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「トール!」


向かおうとするロキを、黒妖精たちが止め

「冷却を!」「アフラスディンニ!」と

トールにレイピアを向けて 呪文を唱えて

熔岩巨人の手の下を 集中して冷却してる。


「ロキ、呪文との間に入るな!」と

腕を取った黒妖精デックアールヴを 投げ飛ばしちまったけど

ロキは 何とか、邪魔にならないように思い留まった。


「シェムハザ!」


四郎が叫び、地に降りようとする 地精ランドヴェーッティル

黒馬兵を阻んでいた 風が止む。


シェムハザが、抱いていたアクサナを庇うように

倒れてた。


倒れたシェムハザの先を、四郎が見上げる。

でかい影。3メートルくらいか... ? 巨人だ。

丸太のような薪を持ってる。

「四郎!」「ちょっと... 」と、泰河と走り寄る。

このくらいの背丈の巨人って、さっきは居なかったのに...


巨人の背後に、ぞろぞろと人が現れた。

オレらくらいの背丈だったり、3メートル近くあったり。


泰河と二人で シェムハザを担ぎ

四郎が、アクサナを抱き上げると

「下がれ、お前等」と、ロキが前に出る。


「ヘルブリンティ」


薪を持つ巨人の背後に居る オレらくらいの巨人の 一人を、ロキが呼んだ。


ヘルブリンティ... 名前だけ知ってる。

ロキの兄弟の 一人だ。

肩につくブロンドの髪に、オリーブ色の光彩。

ヘルブリンティも、ロキを見てる。

最初に巨人たちと居たのは、ビューレイストの方だったはず。トールが名前を言ってた。


こんな時に 何だけど、ヘルブリンティも

どの巨人も、ロキ程 際立ったものは ねーんだよな...  あの中に居たら、ロキは浮くと思う。


「大人しい奴等を引き連れて、何をしに来た?」


大人しい? と、泰河と眼を合わす。

月夜見キミサマが診てくれてるけど、シェムハザは

後頭部から血を流して、昏倒してる。

同時に術も掛けられたみたいで、目を覚まさない。


でも、今 ここに来た巨人たちは

鎧を着けてる訳でも、サーコートを着てる訳でもなく、手に握っているのも ハンマーやナタで

剣や槍じゃない。


片手にナタを持つ ヘルブリンティは、ボタンの代わりに 紐で編み上げて とめているシャツの襟を引っ張って、胸を見せた。

トールと同じ、青い イチイのルーン文字...


「お前を殺らないと、俺等は滅ぼされる。

俺の子は、蛇に飲まれた」


ロキが 言葉を失う。


「ロキ。何故、洞窟を出た?

お前が出なければ、子を失わなかった。

俺等は、最終戦争ラグナロクの後も 生き残る側だった。

静かに生きてきたのに」


「いや、嘘だ!」


式鬼札を吹きながら、朋樹が口を挟んだ。


「兄弟を悪く言って 悪ぃけど

そいつ等、相当 悪どいぜ。

黒妖精デックアールヴの子供を拐って、人間に売る。

魔女には、人間の子供を売る。

ロキが、巨人世界ヨトゥンヘイムを出てから やり始めてるんだ。

アース神族にバレねぇようにな。

汚過ぎて ヘドが出る」


ヘルブリンティや、他の巨人の眼も 朋樹に向く。


「ソゾンは、この件とは関係なく そいつ等を処分する気だった。

自分の娘... 神人の 一人が、“ヴァン神族の血を継いでいる” と、そいつ等に狙われた事があるからだ。

どの道、巨人世界ヨトゥンヘイムは 滅ぼす気でいたようだけど

そいつ等の魂は、キュベレに飲ませる気もなかった。キュベレが汚れるから。

蛇人ナーガたちと 一緒に、滅ぼしに現れたソゾンに

“蛇人たちのように働く” と 仕えたんだよ。

“ロキに手を出せないなら、俺等が殺る” って

取り入ってな」


舌打ちするような ヘルブリンティの念が届いた。

「黙れ」と、ヘルブリンティが言っても

式鬼札を吹いて、朋樹は続ける。


「もう、ヴァン神族は 最終戦争ラグナロクに参入出来た。

ソゾンは、キュベレが ロキを逃した事を知ってるから、消しときたくても、自分じゃ手を下せないんだ。キュベレの意志に逆らい切れない。

キュベレは、境界者である ロキを気に入ってる」


「ヘルブリンティ」と 呼んだロキに

ヘルブリンティは「そうだ」と、開き直った。


「ただ、お前を殺らなきゃ 殺られるのは本当だ。

ソゾンに、“使えん奴等” と 見做されるからな。

だが お前を殺れば、このルーンは消える。

お前に移せるんだ。

ロキ。お前は、ガキの頃から厄介者だった。

トラブルばかり引き寄せた。

お前が 家を出たばかりか、洞窟に繋がれて

皆 ホッとしてたんだ。父さんも母さんもな。

これで 騒ぎは起きない。

俺等がした事を嗅ぎつけて、吹聴して回る奴が消えてたからな。ところが どうだ。最終戦争ラグナロクから

お前が除外された って言うじゃないか... 」


「死ねよ、ロキ」「そうだ。一度でも 役に立て」

「どうせ ここで死ぬ予定だっただろ?」

「お前が死ねば、巨人おれらは生き残れるんだ」


口々に言い出した巨人に、矢が放たれた。

月夜見キミサマだ。黒い弓を握ってる。

巨人の 一人が、胸を射抜かれて倒れた。


「滅ぶが良かろうよ」


榊が黒炎を放射すると、巨人たちが怯む。

月夜見キミサマが矢をつがえる間に、黒妖精デックアールヴ 二人と

ボティスが吹き飛ばされて来た。


「... クソ。痛ぇな」と、脇腹を押さえてる。

「ボティス!」って 手を伸ばしたら

「触るな。折れてるからな」って 返ってきて

榊の黒炎が途切れる。


「トール!」という、ジェイドの声。

トールの首に、熔岩巨人の胸の蛇が巻き付いて

首を締められてる。

氷柱を落とすハティにも、マグマから這い出た大蛇たちが 大口を開けて向かう。


ヘルブリンティを狙って、月夜見キミサマが放った矢が

他の巨人を射抜いた。

ヘルブリンティが 掴んで盾にしたからだ。


「ロキと 月夜見あいつを殺れ!

叩き潰して、骨と肉を混ぜてやれ!」


盾にした巨人を捨てた ヘルブリンティが

ナタを振り上げて叫ぶと

「オオーッ!!」と 狂気の声を上げて

巨人たちが迫る。

オレが巻いた風を 四郎が押すと

「あのガキ共からだ!」と、起き上がって

笑いながら駆けて来る。


「ロキ、死神ユダを... 」


泰河が言うけど、ロキは聞いていない。

「そうか、ヘルブリンティ。殺ってやる... 」と

虹色の眼を翳らせて、地面に刺さっていた剣を

片手で構えた。


レイピアじゃない。誰の剣だろ... ?

ヴァナヘイムの剣... ミロンの剣に似てる。

けど ミロンの剣は、さっき 月夜見キミサマが取ってたはず。月夜見キミサマの手にも無いけど...


吠えるような笑い声を上げながら、巨人たちが迫る。「獣は?」って 泰河に言ったら

「“巨人” には、ロキも含まれるだろ?」と

警戒して 喚ぼうとしない。

“親子や血族同士で”... という、ヘルメスの言葉が

よぎった。ミロンと ソゾンも...


ヘルブリンティが、大きく跳んで

ロキに ナタを振り下ろしながら着地した。

オレに ハンマーを振り下ろそうとする巨人の額を

月夜見キミサマが射抜き、榊も また黒炎を放射する。


「痛ぇ」と言いながら立ち上がる ボティスが

拾ったレイピアで、巨人の顎を突いたけど

黒馬兵が、目の前に駆け降りた。

月夜見キミサマが矢をつがえ、四郎が 別の巨人を

風で吹き飛ばす。


また駆け降りて来た 黒馬兵の槍を風で弾くと

泰河が槍を拾って、よろけた兵士を突き

白樺の木に戻す。

泰河の右手の焔の模様が 白く光ると、薄れた槍が

また実体となって、手に残った。


ヘルブリンティに押された ロキの腰が

地面に着く。


「じゃあな、ロキ」


「おい! やめ... 」


ロキを引こうと、後ろから両脇に 両手を差し入れた時、ヘルブリンティの左胸から 槍が突き出た。


空から飛んできた でかい槍が、背中から刺し貫いてる。泰河が持つ 地精ランドヴェーッティルの槍じゃない。

でも、見たことがある...


「グングニル... 」


ロキが、槍が投げられた方向の空を見上げる。

八本脚の輝く白馬、スレイプニルに乗って

黄金の鎧を身に纏う オーディンが居た。


同じ黄金の西洋兜の下の 厳しい隻眼と白髭。

黄金の肩当てから、真紅のマントが靡く。


オーディンの開いた手に、グングニルが戻り

その手を オーディンが上げると

白い馬に乗った 赤いサーコートの兵士たちが

赤い空から 駆け下りて来る。


戦死者霊エインヘリアル達だ... 」


槍が抜けて、倒れかかってきたヘルブリンティを

横たえさせながら、ロキが声を詰まらせた。

あれ... ? 剣、見当たらねーし...


「でも、オージンが どうやって ここに... 」


白い煙が、オレとロキの前に凝って 琉地になる。

「お前が連れて来たのか?!」と

ロキに抱き締められると、ロキの頬に 頬を当てて

空に向き、遠吠えをする。


平原のあちこちから、遠吠えが返ってきた。

「まさか... 」と、またオーディンに眼を向けると

オーディンは、グングニルの先で

トールの方を指していた。

グングニルが指した方が、争いに勝つ...


遠吠えの主たちが 姿を現した。

「のっ!」って、榊の黒炎が途切れるけど

ロキも「下がれ!」と 言いながら立ち上がって

まだ瞼を閉じているシェムハザを肩に担ぎ

「アクサナを!」と、月夜見キミサマに抱き上げさせる。


獣の唸り声が近付き、巨人に それが飛び掛かった。狼の頭部付きの毛皮を被っていて、上半身は裸。下は毛皮で作った 膝丈パンツに裸足。

巨人の喉笛を 噛み千切って倒すと、顔に喰らいついた。


「... 狂戦士ベルセルク?」と 泰河が聞くと、ロキが頷いて

「近寄るなよ」と、低い声で言った。


振り下ろされたハンマーを 素手で弾き飛ばし、

逃げる巨人を追って 喰らいついていく。

飢えた野生動物 って感じだ。

前に、毛皮を被って 狼化した男を思い出す。

史月に 脚 引っこ抜かれちまったけど...


3メートル級の巨人が、狂戦士ベルセルクを踏みつけると

近くで 他の巨人の肉を喰い千切っていた狂戦士ベルセルク

巨人に飛びかかっていく。

けど、狂戦士ベルセルク同士が ぶつかっても

お互いを掴んで、噛み合いが始まっちまう。


戦死者霊エインヘリアルたちは、地精ランドヴェーッティルの相手と

トールの方に回っていて、トールの首に巻き付く大蛇や、熔岩巨人の腕を槍の先で裂き、傷口を凍らせてる。

黒妖精デックアールヴたちも、白い霊樹の下に寄り固まり

トールと平原の冷却に 力を入れてる。


突然、オーディンが グングニルを投げた。

熔岩巨人や炎の向こう側に。


グングニルがオーディンの手に戻り、少し経つと

誰かが 黒い煙の向こう羽ばたく。

二対の翼。ベリアルっぽい。

手に持つ何かを、こっちに投げた。

白金の髪に赤い眼のエルフ。白妖精リョースアールヴの首だ。


右手側の白い球体の中に、虹色の光が溢れ

左手側の八芒星の白い霧壁が 薄れていく。


白い球体が弾けると、一瞬 空が虹色に輝く。

ミカエルが、熔岩巨人に急降下し

剣で ハティを繋ぐ鎖を断ち切る。

熔岩巨人の前に降りながら、トールの首に巻き付く大蛇を斬り落とした。

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