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「すげー... 」


砂色の丘というのか、なんというのか...

丘の壁には地層のライン。

てっぺんが同じ高さで、まるで上から 何箇所も

削り取られたように、砂岩の壁の間が空いている。こんな地形、初めて見る。

全部が砂色 という場所も。きれいだ。

見ている間に 暮れかかる空。


「グランドキャニオンと、少し似てるな。

写真でしか見たことないし、あっちは峡谷だけどよ」

「ああ、上部がテーブルみたいに なってるとこ

あるしね」

「でも、こんなに上からボコボコ 削られてないぜ。異星だろ やっぱり」


「ここは、スター バレーだ。

星が落ちた場所 と 考えられていた」


説明する シェムハザが、大型テントとトランクを

取り寄せた。また組み立てだ。

まぁ、あった方が 絶対いいもんな。


「実際は、200万年の間に 風雨が大地を削って

こういう地形になったようだ」


「へぇ... 自然と時間って すげぇよな」

「削られるところと 残るところがあるんだな」


けど 200万年もあれば、隕石くらい墜ちていても

いい気がする。そこを余計に風雨が削った とかさ。本当に でかい隕石がボコボコ落ちたようにも見えるしな。


テントの骨組みを立てていると、すぐに汗は滲んだが、ロキと トールが

「そっち持てよ」「簡単だな」と手伝ってくれたので、あっという間に組み立てられた。

テントや車には、シェムハザが 人避けを掛けている。


テントの内側を ビシビシと氷が覆い、

シェムハザが取り寄せた ランタンに

トールが ミョルニルで祝福すると

ランタンの中に 小さな球電が顕れた。


「おお、流石は 雷神様!」


四郎も嬉しそうだけど、トールも嬉しそうだ。

ランタンは浮き上がって、テント内を眩しく照らす。 けど、影は無いんだよな。


「まだ暑いし、もし夜国の民... 儀式をした者達が居て、眼が光るなら、夜の方がいいね。

今の内に食事にしよう」


テント内に取り寄せられた 氷のテーブルに

イカや海老、オリーブのサラダや トマト。

サーモンとタコのマリネ、べべッ ゴレンや

ナシ ゴレン、ルンダン、白身のフリットが並ぶ。

トールとロキの前には、レンガみたいなステーキが積まれた大皿だ。


「ひとつ どうだ?」と オレらにも勧めるが

あれだけで腹一杯に なっちまうだろうし

オレとジェイドが 皿に受け取って

ひとブロックを 2〜3人で分けることにする。


「これから する事だけど

儀式の場の 異教神避けを解除することだ」


ヴィシュヌが言ってるけど

これ、オレらが ってことだよな?


「人間なら入れる。見張りを誤魔化してしまえばね。それに、異教神避けは 人間が掛けてる。

ネイトロが言っていた 魔女の話によると

“彼”... 影人が立つ前に、異教神避けは掛かられていたからね。

ただ、どんな術で掛けたのかが 分からない。

ボティスと四郎、泰河たちが探して

何とか解除すること」


やっぱり オレらは省略だよな。

「はい」って 頷くけどさ。


「相手には見つからんようにした方がいいだろうな。ソゾンやキュベレも居た場合、殺られかねん」


トールが言ってるけど、見つからねぇようにって

難しくないか?

岩陰に隠れるしかねぇけど、高い場所から見りゃ

丸見えだ。


「術は 直接解かねばならん類いのものかもしれんが、朋樹やルカが入れるのなら 式鬼や精霊も入れるだろう」


シェムハザが言う。

そうか、探るのは 小鬼や琉地に任せられるし

地の精霊で足止めは出来る。

ソゾンやキュベレは効かねぇだろうけど。


「天空精霊は?」と聞く ジェイドには

「無理だろうな。神に類する」って答えてるけどさ。


「うーん... 危なっかしいし、なんか面倒だよね。

どんな異教神でも、ミカエルやヴィシュヌを無視しないと思うし、正面突破が 一番 話も早いのに。

俺も入れたらいいのにさぁ。ゼウス出すし」


ヘルメスは

「これ、もし ボティス達が相手に見つかったりして、琉地や小鬼から 俺等に連絡が来ても

異教神避けが 何とかならないと、入れないんでしょ?」と 心配そうだ。


「でも、他に手が無い。

どうしてもって時は、獣を頼れ」


ミカエルだ。


「お前達に危険が及びそうになったら 迷わない事。ソゾンやキュベレ相手なら、死神ユダでもいい。

ユダは 聖子イースの弟子だった。足止めにはなる」


ミカエルは、本当なら 人間であるオレらを 潜入させたくないようだ。

「外からも、異教神避けを解く努力はするけど

何かあったら、すぐに退け」とも 言い足した。


コーヒーも飲み終えると、シェムハザが

「仕事着に着替えろ」と 言いながら指を鳴らし

自分も黒ツナギ姿になる。

ミカエルは もちろん、全員 着替えてるけどさ。


「榊が居りゃあ、神隠しで行けたのにな」

「そうだ、月夜見キミサマは?」


ルカと話していると、ボティスが

「いや、異教神避けを解くまでは

異教神の術も通用せんだろ」とか言う。


「中に入って掛ける分には 掛かるかもしれんが

異教神が 外で掛けた術は、結界内に入れば解ける。

トールのミョルニルや ヘルメスのハルパーを

外から中へ投げても 弾かれるだろうしな」


そうなるのか...


「けど 月夜見キミサマは、結界破りが出来るんじゃないのか? 三ツ又の矛で」


ジェイドも言ってみているが

「自国ならな」と 返ってきた。

そっか、日本神だもんな。


「では、行くか」


テントを出ると、砂丘の向こうに 夕日の色が

朧に残る夜だ。


「こちら側から回り込もう」


削られた砂岩の丘と丘の間を通り、地層の壁の切れ間に 夜空を見上げる。恐ろしい程の星々。

けど、トゥアルの白い砂浜で見た空とは違うように感じた。空色だけでなく、星々も。

多少 位置は違うんだけどさ。


「俺さ、反対側に行って騒いで来るよ」


ヘルメスが言うと、アコも

「ああ、それ いいかもな。酒 飲みながらやろう。

間違った ダメな観光客のフリがいい」と

シェムハザに取り寄せてもらった アラックという

酒の瓶を 受け取っている。


「イスラム教の国だったら、酒は手に入らないんじゃないのか?」


朋樹が聞くと

「だから いいんだろ? 目を引ける」

「中に入る奴等は、イスラム教じゃなくて

夜国の民だぞ。毎晩 麦酒ビールを飲んでるんだろ?」と、二人は答え

「じゃあ、反対側で騒いで来る」と 消えちまった。


「でも、目を引くのは 良い作戦かもしれないね」


「見張りを見つける度 眠らせようと思っていたが、ヘルメス等の方へ 半数程は集中するかもな」


砂岩の丘の間から 坂の登り道に入りかけた時に

爽やかな甘い匂いが増す。

前にいるシェムハザが、軽く上げた 片手の手の甲を見せ、“待て” と 示した。


巨大な奇岩の岩陰から 男が顔を出す。

遠目にも、眼が青銀に光っているのが見える。

夜国の民だ。

伸びをし、退屈そうに あくびをしているので

見張りだろう。


シェムハザが指を鳴らすと、奇岩にもたれて 寝だしたが、ライフル持ってやがった。

「良し」と、ボティスが取り上げる。


「マジかよ?」

「危ねぇよな」


ルカや朋樹も言っているが

「恐らく自衛のためだろう。

しかし、夏場の観光客は少ない。

かなり油断もしていた」と シェムハザが言い

ボティスも「持ってただけだろ」と

どうせ撃っても当たらん みたいに鼻で笑っているが、実弾入りって... 余計 気が引き締まったぜ。


「俺は ここから登り、見張り等の目を引こう。

異教神避けの中が、俺等からは見えなくても

中からは 俺が見えるだろう」


シェムハザは、丘の上に立つようだ。


「観光地だもんな」と 女子化したロキが

「一緒に行くわ。デートで星空を見に来たって

見せ掛けるワケ」と トールにウインクで断った。


ロキを熟知している トールは

「なるべく目立てよ。もし ソゾンが居たら

誘い出せるのが 一番いいからな」と

普通に 頷いている。


「ここから奥に進むか」


ライフルのスリングを肩に掛けながら

ボティスが言うと

「ここ、壁じゃないんだな」と ミカエルが

砂岩の壁と 奇岩の間を見ている。


「壁に見えんの?」と ルカが聞くと

「うん。なんかおかしい っていうのは 分かるけど」と 手を伸ばし、何もない場所で 手が止まる。

異教神避けって やるよな。


「入ったところで、まず 琉地や小鬼に偵察してもらって。俺等に報告してから動くようにね」


「了解」


ボティスが答え、オレらも頷くと

砂岩の壁と奇岩の間から 奥へ向かう。

振り向いてみると、ミカエルとヴィシュヌ、トールが 心配そうな顔をしていたが、眼は合わない。

本当に 見えてねぇんだ...


モレクの時の異教神避けとは、少し違う気がする。神隠しの方が近い。

入った場所から奥を見ると、砂岩は削られた場所が あちこちにあり、入り組んではいるが 身を隠すのは難しそうに見えた。


「琉地」


ヴィシュヌに言われた通りに、ルカが 琉地を喚び

朋樹も小鬼達を喚ぶ。


「異教神避け 探してるんだけどー」

「あとな、近くで 眼ぇ光るヤツらが 儀式をやってるんだ。そこまで 見つからずに行けるルートを

探してくれ」


煙になった琉地と 小鬼たちが消えると

削られた丘が 針の山のように尖って並んでいる部分と、奇岩の間に 揃って座った。


「私も 消えて移動だけでなく、目眩ましや

神隠しなども出来ると良いのですが... 」


「いや、充分だろ」


「何か聞こえないか?」


ジェイドが 尖った砂岩の間から

背後の上の方を見上げた。


「まぁあぁっ、なんって ステキなのぉ?!」


女子ロキだ。

高い丘の上で、シェムハザの胸に寄り添い

胸の前で両手の指を組んでいる。

「美形二人なんだけどな... 」と

朋樹は 惜しそうだ。


「素晴らしい星空ね! モン シェリ」


「モン シェリ?」と、つい眉をしかめると

「mon chéri... “愛しいひと” です」と 四郎が訳す。

最近、フランス語 勉強してるもんな。


「ハハハ。君には敵わないよ、モノンジュ」


シェムハザ...

「mon ange... “私の天使” で 御座います」

女子ロキの腰に 手ぇ回してるしさ。


「モン ボウ シュバリエ!

... いいえ、二人きりね。モン ルー」


「誘惑というより、挑発だな」と

ボティスが ピアスをはじく。

「mon beau chevalier... “私の騎士”

いいえ、mon loup... “私の狼”」と 訳する四郎に

早くも 焦りが見えてきた。


「マ ビッシュ... 」


「ma biche... “私の小鹿” です」

「シェミー、狩る気じゃねーか」

「だって、狩れっつってるもんな」


シェムハザが 女子ロキの顎に指で触れると

女子ロキは「マ フラム」

ma flamme... “私の炎” と 見上げ

シェムハザは「マ デエス」

ma déesse... “私の女神” と 答えている。


「カボーユ... 」


“カウボーイ” らしい。

四郎が訳すると「クソ あいつ... 」と、ルカと ボティスが 声を殺して笑う。オレらもヤバい。

片手で口は塞ぐが、肩は揺れちまう。


シェムハザが 負けずに

「ジュマン」... “雌馬” と答え、女子ロキは

「モン プチ プランス」... “私の小さな王子様” と

返す。


「プティット フルール」... “小さな花”


二人は、見つめ合いながら

「モン ロメオ」... “私のロミオ”

「マ ジュリエット」... “私のジュリエット”

「モナポロン」... “私のアポロン”

「アフロディットゥ」... “私のアフロディーテ”

... と 合戦を続けていたが

すぐ近くの奇岩の向こうを、ライフルを持った男 二人が通り過ぎる。


何か話しているが、ペルシア語で さっぱりだ。

けど、眼は青銀に光っている。


「声に気付いて 見に来たが、悪魔や巨人とは

気付いていない。

ここで、シェムハザ等が あの二人に気付かなければ、勘付かれるだろうけどな」


異教神避けで見えてない ってことに

気付かれるもんな。


「ん?」


朋樹の小鬼が 二人戻って来た。

ピンクの芝桜と グレーの雨雲だ。


小鬼に報告を聞いた 朋樹は

「... 異教神避けの境に立っていた見張りは

ヘルメスたちの方に集中した。

こいつらは、中の見張りだ。

他のヤツらも こっちへ向かってる」と

小鬼たちを撫でる。


「なら、今 動いた方がいいのかな?」


ジェイドが言うと「だろうな」と ボティスが頷き

朋樹が「シェムハザたちに 渡してくれ」と

式鬼札の裏に “見られてる” と書いて 芝桜に渡し

「ミカエルたちには こっちだ」と 雨雲に

“奥へ向かう” と書いた 霊符を渡した。


「ちょっと待って」


別の見張りの男二人が、先に来た男二人と合流すると、ルカが「地」と 精霊に命じ

見張りの足を拘束した。

ボティスが「声も預かる」と 呪文を唱える。


眼が光る男たちは、突然 金縛りの様な状態になったことに 驚いているようだが

芝桜と雨雲が戻り、式鬼札や霊符を渡した報告をしていると、女子ロキが

「イヤだわっ、見て カボーユ! 私たち見られていたのよ!」と 騒ぎ出し、シェムハザが

「ハハハ。恥ずかしいのかい? ジュマン」と

また始め出した。この隙に奥へ進む。


砂岩の壁や奇岩の間を通り抜けていると

話し声が聞こえて来た。

遠くから「だーから、ここ観光地でしょ?」

「何で居ちゃいけないんだ?」という

ヘルメスや アコの声も聞こえる。

ペルシア語に 日本語で返しているのは

相手を困らせるためだろう。


ルカの隣で 白い煙が凝って琉地になり

「お」と、先頭に居た ボティスが立ち止まる。

オレの目の前には、背伸びすれば 隙間から向こうが見える奇岩だ。

その隙間から見えたのは、棗椰子に囲まれた

三日月型の泉だった。

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