昼寝もして だらだら過ごし

夜になると、四郎とリョウジも連れて

朱里が コントラバス奏者を務めるジャズバーに

飯 食いに行く。


『やだぁ!みんなで来てくれて嬉しいんだけどぉ』と 喜んでもらい、四郎とリョウジが

店の雰囲気に 緊張するのを見る。

オレらも まだ慣れられねぇけどさ。

ステージが終わり、朱里の仕事も終わると

オレは そのまま 朱里の部屋へ泊まりに行った。


『バリ島で もらった木が、少し大きくなったよー』と言うので、ベランダへ出てみると

『えっ... ?』と、一瞬 止まる程 成長していた。


『鉢が狭そうだったから、アコちゃんに相談して

土を持って来てもらってね、一緒に植え替えてもらったんだけど... 』


鉢は、両手で抱えられるか? くらいの大きさだ。

木の背は オレくらい。

もうすぐ、ベランダの天井に着く。

シルバーの枝に、紺の葉と水色の花。

外から見たら、造木に見えるんだろうな...


これは何か ヤバいんじゃないか? って気がするので、スマホで写真撮って、朋樹たちに送る。

『すごいよね、何の木なんだろうね?』と

朱里は笑ってるけどさ。


『あ、露ちゃん。おかえりー』


ベランダに、ニつ尾を立てた露が登って来たので

部屋へ戻った。




********




朱里の出勤時間になると、ゾイが迎えに来た。

沙耶ちゃんの店は、もうすぐ夕方の営業開始時間だ。露は、オレらに『にゃー』と 言うと

するりと 玄関ドアから出て行った。


『泰河、おかえり』


『おう。久しぶりだな。

ミカエルは 今、天に戻ってるぜ』


『うん... さっき戻って来てたよ。

子供たちの様子を見に、もう一度 エデンに昇ったけど... 』


おう? 照れてんな...

朱里と三人で 駐車場に向かいながら、話を聞くと

天から戻った ミカエルは、沙耶ちゃんの店に寄って、ゾイが作った エッグタルトを食ったようだ。


『私も、お店が忙しい時間だけ お店に出て

昨日 こっちへ戻ったんだけど... 』


ゾイは、シェムハザやロキが 城に戻るまで

シギュンや アリエルたちの護衛のために

シェムハザの城に居た。


『うん、あたしと沙耶ちゃんが

お互いの部屋に 泊まりっこしてたぁ』


朱里は笑顔だ。楽しかったみたいだな。


『シギュンは、葵や菜々と遊ぶのが楽しそうで

お城に来る 他の子供たちとも仲良くなったよ。

アリエルも葉月も、お姉さんが出来たみたい って

喜んでたし... 』


シギュンも ずっと笑顔だったらしく

城は平和で、和やかだった。安心したぜ。

シェムハザが 半魂 取られかけたことは

言わねぇ方が いいだろうな...


朱里を店に送ると、オレも 教会まで送ってもらい

ジェイドん家のドアを開けると

『おう、泰河』『おかーりー』

朋樹とルカが、エアコンがきいた リビングで

相変わらずダラけていた。


『おう... 』


肘掛けから脚出して 寝そべっていた朋樹を退かして、ソファーに座ると

『奈落の木、ヤバいな』と、珍しく

頭の後ろの髪を はねさせて起き、隣に座り直す。


『けどさぁ、ぐんぐん成長したって

限界は あるんじゃねーのー?』


ルカは まだ転がっている。


『まぁ、何十メートルとかの大木に ならなきゃ

いいけどな。四郎とジェイドは?』と 聞くと

久々に教会に出ているらしかった。

オレ、教会 素通りして、まっすぐ家に来ちまったもんな...


『で、おまえら 何もしてねぇの?』


『うわっ、掃除とかしてたしぃ。教会までさぁ』

『置いていった洗濯もなー。コーヒー 淹れろよ』


そうか。サボってたのは、オレだったようだ。

コーヒーを淹れにキッチンに立つ。


『沙耶ちゃんにも連絡したけど、仕事 ねぇぜ』

『おう。ゾイに送ってもらってさ

シギュンは、城に馴染んだみたいだぜ』


オレと朋樹のコーヒーは、サイフォンで淹れるとして、ルカのは 直火のやつで淹れる。

“濃いめ のー” って、うるせぇから。


『しかし、キュベレ... 』


朋樹が、話を持ち出した。

いや 話さねぇと... ってことは 分かってるんだけど

オレは、虫の話をした時の ベルゼの顔を

思い出しちまうんだよな...


反物質... って、説明 聞いても

いまいち よく分からねぇんだけど

獣は、それと出会っても 対消滅しなかったもの

なんじゃないか?... っていうのが

今のところの予想。


獣が生まれた時... これは、“獣と 反獣で” という

ことだけど、出会って 消滅しなかったんだったら

その時に、聖父の認識の枠外に出た のか、

元々、“対消滅しない性質のもの” として発生したか... だろうと、勝手に考える。

最初から枠外。聖父の創造物じゃない。


けど もし、これを言ったら

“そんなものは存在しない” とか

“あったとしても、ここに在るのがおかしい” とかって 話になるだろう。

違い過ぎるものは、互いに認識出来ない と

考えられるからだ。


同じ場所に 重なって存在している何かが居ても

オレらは、そいつらを認識出来ないし

そいつらも オレらを認識出来ない。

いや、相手の方は認識してるかもしれねぇけど

干渉は出来ない。


時々 起こる、どうしても解明出来ないことの

幾つかは、これなんじゃないか と 思うんだよな。

バカでかい物が消失した とか

室内での集団神隠し とかさ。

まぁ、集団とも限らねぇけど

“忽然と消えてしまった” とかの 幾らかは

違う場所に入り込んじまったんじゃねぇか?... と

いう推測。


そっち側の創造主が、聖父じゃなかったら

いろいろな法則にも違いが出てくる。

“光あれ”... と、光と闇に分かれたところが

分かれねぇ のかもだしさ。

混沌から 何も分かれずに生まれるか

または、“分かれたものが ひとつに戻ってから” の

次の世界だ。獣みたいなやつばかりの世界。


聖父が創造した この世界では

黙示録の 最後の審判を経て、天が 地に降りてきても、光と闇は 分かれたままだ。

ひとつには戻らない。

もし戻れば、最初の混沌だ。世界ごと失う。

それから また分かれて、創造が なされても

それはもう、この世界ではない 新しい世界だ。


『泰河ぁ』

『コーヒー!』


『お? おう!』


妄想が過ぎたな。サイフォンも 直火のやつも

ボコボコ言ってたぜ。


コーヒーを カップに移して

立ち昇る湯気を見ながら

“氷を、驚異の対となる反物質に 変換する” と

言った時の ベルゼの顔を、また思い出す。


進化した虫の説明を聞いた時

直感で ダメだ と思った。


多分、ヴィーグリーズという 場所の影響もあっただろうし、灼熱ムスッペルスヘイム極寒ニヴルヘイムの空気の中だった という影響もあるだろう。


進化したのも、トールを包んだ 十字架... 極寒ニヴルヘイム

氷の中にあった ベルゼの虫... 他界の虫だ。

地上の虫じゃない。


けど、“獣の影響を受けて” と ベルゼは言った。

灼熱ムスッペルスヘイムの熱風の代わりに、獣の焔が 虫の情報を変えちまった。


召喚屋の仕事で、パイモンを召喚した時に

パイモンは、榊や朋樹の手を取って

術火や式鬼火を みていて、オレには

“熱を感じるほのおじゃない” と言った。


“焼き尽くすのではなく、無に帰すことに利用しているな? だが、変成 も感じる”...


この時は、“無に帰す” ってことや “変成” を

あんまり よく考えてなかったんだよな。

解ってもなかったし、アンバーがまゆに包まれたりしたしさ。


あの虫は、在っては ならないものだった。

だから “無くなれ” と思って消した。


ベルゼが、“仕方ない” と あっさり引いたのは

“獣が居れば、また作れる” と 考えたからだろう。


右手に 二つ、左手に 一つ、カップの取手部分を

指に掛けて運んで、一つの方を ルカに差し出す。

やっと ソファーから身体を起こして、カップを受け取って 一口飲むと『まず』と 言いやがった。


『おまえさ...

いや、ボコボコやっちまったけどさ... 』


隣で、一口 飲んだ朋樹も

『うわ、まずいな これ!』って 言いやがる。

『ああ?』って オレも飲んで分かった。

コーヒーの粉が 酸化しちまってる。


『あー... ずっと、シェミー お取り寄せか

アコか ゾイの差し入れだったもんなぁ... 』


『缶に入れてたのにな。買いに行くか?』


『おまえら、朝は コーヒー飲んでねぇの?』って

聞いたら、アコが来てくれたらしかった。


『アコも、ずっと こっちで 六山を見回って

軍のヤツらと、蛇人ナーガ退治しててくれててな』


『シイナとニナもだけど、一日に 一回は

沙耶さんや 朱里ちゃんの様子も みてくれててさぁ。リンやヒスイもだけどー』


で、今は ボティスのところ... 三の山へ行ったり

シェムハザの城へ

“シギュンとロキ、ビューレイストの服や靴を

買いに行って来る” と、楽しそうに出掛けている。

相変わらず 活躍してるよな。


『ふうん... 』


ニナか...  と、思ったけど

何 言えばいいかは 分からねぇし。

まだ バリに居た時に、ビデオ通話で話して

何か 引っ掛かったんだよな。

何がなのかは 分からねぇけど。


『まぁさ、“帰って来たぜ” って

連絡くらいは 入れといた方が いいかもしれねぇよな』と言う 朋樹に

『じゃ、朋樹が入れといてくれよー。

メイちゃん辺りにさぁ』と、ルカも

なんとなく ニナを避けている気がする。


『ジェイドに入れさせれば いいんじゃねぇの?

ニナによ』


黙っちまった オレとルカに

『え? 何だよ?』と、軽くビビった朋樹が

うっかり酸化コーヒーを飲み、やられて眼を閉じた。朋樹は 仕事の話してて、ニナと話してねぇんだよな...


リビングのドアが開いて『おっ... 』と なったが

『泰河』と 顔を見せたのは、四郎だった。


『戻られたのですね』と 笑顔の四郎に

オレが『おう』と 返事する間に

『朗読会は?』『ジェイドはー?』と

二人が聞く。


『朗読会は終了致しましたが、まだ教会は

開放しておる時間です。

今日は、本山さんに 休みを取ってもらっておりますので... 』


洗面台で 手を洗って戻った四郎は、キッチンの

冷蔵庫を開けたが

『そうです、何も御座いませんでした... 』と

戻って来て、ルカのソファーへ行くが

座ろうか どうしようか... という雰囲気だ。


『なんだよー、座れよ 四郎ぉ』


『はい、いえ

教会に 姉様方が いらっしゃいまして... 』


おぉ? ルカと眼が合う。


『シイナとニナ?』


『はい。アコに、“戻って来たぞ” と

聞かれたようで ありまして...

現在、信徒の方々は帰られて 居られないのですが

別の女性も... いえ、この方も 教区の信徒で いらっしゃるのですが、今しがた 参られまして... 』


うん?


『ジェイドと、シイナ ニナと、信徒の女の人?』


『はい、そうです。しかし... 』


『四郎、なんか困ってんな』

『どうした?』


オレと朋樹が言ったあとに、ルカが 閃いた顔で

『ジェイドに イカれてる信徒?』と 聞くと

四郎は、“そうです”って 眼になって頷いた。


『何だとー?』

『いや、多いよな。

朗読会も、ジェイドが居るって 前もって分かってる時は、出席者も女の人が ほとんどだしよ。

本山さんが言ってたけど、“相談” も

ほぼ クドきに かかってくるらしいしな』


『えー、本山さんが居てもー?』

『お構い無し だってよ』


それでいいのかよ...


『あの、兎に角... 』


ニナの前 だもんな。

オレらも、教会へ行ってみることにした。

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