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「あれ、何... ?」

灼熱巨人ムスッペル?」


「いや、蛇人ナーガ灼熱ムスッペルスヘイムの巨人が... 」


ゴウッ と、炎が空を覆って

前に居るトールやロキ、ボティスに 潰されかけながら 平原に転がる。


「えっ?」「なに?!」


顔を上げようとしたら、倒れてきたロキの後頭部が 鼻に直撃した。隣に居た泰河も トールの下敷きになって「がふっ」って、肺の空気 漏れてるし。

続いて 黒妖精デックアールヴたちも ばたばた降ってきて

焼かれるんじゃね? ってくらいの熱風が襲う。


「あっ... 」っていう、ロキの声。

溶岩色の肌をした蛇巨人が すぐ上に伸び上がって来てて、トールの首に 両手を伸ばしてる。


充分に帯電したミョルニルで、蛇巨人の頭をなぐると、頭は 稲光と共に、爆発して弾け飛んだ。

腕で 頭を庇っても、高熱の肉片が 仕事着の先の

剥き出しの手に落ちて 肌を焼く。


「大丈夫か?」


ロキに 引っ張り起こされて

泰河の上からも トールが起き上がった。


「痛ぇな」

「いやいや。ボティスの肘、鳩尾みぞおちに入ったしな」


ボティスや朋樹も無事。榊や ジェイドは

シェムハザが 身を挺して庇ってるし、

四郎は、風で 他の蛇巨人を吹き飛ばしたらしく

炎の向こう側でも 蛇巨人たちが起き上がる。


盾で防護をしていた兵士たちも、黒妖精デックアールヴたちも

熱風に 吹き飛ばされて 散り散りになって倒れ、

蛇巨人たちと トールやオレらの間は、広く空いていた。

ミョルニルで 頭を粉砕された遺体は、みるみると

黒焦げになって縮んでいく。


「怪我人を運べ!」

「ルカ、天空精霊 召喚円を... 」


溶岩肌の蛇巨人たちが、尾で 炎の地面を叩くと

炎が高く噴き上がる。

割れた地面から、ぐつぐつと熔解する 赤オレンジのマグマが 膨れ上がってきた。

表面は外気で冷やされて、赤オレンジの色が黒ずみ、膨らむ内側からは 黄色い熱光を見せる。


「冷却を... 」と 指示を出す ミロンに

「軍を下げろ!」と、シェムハザが言った。


「ハティ!」


炎から上がる 黒い煙の上に、ハティが姿を顕す。

漆黒の牡牛の頭に、先が金に光る カーブした長いツノ。背には 漆黒のグリフォンの翼。


「全員 下がれ。ルカ、召喚円を前に並べろ」


ハティが 右腕を前に伸ばし、手のひらを開くと

炎の煙が ハティの前上で凝り、ガラスのような塊になった。次第に色が薄れ、青白く輝く。

塊は 黒い煙を凝集させながら、大きくなっていく。 氷... ? 水晶にも見えるけど...


「ジェイド、天空精霊を降ろせ。

ミロン、天空精霊の背後で 兵士達と防護を」


シェムハザが指を鳴らすと、炎の中の蛇人たちは 平原の石の弾丸に撃たれた。

けど これは、オレらを下げるための時間稼ぎだったようで、天空精霊たちが 召喚円に降り

ヴァナヘイムの兵士たちが 並んで盾を立てると、

ハティが 腕を下ろす。


ドボンッ と、バカでかくなった青白い塊が

割れた地面のマグマに潜った。

シェムハザが「伏せろ」と 指を鳴らすと

地面の下で 何かが動く。


ドッ と、肋骨の中で 大きな鼓動が鳴るような

地の下が揺れる音。

マグマと水蒸気が噴き上がった。


「ハティが落としたのは、膜付きの氷だ。

マグマの中で、表面の膜を消失させた」


マグマ水蒸気爆発だ...

水は 高温に熱せられると、1000倍くらいの体積の水蒸気になる。

マグマに溶け込んでいた水が 水蒸気に変わっても

爆発... 噴火するし、近くにある水... 地下水とかが

マグマに熱せられても 水蒸気爆発を起こす。

水とマグマが触れて、水蒸気とマグマが噴出されるのが、今 目の前で起こってること。

氷は 高温のマグマで、水にならず 水蒸気となって

マグマと共に噴き出した。

もし、氷底火山... 氷河の下にある火山が 噴火すると、噴出された水蒸気で 大洪水になる。


“初めに、深淵ギンヌンガガプと、灼熱ムスペッルスヘイム極寒ニヴルヘイムがあって

熱風が霜を溶かした時に、原初の生命である

巨人ユミルと、牝牛アウズフムラが生まれる”...

北欧神話の始まりを彷彿とした。


噴き出したマグマが、蛇巨人たちに のし掛かる。

噴煙の中の赤い色と 皮膚や肺を焼くような熱気。

オレ、何を 見てるんだろ... って、呆けてたら

トールの でかい背中に 視界を遮られて

泰河に引っ張られて 腰を地面に着いた。

閉じれずにいる唇と 指先、膝が震える。


「円に... 」


赤オレンジの色を、アッシュブロンドの髪や

ヘーゼルの眼、白い肌に映す ジェイドが、

解放されていく 天空精霊たちを見上げる。

蛇巨人たちを飲み込むマグマは、天空精霊円に到達した。


「アフラスディンニ!」


ミロンたちが 呪文を唱えると、盾の下から氷が

地面を覆っていく。

ぶずぶずと 流れ進むマグマが、氷の上に這うと

急激に冷やされ、ボコッ ボコッ... と 黒く泡立つ。


熔け出し 冷え固まっていく溶岩流の下で

歪な形のものが動く。蛇巨人たちだ。


マグマと水は、蛇巨人の表面だけに付着した訳でなく、体内にも熔け込んでいた。

まだ辛うじて 頭や腕が 判別出来るヤツもいれば

蠢く何かに なっちまったヤツもいる。


生贄のトールや、思念によると オレも狙って

ヴァナヘイムの兵士たちが張る氷を 白い霧にし、

黒く冷える度に 内側なかを赤く燻ぶらせながら

這い進んで来る。


「助力、ミカエル」


ロキの隣で 腕を組んで立つ、ボティスが言う。

そうだ... さっき、だいぶ後退したんだった。

白く光ってる助力円は、ボティスが オレらの背後に 敷いていたものだ。


「神の光」


真珠色の光が立ち上がり、黒く歪なものたちを

ミカエルの光が焼く。

無声の響きに 白い霧が揺れた。


「あ?」


ボティスが つり上がった眉を しかめた。

歪なものたちは液化し、黒い粘性の液体となって

氷の上から跳ぶと、兵士たちの盾に取り憑いた。

しぶとい し...


「ミカエルの助力だぞ!」

「だが、“助力” だ。本人では ないからな... 」


どろりとした液体は、盾の裏側へ侵入してきてる。

「盾を離せ!」と、術で 盾表面を凍らせながら

ミロンが命じるけど

兵士たちの手が 盾から離れない。


「何でだ?」


シェムハザやロキが、兵士の手を取って

トールが盾の表側に 雷を落とす。


雷が 液体に直撃すれば、盾から弾かれて

手は離れるけど、兵士にも 手当てが必要となるし

人間なら、たぶん死ぬ。


「アルトゥル... 」

「ダニール!」


黒く熔けたガラスのような液体が、盾を伝って

手に着くと、それに ぞろりと覆われていく。


「きよくなれ」


液状の黒ガラスに飲まれる兵士の背中に

手を置いた 四郎が言ったけど、覆っていくスピードが緩くなっただけで、もう肩までが囚われた。

盾は ガラス化してる。


「泰河は?」


ジェイドが呼ぶと、泰河は 右手に

白い焔の模様を浮き立たせた。

「頼む、元に... 」と 指を震わせながら

兵士の肩に 手を触れようとした時、

マグマを噴出する地面が揺れ、兵士の手首から先が音を立てて崩れた。

倒れたガラスの盾が割れる。


「ダメだ... 」


胸や首まで 熔けたガラスに覆われる兵士は

「痛くない」と 呟いた。


「アルトゥル... 」


「あぁ... ノンナは まだ、3つなのに」


父親なのか? エデンに預けられてる子の...

狐榊が、アルトゥルという兵士を見上げる。

二の腕までが ガラス化した。

兵士の肩に 触れようとした泰河を

「やめておけ。人間が触れるだけでも 多分... 」と

黒妖精デックアールヴの 一人が止める。


冥界ニヴルヘルへ 行けるだろうか... ?」


兵士たちは、ソゾンの支配下から解放した。

魂を キュベレに取られることはない。

けど、ヘルは まだ氷の中に居る。


「ミロン、娘を頼む。

ヴァナヘイムや、世界樹ユグドラシルを... 」


下顎まで 黒ガラスが侵食すると

アルトゥルの声が 聞こえなくなった。


月夜見が アルトゥルの下から、幾本もの白蔓を伸ばし、アルトゥルを取り込んでいく。

「霊樹である故、燃えぬ」って 言ってるし

ガラス化しても崩れねーように 保護するようだ。


「アルトゥル、必ず」


ミロンのターコイズの眼に願う アルトゥルの眼が

黒いガラスになった。白い霊樹に包まれる。


「ダニール、エラスト... 」

「ローベルト... 」


何人もの兵士が、熔けた蛇巨人たちに覆われ

黒ガラスとなっていき、霊樹に包まれていく。


黒妖精デックアールヴたちが、兵士の白い霊樹の間の地面に

レイピアの先を着けて、「アフラスディンニ」と

融けかかる氷を張り直す。

氷原で 黒く冷え固まるマグマは、割れた地面から

まだくつくつと、生き物のように膨れ上がり

流れ出している。


左手側に、八芒星の白霧結界。

白い半樹に 赤い百合に似た花を咲かせる魔女イアールンヴィジュルたち。

右手側には、白い花唐草の球体の中で

真珠色の翼を拡げる ミカエル。


ゴールドの眩い翼を羽ばたかせる師匠と

チャクラムを操るヴィシュヌ。

マーナガルムの遠吠え。


「アクサナ... ?」


ロキが、赤い空を見上げる。

炎上の黒煙の中、女の子が忽然と顕れた。


マグマに急降下する女の子を、ハティが抱き止めると、マグマから 赤く燃える鎖が伸び上がり

ハティの足に絡む。


「ハティ!」


シェムハザが消え、ハティからアクサナを抱き取った。

トールが ミョルニルを投げたけど、ミカエルの

網籠のように、ミョルニルは 抵抗なく通過した。


「いや... マグマなどで、ハティが焼かれることは

ないが... 」


鎖は 、ハティを囚えるためのもののようだけど

ゆっくりと マグマへ引かれていく。


アクサナを抱いた シェムハザが戻って

ヘルメスを呼んだ。


「巨人は半数くらいになったけど

白い尾の蛇人ナーガが また増えた。

白妖精リョースアールヴが まだ見つかってない」


蛇人って、どれだけ居るんだよ...

手短に報告した ヘルメスは、溶岩肌の蛇巨人や

兵士たちの話を聞いて、「あの鎖は?」と

ハティを指した。


「分からん。解術などでは駄目だった」


アクサナに眼を止めた ヘルメスは

「その子が居るってことは、ソゾンも居る って

ことになるよね?」と 確認する。

アクサナは、眠らされているようで

緩やかに 胸を上下させている。


「恐らくだが... 」と答えた シェムハザに

「ベリアルや ヴィシュヌに報告しとくよ」と

返して、ヘルメスは タラリアで、地を蹴って戻って行った。


「ハティ... 」


泰河が 心配そうにハティを見上げてるけど

オレも不安だった。

幾ら、マグマじゃ焼かれないって聞いても...

朋樹たちが、黒い炎の蝶の式鬼を打ち出してる。


ただ、毒川エーリヴァーガルの毒が 世界樹に属するヤツ以外には効かない ってことを、オーディンが知らなかったように、ソゾンも、ハティ... 悪魔たちや

もちろんミカエルも、マグマで焼かれないことは

知らねーんじゃないかと思う。


「あなた は... ?」


アクサナが 眼を覚ました。

「アクサナ。大丈夫か?」と 聞きながら

シェムハザが アクサナを降ろすと

「ここは... 」と、不安そうに 眉根を寄せた。


流れ出すマグマに炎。赤い空に上がる 黒い煙。

怖いよな...


「あれは、何だ?」


炎と黒い煙の向こうに、ミカエルを閉じ込めてる

白い花唐草の網籠が 真珠色に輝いていて、

その更に向こうの空が 黒くなっているのが見えた。無数の何かが 向かってくる。


「また... 」

何か 増えんの? とは、もう聞けなかった。


ミカエルやベルゼ、ハティまでが囚われちまって

ヴァナヘイムの兵士たちの半数以上は...


「だが もう、魔女イアールンヴィジュルたちは歌っていない」


トールが言ったけど、ボティスが

「ソゾンが居るのなら、直接 喚んでるんじゃあないのか?」って言うし。

魔女が使えなくなったから、本人が出て来た ってことも考えられるよな...


空に眼を凝らした ミロンが

「あれは、地精ランドヴェーッティルの一種だ」と

言った。


地精ランドヴェーッティル... 守護精霊だ。

アイスランドの国章には、北東のドラゴン、北西の鳥、南西の雄牛、南東の巨人が描かれていて、

冥界ニヴルヘルと入れ替わった ヴァナヘイムの森で

地精ランドヴェーッティルの鷲の巣を見た。


地精ランドヴェーッティルは、この四体だけでなく

自然界の精霊や祖霊と、様々なものが居て

動物やドラゴン、巨人など、様々な姿で現われる。


「異存在の排除のために現れた と みえる」


世界樹ユグドラシルの異存在... つまり、オレらだ。


「あなた、ソゾンに似てるわ... 」


シェムハザから離れた アクサナが、いぶかしげな顔で

ミロンを見てた。


「そう。ソゾンの兄だ」


「どうして、彼を好きにさせているの?」と

ミロンに詰め寄り、サーコートの胸を掴む。

「私のマーマは... 」と、アクサナが言った時に

何か 違和感を感じた。

なんで、母親のことを知ってるんだ?


「アクサナ!」


ロキが腕を掴む前に、アクサナは

「ストープ」と 呪を掛けながら、手慣れた動作で

ミロンの腰の剣を抜き、ミロンの腹を突いた。

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