12


“私に光の印を”... 望むのは、獣じゃねぇのか?


「お前に 予言をしたのは

キュベレだ っていうのかよ?」


ああん? って ツラになったミカエルが言うと

皇帝は、指で触れていた 桜酒の小瓶を取って

まだ残っていた酒を グラスに注いだ。

手酌なんかするんだな...


「予言の言葉 全て とは、考えづらいが」


「誰か 一人の言葉じゃなく、複数ってことか?」


「声は しなかったからな。言葉が浮かんだ」


ミカエルと皇帝に挟まれている ロキが

“予言” って? という眼を、オレらに向けながら

グミを食い出す。緊張、緩みやがったな。

けど今は、クチ出せねぇよ。


「でも、キュベレは... 」


ミカエルが、言葉を止めると

ロキが「何だよ」と、クチ出しちまったが

桜酒のグラスに 口を付けた皇帝は

前を向いたまま「浅黄」と、グラスを渡し

「聖ルカ」と、また ルカを指名した。


「おっ... はい!」


「言葉とは?」


ロキ越しに聞かれて

「光、すか?」と ルカが答える。


よく ジェイドが読む、ヨハネでは

言葉は、“神と共に 初めにあったもの” だ。

そして、言葉によって 全てが創造つくられた。

言葉は神であり、言葉には 命があって

それが 人の光。


「泰河」

「はい!」


指されたが、まだ余裕はあった。

ルカの次で良かったぜ。


「キュベレは、どう造られた?」


話を振ってくれる ってことは、オレらには

そう怒ってねぇのかな?

まぁ オレら、皇帝 喚べねぇもんな。


「聖父が、自分から抜き出して... 」


「ふうん。言葉じゃないのか」と

ロキが グミを食う。オレとルカも

「あっ」「そうだよな」って 反応しちまった。

アダムのことも、聖父は 手ずから アダマで造ったが

鼻から気息を吹き込んで、霊... 命を与えた。


頷いた ミカエルは

「キュベレは、言葉を 知らないんだ」と 言った。


「え?」と、隣に居る ミカエルに聞き返すと

「父の “悪意” として 抜き出された。

言葉... 光が無い。

命が無いから、目覚めに魂を必要とする」と

説明してくれたが

「なら、予言とか 出来ねーんじゃねーの?」と

ルカが 眉をしかめて聞く。

そうだよな。

言葉を知らねぇのに、予言は出来ねぇよな。


「“深層から浮かんだ言葉” だ。

獣の何らかが影響し、キュベレが望んだことも

ヘブル語で浮かんだ ということではないのか?

何故なら、ヘブル語であれば

俺は、父の創造物... 地上を連想する」


“ヘブルびと アブラム”... 聖父とアダムも話した

地上の言葉なんだよな...


2世紀という、遠い昔に 話されなくなったのに

歴史を見る感覚でいえば、ごく最近

19世紀後半に復活した言語だ。

言葉が神なら、聖子の再降臨 とも取れるよな...

終末に差し掛かってるのか... ?


ぼんやり考えていると

「じゃあ、“光の印のために、キュベレが地上に降りる” っていう予言だった ってことかよ?」と

ミカエルが 突っ掛かるように聞く。


「いやでも、その前にさぁ

“火をつけ 根絶する” って、あったよな?」


ルカも口を挟むと、ロキまで

「キュベレって、キュベレーと 名前が似てるな。

似てるっていうか、ほぼ 一緒だ」と

グミの合間に言った。


「トルコとか、いろんな場所で崇拝されてた

地母神。死と再生とか、繁殖や豊穣の女神」


この キュベレーは、土地によって名前は違うが

広く崇拝されていて、他の女神とも混交した。

ギリシアでは、大地ガイアの子 “レア”... ゼウスも産んだ

オリュンポス神の母神とも 同一視されたが、

ゼウスの 零れた精から誕生した 両性具有の神

“アグディスティス” の 神話もある。


凶暴だったアグディスティスは、両性具有なので

ひとりで繁殖出来たようだ。

アグディスティスのような神があふれたら... と

恐れた神々は、策略により アグディスティスの男根を切除し、アグディスティスは 女神キュベレーとなった。


アグディスティスから 落ちた男根は

アーモンドの木となった。

そこに通り掛かった 河の神の娘ナナの 胎内に実が入り、ナナは “アッティス” という男の子を産む。

キュベレーは、かつての自分の 一部の生まれ変わり アッティスに恋をするが、アッティスは

時の王 ペッシヌスの娘と婚姻することになる。


だが、その結婚式の時に キュベレーが現れ

突如 錯乱したアッティスは、自ら去勢し 果てる。

キュベレーは、自分の行いを悔いて

アッティスを 不滅のものに変えた... 不朽体のように腐らず、髪が伸び続けた。

または、松の木に変えた という話。


この キュベレーの祭儀では、なんと信徒たちが

アッティスのように、自分で去勢して

それをキュベレーに捧げる。

その後は 化粧をし、女性の格好をして生きるようだが、何とも 縮み上がるよな...


「そう。元々同一の神だからな。

キュベレから 派生した」


「キュベレが... って

ずっと眠らされてたんじゃねぇの?」


ミカエルに聞くと、聖父が 光と闇を分け

キュベレを抜き出した時、すぐに眠らせた訳では

なかったようだ。


「父は、抜き出したものに キュベレと名付けた。

キュベレが 女の姿をしているのは、

父が 男の姿をしているだからだ。

父が もし、“母” だったら

キュベレは 男の姿をしていただろうけど... 」


言葉により創造するの聖父の気息により

他神のもとも 発生し始め

天体神や、自然神や鳥獣神、人のかたちの神々に

それぞれの能力が 固定されていく。

聖父が手ずから直接に造った 人々の崇拝によって

力をつけ、偶像により身体が出来る。


抜き出した悪意に、“キュベレ” と 名付けたことで

地を司る女神たちの幾らかに、キュベレの性質が

混交した。


「ルシファー... 」


ジェイドだ。


ミカエルやオレらも 皇帝と話してるし

ロキも グミ食い出しているのを見て、

皇帝の機嫌が直ってきた と、判断したのか

ジェイドが派遣されたようだ。


けど 皇帝は、ジェイドを見ると

ムスっとした顔になり、ころっと反転して

背中を向けちまった。まだダメっぽいな...


気配に ロキが振り返り、向こう向きになって

浅黄から グラスを受け取っている皇帝を見て、

ジェイドに向き直ると 肩を竦める。

黒いウェイブの髪が、肩で 前後に分かれていて

髪の間に覗く 白い肌の色から、焦って眼を逸らした。


「何か... 」


背中を向けたまま発っせられた 皇帝の声に

縁側を立とうと 腰を浮かせたロキが固まる。


「足らんと 思わんか?」


何か って、何だ? 


ルカや ミカエルと眼が合うが、どっちも似たようなツラだ。

ジェイドは 皇帝の対応に

多少 ショックを受けた顔してるけどさ。


「何がだよ?」と、ミカエルが聞くと

皇帝は「分かったら来い」と 答えて

また 浅黄にグラスを渡した。




********




人里は夜だ。四郎の腹も鳴ったので

沙耶ちゃんの店に戻る前に、飯を済ませた。

ロキに『何か、食いたいものある?』と 聞き

『肉』と 返って来たので、焼肉食って

沙耶ちゃんの店へ戻るところだ。


『お前、いつまで そうしてるんだよ?』と 聞いた

ミカエルにも、背中を向けた皇帝は答えなかったので、ロキが『ルシファー、お近づきの印に... 』と、まだ開けていないグミを 縁側に置いた。


『俺は、動く訳に いかん』と言う ボティスが

里に残り、シェムハザは 一度 城に戻った。... が、

ロキは居る。

「シギュンに 渡しといてくれ」って

シェムハザに グミ持たせてたけどさ。


「おまえ、シギュンは いいのかよ?」と

ルカが聞くと

「シギュンは、俺が留守にすることに慣れてる。

城には、アリエルたちや子供たちも、ウサギも

ビューレイストもいるしな」と

だからって良くねぇだろ という返事だったが

邪険にすると、何か しでかす恐れもあるので

そこそこ させたいようにさせておく。


「結局、来た奴等で 戻ることになったな。

ボティスが居ると、いろいろ面白いのに」


帰りは、バスの中で女子になって コンビニで降り

『グミよ』と、当然 三袋買った ロキが言うと

「仕方ないだろ?

ルシフェルを 一人には出来ないからな。

あいつ、浅黄とは遊んだみたいだけど」と

ミカエルが 拗ねた顔で返している。


前の座席では、助手席の四郎が

運転するジェイドを 窺うように見ていた。

ニナの事もあったし、皇帝は 初めて背中向けたし

いろいろ複雑... というか、ツラいし 寂しいよな。

何も言えねぇんだけどさ。


沙耶ちゃんの店の前の駐車場にバスを停め

ぞろぞろ降りていると、店から ゾイが出て来た。

頭には エステルだ。


「ファシエル」と 笑顔のミカエルに

「おかえりなさい... 」と、男子で はにかみ

「今、スドウさんが 恋人も連れて いらっしゃったんですけど、あまり 大人数だと... 」と 言い渋り

気を回せる 四郎が

「おお、警戒されそうですね」と 気付いた。

依頼者たちは来たばかりで、今からドリンクを

出すようだ。


「俺が聞いて来る」


露に変身したロキが、店のドアの前へ駆け寄り

ゾイが開けるのを待つ。

「俺、キッチンに居る。ファシエル、行こう」と

ミカエルも 店に向かった。

「後で、コーヒー持って来るね」と

もちろん ゾイも戻る。

オレらは、バスで待つしかねぇな...


後部座席に四人で乗り、車内ライトを点け

「今回の依頼って、どうすんのかなぁ?

霊視しか 無理くね?

その場で状態見る とか出来ねーしさぁ」とか

「依頼者の彼の方を視れば、何か分かるんじゃないか?」

「男の方を祓うことになるだろうな。

後は、桃の木護りか メダイ渡して様子見るか

ミカエルの加護だろ」って 話をする。


四郎は、スマホで誰かと メッセージのやり取りを

しているが、気が緩んでいるのか

ほんのり優しげな顔をしていた。

相手、リョウジじゃねぇのかな... ?


「さっき、皇帝がさぁ

“何か足りない” って 言ってたよな?

“分かったら来い” って」


ルカが言うと、スマホから顔を上げた 四郎が

「そうです。私も、こちらに戻ってからというもの、何かしら違和感を感じておるのですが... 」と

首を傾げる。


足りねぇもの なぁ...

オレらにも言ったように見えたけど

見当 着かねぇんだよな...

ジェイドも「さぁね」だが、つまらなそうに見える。何故か、昨日の 夕方の教会が過ぎった。


店から ゾイが出て来たが、手にコーヒーは無く

バスの窓を開けると

「朋樹が、ルカと泰河と呼んで って言ってる。

朋樹が視ても、何も憑いてないように見えるみたいだから。ミカエルも 目眩めくらましして視てみたし

私も視てみたんだけど... 」と言う。


「マジで?」

「それだけで視て、何も視えねぇんなら

憑いてねぇんじゃねぇか?」と 答えながらも

仕事だ。一応 見に行くことにする。


店に入ると、コーヒーの匂いがした。

ゾイが 淹れてはくれているようだ。


依頼者は、奥のテーブルの壁沿いの席。

夕方も来ていたキョウコさんと 男が並び、

向かいに 沙耶ちゃんと朋樹。

朋樹の膝の上に、露ロキ。

テーブルには、コーヒーのカップが四つ。


「こんばんは、はじめまして。

雨宮と同じ仕事をしている 氷咲と申します。

こちらは 梶谷です」


ルカ、挨拶は普通に出来るんだよな。

こういう仕事でも、胡散臭く見えねぇしさ。


「雨宮の方から 聞かれていると思いますが

何かが取り憑くなどしていないか、拝見させていただきますね。背中も見させていただくので

こちらに立っていただいて良いですか?」


「はぁ... 」と、半信半疑な返事を返した男は

オレらくらいの歳で黒髪。

黒のティーシャツにジーパン。黒のスニーカー。

雰囲気は、遊んでいる風でも 大人し目でもなく

ごく普通。


「料金なんかは、別にかかるんですか?」と

気にしていたので

「いえ、相談無料です。

何人で拝見しても、こちらが対処出来ないようであれば、一切 料金は かかりません。

対処し解決したら、すべて込みで 二万円です」と

説明し、ルカが背中に回ってみている間に

左眼を塞いで、オレも見てみる。


... 何も ねぇけどなぁ。

ルカも、ふうむ... と 眉をしかめて

「失礼ですが、シャツを上げて

胸や背中を見せていただくことは出来ますか?」と 印を探し、首を横に振った。


「見たところ、何かに憑かれているなどは

していないようですが... 」


ルカが言うと、男は立ったまま

「それなら、キョウ... 彼女の聞き間違いか

僕が 自分で何を言ったか分かっていない ということですか?

でも僕は、リリという名前の女性は知らないです」と、小さな憤りを見せて言った。


「ですが、スドウさんや あなたを視させていただいたところ、あなたは “リリ” と呼んでいらっしゃいます」


朋樹が口を挟むと

「いや、だいたい “霊視” って... 」と 鼻で笑ったので

「今日、あなたがスマホで検索したのは

“幻聴” と “霊能者”。あとは、この店の店名と

関連性は無いと思われますが、“Dominatrix”。

片仮名で検索されましたね?」と 返した。


ドミナトリックスって、シイナのボンデージバーじゃねぇか...

まぁ ツレとの話題になったりすれば、どんな店か

調べてみるかもしれんが、キョウコさんと話した訳じゃなさそうだ。

キョウコさんは、“何それ?” という顔で

立ったままの男を見上げているが

男は、朋樹の霊視の正確さにもビビり

この場で “スマホ出してみろ” と 迫られるのも避けたいようで、黙り込んだ。


「取り憑かれて 起こす行動や言動は、ご本人が

覚えていらっしゃらないことが多いですが

まずは、病院等への ご相談をお勧めします」


何も無かったかのように、朋樹が続ける。


「ただ、もうひとつ。

こうして視ても、何も憑いていないと思われる時は、“その時だけ憑依する” という可能性もあるということです。

気休めですが、御守を お渡ししておきましょう」


桃の木護りは、ゾイが持って来た。

朋樹は、車に乗せっぱなしだったようだが

式鬼札以外に関しては、割とよくある。


「では、お代は結構です。

出来ましたら、いつでも構いませんので

結果報告だけお願いします」と 朋樹が締めて

店のドアまで 二人を送った。

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