13


「さっきのヤツ、これといって 気になるところも

無かったぜ」


依頼者が帰った後、ジェイドと四郎も呼び

店のカウンターと テーブルで話す。

ゾイが「少し温いかもしれないけど... 」と

コーヒーを配ってくれた。


「そうね... 私も視てみたけど」


二人が視たところ、男は 浮気などもなく

シイナの店のことも、野郎同士で

“行ってみねぇ?” となって調べてみたようだ。


けど、最中に キョウコさんを

リリと呼んでいることは確かだった。


「ただな、呼ぶ時だけ

キョウコさんとやってる感覚は ねぇんだよな。

... っていうか、キョウコさんのことは考えてない? いや 上手く言い表せねぇけど。

だからって、意識だけ リリとやってるのか とかも

分からねぇんだけどさ」


追体験すんのに、朋樹が分からねぇって

珍しいよな...


いや、ルカみたいに 考えてることや感情が

分かる訳じゃねぇんだけど

視た時は、さっきの男に成りきっている。

幻視であっても、そいつが見たものは 視えるし

その時に 顔をしかめた とか、笑った とかも分かる。


「術絡みじゃないのか?」


どっか ぼんやりと、ジェイドが言うと

朋樹は「そうかもな」と 答えているが

変身を解いた ロキが

「どんな風に呼んだ?」と聞く。


「どんな風にって... ま、そこそこ盛り上がってたんだろうな。入れ替わっ... 」


黙った朋樹の前で、四郎がスマホを触り出した。

“御気になさらず” だ。

ミカエルは、“ふーん” って感じだが

ゾイは「まだロールケーキがあるよ」と

キッチンへ入って行った。


「“キョウコ” とも 呼んだのか?」


朋樹は、“ん?” と 思い出すような顔になって

事もあろうか、沙耶ちゃんと 眼を合わせた。


「呼んだわ」


OH... ってツラで、ルカが肩を竦め

ジェイドに見られている。


「あれ? 呼んだっけ?」

「ええ... その、彼女の脚を... 」

「ああ、肩の時か」


オレ、こういうことあっても視られたくねぇな...

沙耶ちゃんや朋樹も 視たくねぇだろうけどさ。


「その時と、何か違いは?」


ゾイから、丸太ロールケーキを受け取りながら

ロキが また聞くと

「彼女の名を呼ぶ時より、うっとりとした声だったわ」と、沙耶ちゃんが 残念そうに言った。


「けど それはさ、進捗状況にもよるよな。

だんだん没頭してくんだしよ」


「そうね。他の名前で呼んだ方が 後だったわ。

彼女は、急激に醒めてしまったけれど... 」


とりあえず、ロールケーキ食うけどさ。


「まぁさぁ、桃の木護りが効くかもしんねーし

いいんじゃねーのー?

浮気してねーってことは、キョウコさんも分かっただろーしさぁ」


ミカエルが プリンも貰っている隣で

ルカが 適当に言うと、まだロールケーキに フォークを付けていない 四郎が、スマホを見ながら

「“夢の女、リリ”... 」と 言った。


「四郎?」と、ジェイドがビビっているが

テーブルの椅子を立って、カウンターに座る 四郎の後ろから スマホ画面を覗くと

海の宇宙人洞窟記事を見つけた、都市伝説サイトだった。ついでに 読み上げてみる。


「“友達から、相談を受けた。

『カレシが あの時に、違う女の名前で呼ぶ』って。『そんなの ひどい。別れた方がいい』と 勧めたけど、私の彼も、私を 違う名前で呼んだ”」


「は?」

「キョウコさんの男だけじゃねーのかよ?」


「“会社の後輩が、暗い顔をしていた。

飲みに誘い、話を聞くと『彼女と別れて... 』と

余計に暗くなった。

『後悔するくらいなら、何故 別れたんだ?』と

聞くと、しばらくは 理由を話さなかったが

『あれの時に、俺が 他の女の名前を呼んだ って言うんです。“リリ” って』と 答えた。

誓って、そんな覚えは無いそうだ。

その夜 帰宅すると、俺の嫁も実家に帰っていた。

『リリさんと お幸せに』と メモを残して”」


「これは、何なんだ?」


ナイフで キウイ入りロールケーキを切りながら

ロキが聞くが

「さぁ... 」「地味に恐怖だよな... 」

「実害出てるしさぁ」としか 答えられねぇ。


「やっぱり、女夢魔スクブスじゃないのか?」と

ジェイドが言うが、ミカエルが

「聞いた話だと、女夢魔スクブスは 単発らしいぜ?

男夢魔インクブスも アコみたいに次々行く。

時々 気に入って取り憑くと、対象が どんどん弱っていく」と、左手に乗せたエステルに 鉢の花びらを食わせながら、スプーンでプリンを掬う。


さっきの男は、キョウコさんを 二度もリリと呼んでいるが、弱っているようには見えなかった。


「泰河、朱里と寝てみろ。

先に リリの話をしておいて。

言ったかどうか、終わってから聞くんだ」


「いや、やめとく」


即答してやると、ロキは

「なら どうするんだ?

このまま夢の女に、総取りされるぞ」と

フォークで指してきたが

「でも 泰河はぇぜ。憑かれねぇからな」と

朋樹が言った。そうだった... ホッとしたぜ。


「とりあえず、情報集めだけしとくー?

さっきの記事のURL貼って

“こういうこと、周りである?” って。

オレ、メイちゃんに聞いてみるからさぁ」


シイナか。

シイナに聞けば、ニナに聞く必要は ねぇだろう。上手いこと 気を回したな。


オレも朱里に メッセージを入れて

朋樹は、以前 付き合いがあった 他の祓い屋に

連絡を入れてみている。


「そろそろ帰ろうか」


沙耶ちゃんが 少し疲れた様子だったことに

ジェイドが気付いて、片付けを始めた。

「ファシエル、後で迎えに行く」って

ミカエルは デートらしいけどさ。


「店にも また来るけど、キョウコさんたちから

連絡きたら、こっちに回して」と

沙耶ちゃんに頼んで、店を出た。




********




「次は、どこに行く?」


後部座席のテーブルに座り、グミを食いながら

ロキが言うが

「いや もう、開いてる店も少ねぇぜ。

平日だしよ」

「飲み食べするくらいしかないね。

四郎は、クラブや ショットバーに入れないし」と

機嫌を損ねさせた。


「申し訳無く... 」と 四郎が謝ると

「いや。お前が悪いんじゃない」と

助手席に グミを差し出す。


「どっちにしろ、深夜 俺が出る時には

一度 シェムハザの城に戻れよ。

キュベレに狙われてるだろ?」と

ミカエルも言う。


ルカや シェムハザもだが

死神ユダのピストルが使える ロキは、

キュベレに狙われている と 考えられる。

特に、ロキは 境界者だ。

死神ユダのように、キュベレに気に入られているし

実際にロキが ピストルを使うところを

キュベレと共にいる ソゾンが見ている。

オレは、いまいち狙われてねぇんだけどさ。


「じゃあ 四郎も入れて、酒もあるところだ」


「いや、あんまり夜遊びさせたくねぇんだよ。

まだ 16だからな」

「飲むなら、召喚部屋でいいんじゃねぇの?

その辺のバーより 酒は揃ってるぜ」


と いう訳で、召喚部屋に向かう。

駅前近くのマンションなので、一度 マンションの駐車場に バスを入れて、ツマミを買いに出た。


人間のオレらは

「今日 肉食ったし、まだ 腹重いよな」という

具合だが、巨人や天使や高校生は 違うようで

「あれ食いたい。サテ?」という 焼鳥や

「あの店は何だ?」と、ハンバーガーにポテト。

「車で売ってる」と たこ焼き。

フライドチキン、ドーナツ、ワッフル...


「もういいだろ... 」「めちゃくちゃだしさぁ」

「ツマミになってねぇしな」


けど ミカエルが「アイス食いたい」というので

アイス屋にも寄る。

荷物持ち班の オレとルカ、ジェイドも

アイスを選ぶと、カップに入れてもらう間は

外に出た。

ロキが 四郎を連れて、すぐ近くの コンビニに

またグミを買いに行く。

朋樹とミカエルが、店でアイス待ちだ。


「この時間、駅前でテイクアウト出来るやつ

ほとんど買ったよなー」

「酒に、たこ焼きやドーナツか... 」


道路と広場の向こう側、シェムハザの店の予定地を見た ジェイドが

「ワインを飲むなら、チーズが欲しいね。

コンビニに... 」と 声を止めた。


視線の先には、ニナが居る。


「あれ? 仕事じゃねーの?」と ルカも気付いて

オレらに言うが、ニナは 男と 一緒だ。


「客商売だし、平日 休みなのかもな... 」


自分で言っておいて何だが、他に何か 気が利いたこと言えねぇのかよ... と、そわそわする。

ルカに眼をやると、ルカは 瞼を閉じていた。


「チーズ、買って来るよ」


ドーナツとワッフルの袋を持って

ジェイドが コンビニへ向かう。


こっち側へ渡ろうとしていた ニナが

オレとルカに気付き、笑って 手を振る。

手を上げ返しただけで、ルカが アイス屋へ戻ったので、オレも倣う。ニナも 男と一緒だったので

そのまま通り過ぎた。




********




「だいぶ 飲んだよな... 」


あくびしながら 朋樹が言う。

召喚部屋のテーブルには、ワインの空瓶 六本に

ウォッカ 二本。四郎が飲んだ オレンジソーダと

グレープソーダのペットボトル。


ミカエルは、ゾイとデートに出て

ロキは 四郎を連れて、シェムハザの城へ行った。


「おまえ、そんなに飲んでなかったじゃねぇか」


食いまくり飲みまくるロキに付き合ったのは

ほとんど ミカエルとジェイド、オレだった。

いや、食う付き合いは そうしてねぇけどさ。

ルカは、前半 飛ばしてしまい

もう ベッドで寝ている。

ジェイドは ソファーだが、動かせそうにないので

放っておくか...


「おう、ヒスイと電話しようと思ってさ」


朋樹は、酔い覚ましに 散歩しながら

ヒスイと電話してくるようだ。

イタリアと日本の時差は 8時間。

今、深夜3時頃なので、イタリアは 夕方7時頃。

電話する時間も 合わせるのが大変だよな。


「帰りに 水 買って来るからよ」と

朋樹が外に出る。バスの鍵を持って行ったが

「電話出来るような場所が無かったら

バスで電話する」らしかった。


一日で いっぱいになったゴミ箱の口を縛り、

リビング奥の バーカウンターに

空瓶やペットボトル、グラスは運んだが

洗い物は 起きてからやることにして

もう 寝ることにする。

起きたら またロキが居そうな気もするしな。


「ジェイド」と、一応 声を掛けると

「... ん、起きたら行く」の後は、イタリア語になったので、やっぱり放っておいて 寝室に入る。


寝室では、左右の壁沿いに 二台ずつ並んだベッドの 右側奥に転がったルカが、うるさく 寝言を言っていた。


「... えっ? なに? ちょっとマジでぇ?」


こいつ、寝てんのかよ...


「ああーっ、待て待て待て! 待てって... 」


電気を点けて、近くまで行ってみたが

瞼は閉じてるし、眠っている時の顔だ。

うつ伏せになって、顔は横向き。

「あはは、いっかぁ。えっ? もうそんな?」と

喋りまくっているが、寝てるんだよな...

酔うと 普段に輪をかけて うるさかったが、

寝ても これか...


こいつも放っておこう と、電気を消し

オレは、ドア近くの左側のベッドに転ぶ。


「オレまだ なにも... おお?! あっ、ちょっ...

なんか すげぇんだけどー!」


うるせぇ...


「... な、代わらね? オレ上。ダメ?

うっそ、なぁんでぇ? じゃ、後ろは? 後ろ。

や、違う違う! オレ、起きねーとじゃん」


こいつ、何の夢 見てんだよ...

うるせぇのに、横になったまま くらっ とした。



... あれ? どこに居るんだ? ベッドしかねぇ。

で、オレ 裸で寝てるんだよな。

いつも そんなことねぇのに。


ベッドが軋む。女だ。

腰に届きそうな しっとりとした黒髪のウェイブ。

オレらより ちょっと若いくらいか?

いや、ちょっと上か? 掴めねぇな...

日本人じゃねぇけど、派手な顔つきじゃない。


なだらかなカーブの眉と 黒く長い睫毛。

モルダバイト... 深いグリーンのガラスのような

虹彩の眼。高過ぎず通っている鼻筋。

血色が良く、柔らかそうな くちびる。


女も 裸だった。

ベッドに座った女が オレの胸に手を置く。

眼に見惚れているうちに、くちびるが重なってきた。ぞくりと 背中から何かが駆け上がる。

くちびるのように、柔らかく しっとりとした感触に気付くと、手のひらが女の腰に触れていた。

これは、良くねぇんじゃねぇか? と 掠めはするが

女は もう上に居る。


胸に密着する 張りのある胸。

足の付け根に 柔らかく締まった腿が覆い被さり、

ぬるりと温かな中に 圧されながら泥濘ぬかっていく。

女が差し出した細く白い両手を 下から支えると

締まった白い腹の へその上の なめらかなライン。

柔らかな張りの胸の弧が 律動に合わせれる。

腰の重み。白い喉と 顎の下の白く薄い皮膚。


あのくちびるを知っている

それでも、モルダバイトの眼を見ると

征服し切れていないと分かる。

支えの手を離し、腰を掴んで 固定すると

下から突き上げる。

肩や胸に流れ 揺れる 黒いウェイブの髪。

続けている内に、全身まで包まれているような感覚に陥り、背をけ反らす女に 愛おしさが湧いた。

女が あのくちびるから 掠れた声を洩らす。

切なげな 甘い声で、胸の中に熱が拡がる。


『リリ... 』


名を呼ぶと、モルダバイトの眼を向けた女が

アッシュブラウンの髪の女に変わった。


ザッ と 血の気が引く。

腹の上に座った朱里は、いつもの声で

『泰河くん、ひどくない?』と 言った。

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