエルの肩には、ヴィシュヌが手を載せたから

面倒くさくならなかったけどさ。


ニルマに 黒焦げの四肢付きの木を持ち帰らせた

パイモンは、『入れ替わりの場へ』と

背中に 赤い手を添えたハティに言われ

二人共 消えた。


黒焦げ四肢付きの木の持った ニルマも地界に戻り

『イースに報告』と、ミカエルに言われた ラファエルも、エデンから天へ戻ると

オレらもテントに戻って、飯を食ったところだ。


「しかし さ... 」


食後のコーヒーと 一緒に、マドレーヌやマカロン

約一名 マシュマロを食いながら

「とりあえず 瓶探しだな」

「入れ替わりの場所も、注意が必要だね。

根が伸びているなら、夜国... 影人と重なった人たちが 行く恐れがある。

天使や悪魔たちが見張っていても、根が 縦でなく

ズレて伸びたら... 」とか

「街中で、アケパロイや あの形になったら... 」

「黒い木は 燃えるだけなのか?」... という話に

なっている。


分からん事だらけだよな。

夜は割と涼しく、ルカが風で空気を回すテントの内部には 氷が張ってあるので、ホットコーヒーが美味い。ランタンの中の球電が、時々 パチパチと音を立てる。


「獣が出たな」

「ルカの精霊との関係は?」


どうなんだ という眼を向けられるが

オレにも ルカにも「さぁ」「どーなんだろ?」と

しか 言えねぇんだよな。


「琉地とアンバーは?」

「あっ」「いつ居なくなった?」


けどまぁ、根に絡んだりはしていなかった。

「シェムハザの城だろう」ってことで落ち着く。


「シェムハザ、鍵」


ロキが 手のひらを出した。

鍵って、車か?


「本当に乗る気か?」


「砂漠で乗っていい って言っただろ?」

「そうだった! アコ、俺にも鍵」


ヘルメスもだ。忘れてて良かったのにな。


「俺も ついて行くぞ」


四郎のサングラスを ハーフアップの頭に載せたまま アコが椅子を立ち、シェムハザも立つ。


「トール、行って来る」と ロキが言うと

トールは、つまらなそうな顔になったが

「オージンに報告の義務があるからな」と

話し合いに参加だ。


「四郎は、もうすぐまた 学校じゃないのか?」


スマホの時間は 午前3時半。

けど これは、日本の時間だ。

今居る ケシュム島では、22時くらいだ。

17時半に ケシュム島に着いて、まだそんなもんか...


「明日は 土曜で、今週は休みの週です」


「あぁ、そうだ」

「曜日感覚ねぇもんな」


ジェイドや 朋樹も ぼんやりしているが

オレも欠伸が出た。

世界樹からヘルシンキ、ドバイ、ケシュム島 で

さっきは あれだ。

ソゾン... ミロンの頭部や イヴァンも居た。

早く探さねぇと... とは思うけど、多少 疲れている。


「お前等が、もうすぐ奈落行きの時間だろ?」


「あ... 」「そっかぁ... 」


影人が重なり切っていない人たちの印消しだ。

アケパロイや 二人で一体になった人たちを思い出して、気を引き締める。これは やらねぇとな。


「飛行機は?」

「ケシュム島発は 15時50分だな」

「ドバイからは? 日本へ?」

「いや、20時間以上掛かる。

ヘルシンキに戻り、世界樹ユグドラシルから地下教会だな」


「マジか... 」

「遠いよな」


オアシスがあった場所を出る時は、三日月形だった窪みも無くなり、元の平坦な地面になった。

ソゾンが オレらに気づいたことや、獣が 神殿ごと消失させたこともあって、ここにはもう ソゾンたちも戻って来ないだろうと思われる。


獣が神殿に駆け込んだ時、獣が触れた人は

その部分を消失させていた。


ルカの雷精霊どころじゃねぇよな。

けど、獣の血を使ったオレ じゃなく

現れた獣がやった... と、分けて考えられることで

罪悪感にさいなまれる という感覚は薄かった。

全く関係ねぇ訳じゃねぇけど。


ヴィシュヌがチャクラムを投げて、麦酒の瓶が倒れたことに抗議を始めた 夜国の人たちを見ても

オレは、危機感を抱いてなかった。

ヴィシュヌやミカエルたちが居る って、どっかで安心してたし、相手は 人だ。


でも獣は、あの人たちを消してしまった。

今回は オレの意志じゃない。

ここが、ルカの雷の精霊と 獣の違いだと思う。

雷の精霊と獣に 何か関係があるとしても

雷は、ルカの危機感で動いた気がする。

獣には、自分の意志もある。


「でも、根は伸びてきてた。

見張りを置く必要はある」


真面目な顔で マシュマロを食いながら言った

ミカエルに、ボティスが

「あの雷が 消失させてなきゃあな。

昼間は あの暑さだ。観光に来る人間は少ないだろうが、その分 夜国の奴等が集まりやすくはある」と 返している。


「アフラ=マズダーに 報告に行って来ようかな。

飛行機の時間まで ここで寝る?

シートを取り寄せるけど」


ヴィシュヌが言い、ミカエルが

「その前に、少し早いけど 印消しに行く?」と

ルカとオレに聞く。


「うん、早い方がいいかもなー。眠てーしさぁ」


“シート” と言っていたが、ヴィシュヌが テントの両端や奥に、エアマットのようなものを取り寄せてくれた。雑魚寝だよな、そりゃ。

ボティスやトールは 寝ねぇみたいだけどさ。


「ちょっと転ぼうかな」


朋樹とジェイド、四郎は、ブーツを脱いで

エアマットに転がり 寛ぎ出した。

いいよな。オレも だらだらしたいぜ。


「泰河、ルカ」


ミカエルに呼ばれて、「うーい」と 椅子を立つと

テントの入口に アコが立った。


「ロキが 急に車を降りて、オアシスがあった場所に入ったんだ。異教神避けで近づけない」


「は?」

「ロキが入って、異教神避けが掛かったのか?」


ボティスが確認すると、アコが肯定に頷く。

朋樹たちが起き上がり、ブーツを履く間に

オレらは先に、オアシスがあった場所へ向かった。

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