信徒の女の人がいる、という 手前

四郎は、教会の裏の通用口から戻ったが

オレらは、教会の正面から入る。


『あっ、朋ちゃんたち』

『おかえりぃ』


『おう』


十把じっぱ 一絡ひとからげ な扱いに慣れている オレとルカも

『よう』『おまえら、仕事じゃねーのー?』と

挨拶して、近くの長椅子に収まる。

この言葉、いつか使ってみてぇんだよな。

四郎が読んでる本に書いてあった。

二行 読んで閉じたけど。漢字 多かったから。


シイナとニナが居るのは、教会の通路を挟んだ

右の後ろの方だ。


朗読台の近くに ジェイド。

左側の長椅子、最前列の隣に信徒の女の人。

オレらと 同じ歳くらいか、ちょっと上か... ?

袖があって、膝下丈の 水色のワンピース。

かかとが低い 青のサンダル。

ちゃんとした格好して来ました という雰囲気。

長いブラウンの髪は、斜め左下に 緩く纏めている。


女の人は、オレらが入って来た時に

一度 振り向いたが、また ジェイドに向き直り

『ずっと いらっしゃらなかったので... 』と

他人のオレらでも、普段 そんなじゃないだろ と

判断を下すような

“甘くいきたいけど 節度も保ってます” という声で

話している。

朗読台の向こうに立つ 四郎には、一度会釈したが

明らかに “邪魔” という 空気を放っていた。


『うん、仕事なんだけど

ちゃんと お礼言いたくて』


シイナと ニナは、長椅子に並んで座っているので

どうしたって ジェイドが眼に入る。


二人の前の長椅子に、通路側から 横向きに座った

朋樹が、困っている四郎を手招きした。


オレとルカは、通路を挟み

左側の長椅子に 前後に並んで座り

シイナたちの方に向く。

右側の長椅子と 壁の間を通って来た四郎は

朋樹の隣に落ち着き、無理な態勢で シイナたちに向いている。


『さっきも、ちょっと言いづらかったんですけど... 』


女の人の声だ。ニナたちが居たからか?

丁寧口調で 言うよな。


『彼のことで、相談に乗っていただきたくて... 』


普通、そんな相談するのか?

暴力振るわれるとか、事件性がある... とかなら

分かるけど、少しも深刻な雰囲気は ねぇし。


オレらは オレらで、シイナ ニナと話す。


『いや、オレらは 別に何もしてないしさ』

『そう。知らない内に解決してたみてーだけど

良かったじゃん、変なことにならなくてさぁ』


『ありがと。バリ、楽しかったから

お礼言いに と、おかえり 言いに来たってところが

大きいんだけとね』


ニナ、全然 普通に見えるんだよな...

シイナは、やけに黙ってるしさ。


『どうぞ、お掛け下さい。

すぐに戻りますので』


ジェイドは、穏やかな笑顔だ。神父時の顔。

長椅子の前には、最前列にだけ長テーブルがあって、椅子の背もたれに 後ろの席用のテーブルが付いている。


前 後ろで座っても、距離は出るが

女の人は、左側の最前列に座る。

ジェイドは、裏から折りたたみ椅子を取って来て

テーブルを挟んで座った。


『それで、どのような ご相談でしょう?』


『あの... プライベートな事なので... 』


オレらが邪魔 つってるな。

ジェイドは、オレらには 眼を向けず

『神の家の扉は、どなたにも開かれています。

彼等も 救いを求めて ここに居るのです』と

慈悲深く微笑んだ。

どうにか 二人になろうとしても ムダだろう。

相手にも伝わっている。


『あ... 私たち、出ておいた方がいい?

神父さん、お仕事中だよね?』


余計な事を ニナが言い

朋樹が 微かに眉をしかめる。シイナが

『あんた、見て分かんないの?

迫られて困ってるじゃない』と サックリ言った。

けど、小声だ。

あの女の人には 聞こえてねぇだろうし

イヤミを言った訳でもなさそうだ。

ニナも ただ、“自分たちが居ると 相談しづらいかな?” と 気にして言っただけ... って風だった。


『夜の事 なんですけど... 』


女の人は、声を潜めて言っているが

ジェイドとの距離が距離なので、オレらにも聞こえる。

四郎は、聞こえなかったフリして

『何か、飲み物など 如何でしょう?』と

小声で 言ってみている。


『うん、まだ暑いよね。

買いに行って来るから、ルカちゃんか 泰ちゃんか

ついて来てよ』


長椅子を立った シイナに

『おう』『いいぜ、奢れよなー』と 返して

オレらも 椅子を立った。


教会を出て、少し離れると

『何、あの女。教会で キモチ悪い。

どこででも気持ち悪いけど』と

本性を出す。まぁ、オレも抵抗あったけど。


『あんなの セクハラじゃない。

神父さんに 何とか、自分を女だって意識させようとしてるんでしょ?』


『まー、そーなんじゃねーのー?

けど ジェイドも、そういうのは慣れてるぜ。

ずっと あの調子で、相手が折られて 諦めるか

半分 怒って帰るか だし』


すぐに 近くの自動販売機に着いて

ジーパンに入っていた小銭を入れる。


『シイナ、どれ?』と 聞くと

『あれ? 奢れって言ってなかった?』と

財布を開こうとしていたので

『ルカとか、いちいち間に受けるなよ』と

注意しておいた。


ルカは、しょうもないことを言うのが好きなだけ なんだよな。

何も無かったかのように流してやると 落ち着く... という 地味なマゾヒストだと オレは踏んでいる。言わせて 放っときゃあいい。

どうにもガマンならん時は、肩 固めるけどな。


『じゃあ、これ』と、シイナが選んだのは

茶色い瓶入りの 昔からあるような ビタミン配合ドリンクだった。黄色い炭酸のやつ。

『おまえ、どっか おっさん入ってね?』と

ルカも疑う。美味いし 偏見だけどさ。

オレらは、いつも通りにコーヒー。

当たり前だけど、さっきの酸化コーヒーより

全然 美味かった。


『神父さんは慣れてるとしても、問題は

ニナなんだけど』


茶色い瓶を 一気飲みした シイナは

『やっぱり私も、コーヒーも欲しい』って

言うから、また 小銭を入れて押させる。


『あれさぁ、どーいうコト?

ジゴロの呪詛 抜いた影響?

もう、ジェイドは スキじゃねーのかよ?』


ルカが言うと、シイナは 自販の排出口から

コーヒーを取り出して

『そう 見えるよね、やっぱり。

でも、それだけじゃなくて

何か ヘンなんだよね』と、アルミ蓋を開けた。


『ヘン?』


『うん。お店さ、女の子 多いじゃない?

控室での話なんか、やっぱり “カレシがぁ... ” とか多くて。ニナは、割と 相談されるんだよね。

身体性別、元男だし。

“こういう時、オトコって何 考えてるの?”って。

中身は女だったんだから、おカド違いなんだけど』


だろうな。ニナも “分からん” ってなるよな。


『でね、最近 店の子に

“私が仕事してる間に、浮気されちゃって”... って

相談されてて。

ほら、店は夜だし。帰るのは深夜だから

そういうの、多いんだけど

ニナは そういう時、“寂しかっただけだよ” とか

言ってたわけ。以前ならね。

つまり、“あなたが居ない寂しさを紛らわせた”って感じ。それ、相手にも失礼だし、ズルいけど

まだ 許せる... というか、自分を誤魔化せる気はするよね。“私が居なかったから” って』


『へぇ... おまえ 意外と解るんだな、そういうの』

『な。ダンジョの機微キビ みたいのな』


『解らなきゃ 落とせないよね』


『うわぁ... かわいくねー... 』

『そうか、女王サマだったな... 』


『うるさいんだけど』と 笑ったシイナは

『でも、ニナは

“そっちが良くなっちゃったのかな?” って

真面目に言ってたんだよね』と

コーヒーを飲んだ。 えぇ... ?


『浮気じゃない って、言いてぇの?』

フタもねーよな... 』


いや、ルカは “隠す気なし” みてぇに言ってるけど

本当に、単なる浮気の場合も あるんじゃねぇか?

その場合、好きなのは 全然 彼女なんだよな。

バレたら 土下座でも何でもして 謝り倒すしさ。


『それさぁ、浮気相手じゃなくて

もうひとりのカノジョ だったってコト?』


ああ... そっちか...

“オレ、彼女いないよ” って 騙されてたんなら

向こうの方が 好きなだ。


『そんなことは、別に良くない?』


シイナが、バチっと切った。


『あっ、そっかぁ。

ニナの返し が 問題なんだよなぁ』

『オレら、すぐ迷って そのまま進むからさ... 』


『うん。迷い道から戻って来てもらうけど

ニナは、本当に分からないみたいだった』


相談してきた 傷付いてる子の前で

うっかり、本心の疑問を洩らしちまったのか。

その子の傷を深めようとしている訳でもなく...


『ヤバいかもな』

『うーん... 何かが欠落した感じは するよな。

そんなこと、オレでも 言わねーしさぁ』


そうか、なら 相当ヤバいな。

面倒くさくなるから、言わねぇけどさ。


『相談してきたコは?』と、ルカが聞くと

『その時に絶句して、仕事 早退して

まだ休んでる。昨日で三日』らしい。


『ニナは、“すごく体調悪いのかな?” って

心配してた』


ええー...


『うーん... ニナは、そーいう 分からないコじゃなかったもんなぁ。

オレら、一応 お祓いみてーなこと出来るんだけど

ニナから祓うものは、もう無いと思うんだよなぁ』


『じゃあ、ニナはもう あのままってこと?』


長い ニセ睫毛を臥せて、シイナが言う。

睫毛無かったら、少年 って雰囲気の顔なんだろうな。女っ気が薄い。


『もしかしたら、呪詛抜きの “一時的な” 影響ってだけで、時間が経てば 戻るかもしれねーんだよ』


ルカが言ってて、そうだった... と、オレも

『そう。どっかマヒしてる状態かもしれねぇから

“癒やしてもらう” とかが 有効かもな。

ミカエルとか ゾイが出来る。四郎も 多少は... 』と

話してみると

『あっ、もうひとつ あったんだった!』と

偽睫毛の眼を 見開いた。


『シロちゃん!

ニナが、“護らなきゃ” って 言い出しちゃってて』


何だよ、急に...

『いや、なんで?』と 聞くと

『夢 見たんだって』と 言う。


ニナが見た その夢には

なんと、山田 右衛門作えもさくが 登場した という。

ニナは、夢の中で “祐悟殿” と、憎い本名で呼ばれ

右衛門作さんと、正座で向き合っていたらしい。


『なんか、何とかでそーろー とか

此度コタビの どーのこーので、全然 分からなかったみたいなんだけど』


だろうな。オレらも 分からねぇ。


『とにかく、“自分の代わりに、蘇ったシロちゃんを 護って欲しい” みたいなことを言われたんだって。“宜しく御頼み申し上げる” とか』


最初は、ただの夢だろうと 気にしなかったようだが、右衛門作さんは、ニナが 頷くまで出た。

右衛門作さんの罪悪感なのか?


『でも、夢に見る前から

シロちゃんが気になってたみたいよ。

“ママって、こんな気持ちかな?” って 言ってた』


そういや 花火の時も、崖を上がって来たレヤックから護ろうと 抱き締めてたもんな...

四郎は 困ってたけどさ。


『かえって、ニナが 危ねーけどなぁ』

『それも その内、右衛門作さん喚んで

話してみるか... 』


とりあえず、朋樹とジェイド、ニナのコーヒーと

四郎の炭酸グレープ買って、教会に戻ると

『先程も申し上げましたが... 』と

ジェイドが 残念そうな顔で

『私は、女性と そういった経験が無いのです。

ですので 何も助言が出来ず、心苦しく思います』と、大嘘をついていた。

四郎すら、ため息に似た 吐息をつく。


相談者の女の人は、何を返せばいいのか

分からない状態になっている。

教会で 神父に、“そんな訳ねーだろ” とも

言い切れねぇもんな。


あれ... ?

夕方の教会には、何かが足りない気がした。


『“彼では、どうしても 良くならない。

余計に もやもやしてしまう”。

あなたは、そう悩んでおられますが... 』


すげぇ相談したよな。

そんなこと言われても、普通 知らねぇよ。

相手に言やぁいいじゃねぇか。


『愛は、肉の快楽ではないのです』


諭すような眼ぇしてやがるぜ。

ダメだな これは。

肉の話をしに来たのに、肉じゃねぇ つってるし

話が通じねぇ。オレでも思うぜ。


『まずは あなたが、ご相手に心を開き

愛することでは ないでしょうか?

愛とは、能動的なものなのです... 』


ジェイドは、言えるだけの 一般論を

何かの光で 輝きながら言うと、

最後に『共に祈りましょう』と

何故かオレらにも 主の祈りを唱和させ

『教会は、いつも開かれています』と 微笑み、

女の人を帰らせた。

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