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「ミカエル!」「ミカエルだ... 」


真珠色の翼に、くせっ毛ブロンド。

トールが 熔岩巨人の拘束から逃れると

剣をしならせ、巨人の首を落とした。

泰河や四郎の顔も明るいし、ボティスも鼻を鳴らす。

ミカエルは「トール、大丈夫か?」って

ちょっと得意げに 地面に着地した。


背後で 腕を動かした熔岩巨人を振り返り

断面から膨らむマグマで 首が生えてくるのを見て

「また修復の奴かよ?! 首 落としたんだぜ?!」って、ブロンド睫毛が縁取る 碧い眼を丸くして

怒ってるけど、安堵で 全身の緊張が抜ける。


「やっと出たは良いが、大してする事は無い」


「ベルゼ!」「おかえりっす!」


オレらの近くに出現した ベルゼが、左手の手袋を外した。

バッ と、黒く細かい虫たちが バラけて飛び立ち

マグマから這い出す大蛇たちにたかる。

大蛇たちは、腹を見せて苦しみ出した。


「熱喰い虫だ。

非常に貪欲で、喰う度に増殖する」


大蛇を喰い荒らしながら、数を増やし

溶岩色の大蛇を黒く染める。

大蛇を喰い尽くすと、虫たちは マグマを喰い始めてる。


「だが、そう簡単でもない」


マグマが 一面黒くなっても、上に立つ熔岩巨人は

黒く染まっていない。

巨人の足に集った虫たちは、その場で消えていくように見えた。


「私の虫たちより強い。焼き尽くしてしまう」


肩 竦めてるけど

灼熱巨人ムスッペルとアジ=ダハーカの混血っぽいもんな...


「きよくなれ」


四郎が、ボティスの左の脇腹に 手を当てて

折れた肋骨を癒やす。


「シェムハザは?」


泰河が聞くと、四郎は

「まだ目覚めぬのです。きよめる訳にもいかず... 」と、かなり心配そうに

草の上に横たわるシェムハザに 顔を向けた。


悪魔が目覚めないって、相当な術なんだろうし

「巨人って、意外と術使いなんだな... 」って

泰河も言ってる。

「そんなことはない」って、ロキ言うけど

すげー 変身するしさぁ。


「幾らかなら使える奴はいる。

でも、“幾らか” だ。

呪力が高い悪魔を、深く眠らせることなんか出来ない。ヴァン神族なら まだしも... 」


「巨人に憑依した ソゾンだろう」


シェムハザの様子をみながら、ベルゼが言った。

やーっぱり そーだよなぁ...

普通に考えると そーなんだけど、これが 厄介。

そのまま半魂で居るより、誰かに憑依はいってる時の方が 見つけづらい。


「打たれた頭の傷は、もう塞がっている。

魂も内にあり、術を解けば目覚めるだろう。

特に心配は要らんが、ソゾンは こちら側の

“回復を封じた” ということになる」


「ソゾンが掛けたんなら、ソゾンにしか解けない ってことすか?」


地精の槍を片手に 泰河が聞くと

「お前達が解けぬのであれば」って 返ってきて

ああっ!... ってなったし!

そーじゃん、印があるんなら 消しゃいーんだ!


早速、眠ってるシェムハザから 印を探す。

額には ねーんだよな...


「ルカ!」

「ほぁ?... おう!」


うっかり見惚れちまったぜー。

なんだろー... この、睫毛とか 頬のラインとか

どの角度から見ても っていうさぁ。

いつもの匂いもするし。


「これ、仕事着 剥いたりしてもいーのかな?」


胸 見ようとして言ってみたら

「シェムハザに対して、“剥く” など... 」って

ベルゼのワイン色の眼が冷たくなるし。

「あっ、そーすっよね!」「すんません!」って

なぜか 泰河も謝る。


「でも、“脱がせる” だと 生々しくないか?

俺、そっちの方がイヤだな」


腕組みした ロキが言うと

ベルゼは「“衣類を取る”」って

当たり障りない風に言った。

朋樹に ちょっかい出すクセに、割と うるせーっていうか、細かいっていうかさぁ。


「うん、じゃあ 衣類を取って」


ロキに指差されるけど

ボタン外す とか、なんか躊躇する。

ニナん時は 下着でも、別にもう何ともなかったのになー...


ベルゼの方 見たら

「さて。まだ向こう側も、蛇人や巨人が居たが... 」って、遠く見出したんだぜ。

黒馬兵を 風で追いやってる四郎 呼んでも

振り向かねーし

レイピア振るってる ボティス呼んだら

怒られるんだろうし。


「何をしておる?」


月夜見だ。「いや、印を... 」って言ってたら

横になってるシェムハザを 跨いで立って

両手で 仕事着パーカーの襟口を持つと、ビリッ と

一気に腹んとこまで開いた。中の黒シャツまで。

意外と大胆だよなぁ...

ベルゼ、振り向いてるしさぁ。


「うお... 」「美麗... 」


「して、印は?」


跨いだ足を戻す 月夜見キミサマに聞かれて、胸を見るけど

胸筋とか腹筋が整ってる以外には 何もねーし。

「あれは?」って、ロキが指すのは

堕天した時、左胸に付けられた印だし。


「ん?」


けど、その印が 薄くなってる気がする。

天に付けられてるのに。

「あまり じっと見るものではない」って

ベルゼに注意されて、また謝るんだけどー。

月夜見キミサマは「探しておけ」って、黒い弓 握って

戻って行った。


「ただいま。いや、戻った訳じゃないんだけど。

あっ、ベルゼ おかえりなさい!」


ケリュケリオン持った ヘルメスなんだぜ。

「えっ?! 何してんのっ?!

まさか、寝てるのをいいことに... 」って 口走って

ベルゼに見られてるし。

「うん、冗談が過ぎた。ゴメンナサイ」って

謝ってる。


「オージン出て来たし、ハティに シェムハザの事 聞いて、気になったのもあるんだけど

炎の あっち側にも、地精ランドヴェーッティルが降りて来てて

また 蛇人ナーガが増えてさ... 」


どれだけ居るんだよ、マジで。

スレイプニルに乗って、空から状況を見ている

オーディンの隣には、ハティが居た。


オーディン、ミカエルや ハティだけじゃなく

ヴィシュヌやベルゼ、ベリアル、ヘルメスも居て

ビビったんじゃねーかな? って思ったけど

堂々として 落ち着いて見える。

かえって安心したのかも。


「一気に ごちゃごちゃしたのに乗じて

巨人が 散らばって逃げてるんだ。

狂戦士ベルセルクが居るから、俺等も 空から探してるんだけどね。逃げたままにしてても いいんだろうけど

何か気になったからさ... 」


「こっち側に出て来た奴等は

ソゾンに仕えてた。ヘルブリンティも」


平気な顔で話すロキに、ヘルメスは眼をやったけど、「そっか」って 普通に返してる。


「俺を殺らないと殺られる って言ってた。

ヘルブリンティは、オージンが殺ったけど」


「うん。それは、ロキを救うためでしょ」


ロキは黙っちまったけど、ヘルメスは気付いてない風に

「でも、最初に 生贄と最終戦争ラグナロクに分けた時に

結局 トールもロキも、ルカも取れなかったからね。巨人たちに狙わせようとしてる とも考えられるね」と 続けた。


「ソゾンは、世界樹ユグドラシルを解体しようとしてるんだから、このままだと納得しないよね?

主神のオージンも トールも健在。

何も変わらない。

そういう意味で言うと、ロキは 生きている方がいい。世界樹ユグドラシル解体の鍵なんだし。

それでも ソゾンが狙うのは、オージンに対するのとは違う 私怨だろうね。

いつか、キュベレを取られる気がするんじゃないかな?」


朋樹も、そんなよーなこと言ってたけど、ロキは

「俺は、そんな女 要らない!

勝手に 何かの役に宛てられるのも マッピラだ!」って、だいぶ 日本語使いこなして 怒ってる。


「うん。正しくは、キュベレが選ぶ。

アジ=ダハーカから ソゾンに乗り換えたようにね。キュベレが ロキを洞窟から解放したのは

最終戦争ラグナロクの予言を変えるためじゃなくて、何かに使うためなのかもしれない。

シェムハザを組み込ませたのも... 」


え... ? 死神ユダか... ?

でも、境界者だ。


「けど、ピストルは オレが持ってるぜ」


泰河が言うと、ヘルメスは

「そう。少し整理するよ。

まず、サンダルフォン。泰河の獣の事を知ってる。でも死神ユダが 天に隠れて シェムハザに近寄っていたり、仕事以外で動いてるのは知らない。

サンダルフォンは、ルシファーと ハティを離すために、地上棲みのシェムハザを組み込んだ。

まぁ、シェムハザも ルシファーから離したかったんだろうね。回復させちゃうしさ。

でも キュベレの方は、シェムハザじゃなく

死神ユダを選んでるんだ。ピストルの持ち主は誰でもいい。喚び出せればね」と 言った。


それで、ロキを... ?


「ルカも 精霊で喚べる。

さっき刺された時、もし 身体から魂が抜けていても、キュベレに飲まれなかったと思う。

霊として使われたんじゃないかな?」


悪魔祓いで、苦しかったことが過った。

女の気配がして。

だったら、眠ったままでも憑依出来る ってこと?

ミカエルの加護があるのに...


それを話してみたら

「憑依ではなく、目を付けたのだろう。

手先であるソゾンの印を通し、“私のもの” と

聖子に示した」って ベルゼが言う。


リンが悪魔に憑依された時の事を思い出す。

確かに、あんな風にはなってない。

空白の時間もなかったし、何かに操作されて

喋ったり動いたりもしてない。


けど、目を付けられた っていうより

すでに私物化されてた って気ぃする。

キュベレの 一部 みたいになってたから

悪魔祓いが苦しかったんだよな。

これ、今になって 思うことだし

侵食されてることにも 気付かなかったけど。


サンダルフォンや アバドン、ソゾンが

なんで 意のままに動かされるのかが なんとなく

分かる。いや、魅了もされてるんだろうけど

たぶん本当に、キュベレに使われてる っていう

意識は無い。


「だがもう、そういった事は無い。

傷を残されただろう。聖痕のようなものだ」


ベルゼが イヤな顔になって言う。

あの傷だ。右の脇腹の。


「聖子自身は傷付けないのに、加護として 残したのか! すごいな!」

「よかったよな、もう安心だしさ」


ロキと泰河が 感心してるけど、ヘルメスが

「うん。さすがだけど、続きね」って

話を進める。


「泰河も獣で喚べるけど、キュベレは 聖父と同じで、獣を認識してない。

つまり、“シェムハザがピストルを預けた人間”

程度の認識だろうね」


これには 泰河が

「えっ!... けど、サンダルフォンだけじゃなく

アバドンも狙って... 」って 言ってみてる。

なんか 扱い軽いもんなー。その他 大勢 的な。


「サンダルフォンは、人間から御使いになってる。だから 獣を認識出来るけど

アバドンは、“価値がありそう” だから

泰河を狙ったんじゃないの?

クライシ?だっけ。魔人。奈落で尋問してるだろうし、何でも欲しがるタイプだろうしね。

ソゾンは 泰河を狙ってないし」


「なら、ピストルは狙われる ってこと?」って

聞いてみたら

「普段、死神ユダは 他の道具を使ってるんじゃないの?」って、逆に聞かれた。


そっか... 死神ユダを喚べるヤツが居れば 使えるんだ。

つまり、ピストルのみだと狙われない。


「確かに、キュベレは死神ユダを気に入るだろう。

聖子に 無実の十字架を背負わせた男だ。

大罪を犯し、罪の意識を抱き続けている。

また死神は、悪魔狩りや異教神狩りにも適する」


ハッとして、ベルゼに顔を向けると

「天に抗うには 死神では適さんが

悪魔や異教神なら 打って付けだろう?」と

先のない左手首で、手を開くような動作をした。


そうだよな...

死神には、上級天使は 仕留められない。

キュベレにとって ジャマな悪魔や異教神を

始末するためか...


「話 聞いてたら、ルカは もう除外されたけど

俺やシェムハザが キュベレに使われた場合、

悪魔とか他神の敵になる恐れあり ってことか?」


眉をしかめたロキが聞くと

「そういうこと」って ヘルメスが頷いた。


「まぁ、もう シェムハザの線は薄いと思うよ。

ピストルを手放してるし、一度も死神を喚んでない。堕天使には 天の目も届きやすいし。

実際に喚んだのは、ルカやロキだしね」


「嘘だろ? やめてくれよ!

何で もっと早く言わないんだよ?

俺が死神ユダを喚ぶ前に!」


「言っても喚んだんじゃねぇの?」って

口 挟んだ 泰河は、ロキに 額 弾かれてるし。


「だって、ついさっき推測が立ったから。

ラファエルが ロキに言ってた事とか

ルカに、聖子の加護が付いた事でさ」


ラファエル、ロキに

死神は キュベレに使われる恐れがあるから

喚んじゃダメ つってたもんなぁ...

でも、キュベレは 自分で死神が喚べないってことか。天に属してる... 聖父のもとにいるからかな?

そういや、サンダルフォンやアバドンも

キュベレが近くに居る時に 使われてたし...


「イヤだ! これが終わったら、俺は シギュンと...

そうだ、幽閉してくれ! 毒蛇が居ない所に!」


「うん、考えとく考えとく。

とにかく ロキと、シェムハザにも 一応 注意が必要だけど、泰河の存在は やっぱり何か鍵になると思う。聖父にも認識されないからね」


「いや、オレじゃなくて けも... 」

「ハイ そーそー。獣がねー」


ヘルメス、めんどくさいんだろーなぁ。

けど 泰河には、獣は重荷なんだよな...


「でも、それと繋がってんのは 泰河なんだし

もう受け入れよう。俺等も受け入れるから。

安心していいよ」


「そう。俺なんか “悪神ロキ” なんだぞ!」


「不憫だ」って、ベルゼに瞼 臥せられて

ロキは、えー... ってなってるけど

泰河は 何かが少し吹っ切れたって顔で頷いた。

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