14


「いや!! 朱里、違... っ  お?」


カーテンを半分開けっ放しだった窓から

白む空が見える。朝だ。


外は明るく、部屋の電気は点いてない。

なんだ? 何か おかしい...  が、

部屋の右奥のベッドには、ルカが 窓の外の朝を

避けるように 背中を向け、膝を抱えていた。


その姿は

... “悪を行っている者は みな光を憎む。

そして、その おこないが 明るみに出されるのを

恐れて、光に こようとはしない”...  と

ヨハネ3章を彷彿とさせるが

オレも 朝の日差しを見る気には なれねぇ。

部屋に差し込んでなくて 良かったぜ。


ルカ と、声を掛けようとした時

「オレ、リリと しちゃった」と

透明な声で言った。自然と瞼が落ちる。


ハッと 気付き、瞼を上げると

パンツの中を確認したが、特に変わりはなく

息をついて 胸を撫で下ろす。

けど、腰まで きてたからな... あっぶねぇ...


姦淫カンインを犯しました... 」と 告解するルカに

勇気を振り絞り

「オレもなんだ... 」と 打ち明けると

ルカの背中が ピク っと反応した。


「マジで... ?」


「おう... 乗られちまってさ... 」


「じゃあ、ただの夢じゃーん」と

背中の緊張を抜いたルカが、足も崩して振り返る。安堵した笑顔だが、オレも安堵する。

ハハ。夢だよな。仕事のことが 頭に残っててさ。

... いや待て。こいつ、あの うるささで か?

違う夢なんじゃねぇの?


「マぁージで ビビったけどさぁ。

最後、リラ子になった時

オレ 死んだかと思ったぜー!

心臓しんぞー、バクッ... とか 止まりかけてさぁ。

冷静になりゃ、リラ子は上になったりムリなんだけどー」


「おまえ やめろ!」


オレは、リラちゃんの そういうのは聞かねぇよ。

例え、天使になっていなかったとしても

あの子は 天使だからな。

「そこまでだ」と、腕を組んで 頷くと

「あっ」つって、ルカも頷く。


「... けど、いい女だったよなー。

深緑のステンドグラスみたいな眼でさぁ。

乳も でか過ぎず こま過ぎず、カタチ ハリ 完璧!

腹とか腰も すっ と締まってたりしてー。

髪も肌も 手になじむ しっとりさっていうかぁ... 」


喋りまくるよな。特徴は合致するけどさ。

なら、あの夢を見てて あの騒がしさなのか?


「もう 具合もさぁ、吸いん... 」

「やめろって!」


ピタ っと 言葉を止めたルカは

自粛のツラで、また頷いた。


「ルカ、おまえさ... 」


どうしても気になっちまって、禁断の質問を持ち掛けた。相手がリラちゃん とは 言わねぇが

「好きな子でも、あんななのか?」... と。


「へ? 見たの?」


「いや、うるさかったからさ」


「ああー、オレ、飲んだら 寝てても

喋るらしいんだよなぁ。

いやいや、好きなコの時に あんなワケねーだろ?

もう なに? “かわいー かわいー、うーわ かわいいしぃ!”... しか 思ってねーよ」


頭ん中は うるさかったか... まぁいい。

今の問題は、リリだもんな。


「けど、やっぱり何かあるぜ。

オレの時も、最後は朱里になったからな」


「ああん?! マジかよ?

なら、“夢の女 リリ” が アタマに残ってたからとか、たまってるからとか 関係ねーの?

オレら、リリ被害者?

いや、被害者って言うと 語弊ごへーあるけどー」


ふと 何かに気付いた様子のルカは

「おまえ、ゴールした?」と 投げてきた。

胸に隙間風を感じながら、首を横に振って返す。


「オレもだし! ひどくね?

これ やっぱ、被害者なんじゃねーの?

なんのため頑張っ... ては ねーけどさぁ」


「でもさ、覚えてるんだよな。オレら」


「あっ! そうだよな、キョウコさんの男は 覚えてなかったもんなー。そもそも 眠ってなかったし。

都市伝説の記事でも、誰も 覚えてなさそうだったのにさぁ」


「ジェイドと朋樹も、見たかな?」


オレらは、まだ何となく 朝日に眼を向けねぇまま

寝室を出た。


寝室のドアを開けると

カーテンが閉まった リビングのソファーに

朋樹の やさぐれた背中が見え、ルカと 頷き合う。

ジェイドは、向かいのソファーに 横向きのまま

全然 寝てるけどさ。


「朋樹」


声を掛けると、寝室のドアが 開いたことに

気付いていた 朋樹は

「おう... 早起きしたな... 」と、静かな声を出した。 何だろう? 居たたまれねぇよ...


オレは右、ルカは左 と

朋樹を挟むように座ったオレらに 眼は向けず

「飲めよ... 」と、ペットボトルの水を示す。


「オレ、バスで ヒスイと電話してたんだけど

そのまま 寝ちまってさ... 」


「わかるぜ... 」

「同じなんだ、オレら... 」


やさぐれていた 朋樹の横顔に、光明が差した

... 気がしたので、「“夢の女” だろ?」

「最後は ヒスイになったんじゃねぇか?」

“いいんだぜ”... という 先輩ヅラをしたオレらは

どこか みやびてすら いただろう。


「え... ? じゃあ、おまえらと 同時 に?」


「そう。有り得ねぇだろ?」

「夢だし。ただの」


水を取って、蓋を開ける オレとルカに

「... おまえら、最後」と

まだ 前を向いたまま、朋樹が聞く。


完了フィニってねぇよ。血の気引いてさ」

「オアズケ。罪だよな?」


朋樹は、ようやく安堵したようだ。

あれは夢で、オレだけ遊ばれた訳じゃなかったんだ... ってさ。


「... しかしさ、最後は 何なんだ?」

「あー、罪の意識の反映はんえーなんじゃねーのー?」

「いや、夢の女の影響下だせ? 故意だろ」


「何がしてぇんだ? 依頼の人と違うじゃねぇか。

オレ、憑かれねぇはずだしさ」

「憑かれるのとは違うんじゃね? 術とかさぁ」

「普段なら、人に話す夢でもねぇよな。

“リリ” って名前が出てこなきゃよ。

最後、自分の女に変わるのは 悪どいよな」


「... うるさくないか?」


ジェイドだ。

横になったまま、アッシュブロンドの髪の間から

ヘーゼルの眼で睨む。機嫌、悪ぃな...


「なぁ、おまえさぁ。リリの夢、見たぁ?」


ルカの質問に、ジェイドは

“は?” と、冷めた眼で返した。


「見る訳ないだろ。知らない女だし。

だいたい誰も、リリの姿は見てないじゃないか。

名前を呼び間違えさせるだけだ」


ソファーに起き上がって、テーブルのペットボトルを取ったが、二日酔いの頭痛がするのか

顔をしかめた。


「いや でも、オレら 揃って見てさ。

モルダバイトみたいな色の眼の女だ。黒髪」

「最後、そろそろ... ってとこで

いきなり、自分の女の姿になるんだけどな」


「それで見なかったのかもな。

僕は、女いないしね」


水を飲むジェイドを見ながら

昨日、駅前で ニナを見たことを思い出した。

ルカも “ああ... ” ってツラを、自分の膝に向ける。


「ん?... ま、そうかもな」


朋樹は、ニナ 見てねぇんだよな...

ミカエルとアイス屋に居た。


「夢の女 だとか、ネットでも騒いでるから

実在しない女の姿を どこかで想像までしたんだろ。黒髪って、長さは? ウェイブで長くなかったか? ついでに日本人じゃなかっただろ?

最中に名前を呼びたくなる程の いい女を想像して

朱緒が反映されてるんだ」


つまらない という風に、ジェイドが切り捨てる。

朱緒は、史月の奥さんだ。五山の狼。

胸を隠す ウェイブの黒髪。

高く上品な鼻筋。黒い眉と睫毛。

口角が上った整った くちびるからは、笑うと牙が覗くが、秋空のような碧眼の ロシア系美女だ。

長い腕や脚の形は もちろん

引き締まった モデル級の身体といい、

“いいよな 史月” となる 憧れの朱緒だ。

手が届かねぇのが、またいんだよな。


「いや、けどよ。揃って同じ夢見た って

術か何かだろ? 全員最後は ゴール無しだぜ?」


真面目な横顔の朋樹を見ていると

オレら、朝っぱらから 何 話してんだろうな

という気にも なってくる。

同じと想定される女の夢を、同じシチュエーションで見た。だから何だよ って話だよな。


朋樹の話を 鼻で笑ったジェイドは

「術者が男だっていう可能性もあるけど。

とにかく、僕は もう少し寝るからな。

静かにしろとは言わないけど、その実在もしない女の話を続けるなら、寝室は遠慮してくれ」と

水を飲み、まだ残っているので 蓋をする。


「実在 しない?」


右側から 女の声がした。

黒髪のウェイブに、モルダバイトの虹彩...

“リリ” だ

興奮か怯えか 何か分からねぇものが

腰から後頭部まで ザワザワと登り詰める。


ああ? という 眼を女に向けたジェイドは

オレらに 確認の視線を寄越したので

動けねぇ オレとルカの代わりに、朋樹が頷く。


黒くシンプルな ホールタードレスを着ているが

あの女だ。

ジェイドが座るソファーに 裸足の足を進める。


「いるわ。私は」


あの くちびるを動かし、声を浸透させた。

ジェイドを見ているのに、朝の夢のように

芯を蕩けさせられるような気がした。


「何なんだ?」と

眉をしかめる ジェイドの くちびるに

白い指で触れると、するりと膝に跨ぎ乗る。

しっとりとした 黒く長い髪の隙間の 白い背中。


ジェイドの顔が 見えねぇんだけど

これ、キスしてるんだよな?

女の手が 腹の前で動いていて、白い肘も動く。

カチャカチャという ベルトのバックルの音に

いつかの夏の海を彷彿とした。


っ... という、短い 呻きのような声がして

ジェイドが 顔を離す。

くちびるを拭った指を 女の顔の隣に出して見ている。 血の色... 噛まれ た?

女が ジェイドの耳に何かを囁いた。


ニヤ と、悪い時の ツラで笑ったジェイドは

女の腰に腕を回して支え、少し腰を浮かした。

女の黒いドレスのスカート越しにでも、ジェイドが ジーパンや下着をずらしたのが分かる。

女の うなじに手を伸ばしたジェイドが、指を弾くような動作をすると、首の後ろに回っていた ドレスの紐が外れた。


女の腰が下へ下がると、ジェイドは

うなじの手を黒髪に潜らせ 後頭部を掴み、

血のくちびるで くちづける。

固定された頭は動かないが、女の腰や背中は上下する。揺すられる黒髪と 白い背筋。

背中が 軽く仰け反ると、滑らかな肩甲骨が覗く。

なに 見てんだ、オレら。けど、動けねぇ...


一度くちびるを離した女が、ジェイドの肩越しに

ソファーの背もたれに乗せていた 白い両手で

ジェイドの頬を挟み、覆い被さるように くちづけた。

女の後頭部や うなじから 手を離したジェイドは、

黒髪と背中の間に手を滑らせ、黒いドレスの細い腰を 両手で掴んだ。


密着していた女と 自分の身体との間を開けて

下から両手で女の腰を少し浮かせるように支え、小刻みに動かさせる。当たりどころ調整か...

次第に 力が入らなくなった女は、くちびるを離すと、身体をくねらせた。

左手をジェイドの肩に載せ、右の手のひらを首の下に当てた。抵抗しているようにも見える。

逃してもらえてねぇけど...


「ここだろ?」


ジェイドの声で、軽く 我に返る。

ヤバい。何か ヤバかった。

朋樹やルカも どこかから戻ったようだが

今さら 立ち上がりづれぇ...

二人と眼を合わせることすら どうかと思う。


女の左手が 肩から胸に落ちると、ジェイドは

左手で 女の両手を掴んで拘束した。


「動けよ。おまえが始めたんだろ?」


ルカの頭が ソファーの背凭れに くらっと転ぶ。

小さな振動が 背中に響いた。降参だ。


しばらくソファーが軋み、女は もう動けそうにない。ジェイドは その様子に表情は緩めたが

「僕は、動くのは ごめんだ。二日酔いだし」と

背凭れに 背を預け、テーブルに当たりそうな位置まで 膝を出す。また両手で女の腰を掴むと、深く打ち付けさせ出した。多少 動かしてもやがるし

オレも降参し、右肘を膝に着けて 額を抱える。


「リリー」


... え?


背後から 眠気を誘う声がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る