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「ミカエル!」


師匠が ゴールドの炎を吹き下ろし、ヴィシュヌが

チャクラムを飛ばす。


ミカエルに纏わった 白く輝く煙のような糸の束は

白い球体の花唐草の網籠となって、ミカエルを閉じ込めた。

霧の柱が消えると、網籠が宙に浮き始める。


「えっ?」


チャクラムは、抵抗なく 網籠を通り抜けた。

ミカエルが 盾で受けて弾き返す。


「ヴィシュヌ!」


「ごめん! 突き抜けるとは 思わなくって」


戻ったチャクラムを巨人に飛ばす ヴィシュヌに、

拗ねてるよーな顔で「分かってるけど、つい」と 返した ミカエルは、自分の剣を 網籠の外に投げた。

通るんだよな... 誰に当たっても ねーけどさぁ。

ミカエルが手を伸ばすと、剣も 手に戻る。


「はっ? 何 あれ?」


でかい巨人の首刈りのために、タラリアで空中に立っていた ヘルメスが、網籠に飛び入った。

入れちまうし。


「入れるけど、目視出来るだけで

俺は、実体として 籠に認識されてない。

浮けない奴が入ったら、多分 落ちるね。

いや、浮けなきゃ 入れないけどさ」と

ミカエルと 眼を合わせて、網籠から出た。

ミカエルだけが、網籠から出られない。


「ミカエルが、封じられた ってこと... ?」


かなり まずくね?


「あれは、守護の籠だ」


白く輝く 花唐草の球体を見上げて

マリゼラが言った。

確か ヴァン神族は、白妖精リョースアールヴと付き合いあるんだよな...

妖精国アールヴヘイムは、ヴァン戦争の時の 人質交換で

アースガルズへ渡ったフレイに与えられた って

話しもある。


「けど、攻撃 通るじゃねぇか」


泰河が言うと

「そうだな... 今まで、こんなことは無かった。

恐らくだが、“世界樹ユグドラシルに属する者の攻撃” は

通らない」って 答えた。

毒川エーリヴァーガルの毒みたいなものかぁ。


白妖精リョースアールヴたちは?」


一瞬、こっち側なのか?... って 思ったんだけど

地を蹴った 白妖精リョースアールヴの兵の 一人が、マントの下から覗く、白く薄い トーガのようなもので浮く。

剣の先で指し示された ヘルメスが、吹き飛ばされた。


「ヘルメス!」


ヴィシュヌが師匠から 飛び降りて向かい

シェムハザも消える。


白妖精リョースアールヴたちは、光や善なるものは

封じることが出来ない」


だから、“守護” したのか...


「“善なるものは”?」


白妖精リョースアールヴたちは、蛇人ナーガごと ベルゼを囲んで立ってて、ヴァナヘイムの兵士たちが していたように

剣の先を地面に付けて、左手の人差し指と中指を立ててる。


「封じだ!」

「ベルゼ!」


声が聞こえないのか、ベルゼは こっちに向かねーし、ハティや ベリアルが 近くに顕れても 気付いてねーし...


白妖精リョースアールヴたちは、人差し指だけを額に付け

「ザクロィ」と 左手を額から下ろし、その中指を 剣の柄を握る 右手の甲に着けた。

剣の先から、白く光る線が 中心へ向かい

八本線のアステリスクが描かれると、剣の点から点を 交差しながら繋ぐ光の線も走り、八芒星になった。その線の上に 白い霧が噴き出して、霧の壁になる。

ベルゼの近くにいたはずの ハティとベリアルは

霧壁の外側に居た。


「あれが、封だ」


マリゼラが 眉をしかめる。


「でも、お前等も 同じ封で

地下宮殿の巨人たちを封じてただろ?

呪文も 方法も同じだ」


ロキが、マリゼラを振り返って言うと

「そう。術を掛けた者が解いても 解けるが

中から解く場合であれば、中の 一人の血を流し

犠牲にする」って 返した。って ことは...


「じゃあ、あの封が割れたのは... 」と 聞いた 朋樹に、マリゼラは

「巨人の 一人が犠牲となって、封が開いた」と

頷いた。マジかよ...


「けど ベルゼは、一人じゃん」って 言ったら

「だから... 」って、呆れられちまって

“開けさせないように 一人だけ封じた” ってことに

気付いたし。


「だが、術者が死にゃあ 開くんだろ?」


ボティスの言葉に、マリゼラが頷いた。

ハティやベリアルも、同じように 考えたらしく

白妖精リョースアールヴの背後に顕れた ベリアルが

術で 首の皮膚と肉を分離させ、

ハティは、後ろから首を掴んで握り潰してる。


「何かさ、迷いなく やってるよな... 」って

泰河が 多少 引いてるけど、オレもだし。

作業みてーに、サクサクやってる感ある。


「ミカエルのことは、天に追求されようと

“危険から遠ざけた” という 言い訳で通るが、

ベルゼのことは、それでは済まん。

地界が乗り出す問題となるばかりか、地上のウイルスや細菌の 均衡が崩れる。

天に 管理責任を問われるのは、皇帝だ。

白妖精リョースアールヴ等が、ソゾンに操作されていようが いまいが、そんなことは 問題じゃあない」


ベルゼを封じたこと... 手を出したりすれば

問答無用で 死に値する ってことかぁ。

けど ベルゼの不在中に、ウイルスや細菌が 勝手に急激な進化をして... ってことも 有り得るもんな...

人間や動物、下手したら 植物までが 急速に滅びていく。ノアの時代の大洪水以上だし。


「特に、俺等が居て このザマだ」


ボティスの顔も青いけど、オレらも もれなく

背筋 冷たいんだぜ。

皇帝は このこと知らねーしさぁ...

ベルゼも あの霧壁の中で、怒り狂ってそうだけどー...

ジェイドが 黙々と、聖油で 朋樹の式鬼札に 十字を書いて、榊も せっせと黒炎を吹くと

朋樹が 白妖精リョースアールヴを狙って 式鬼を打つ。


「うーん、やばいな...

ベルゼには、出て来て もらわなかった方が

良かったんじゃないのか?」


ロキが言うけど、キュベレが絡んでるからさぁ。

ソゾンは、ヴァナヘイムおさの イブメルを使って

ベルゼを滅しようとした。

どれだけ やばい事になるかも 推測出来たはずだし

やっぱり 本気なんだよな...


シェムハザの肩に つかまって、ヘルメスが

無表情で戻ってきた。

無言だけど、すげー 怒ってるのが分かる。

ロキも 声 掛けねーし。

ヴィシュヌは「もう 大丈夫そうだね」と 笑って

近くまで来た 神鳥の師匠に飛び乗って行った。


「吹き飛ばされた 挙げ句、巨人に 腹を潰された」


「えっ?!」「いや ちょっと... 」


「シェムハザの魂で、救われたけどね」


腹 潰された って... マジで 助かって良かったけど

今は何より ヘルメスが 怖ぇ...

“良かったじゃん!” とかも、なんか言えねーし

「メルクリウス、無事でいてくれて... 」って

手を取るジェイドに 同意して、泰河と朋樹と

うんうん頷く。


トールも ミョルニルに雷を貯め始めて

黒妖精デックアールヴたちも 術を唱え出した。


「ミカエルとベルゼを封じられたのは 俺等の失態だし、かなり痛いけど、とにかく 全部潰すよ。

外界に出す訳には いかないから。

白妖精リョースアールヴたちは、ベリアルとハティに任せるとしても、巨人と蛇人は 俺等で始末する」


「ベリアル!」


ハティの声だ。また シェムハザが消える。

赤い空に 振り返った時は、ハティが 白妖精リョースアールヴの首を握り潰すところで、空から落ちる 血塗れのベリアルを、黒い翼を拡げた シェムハザが抱き止めた。

ハティに 首を砕かれて堕ちる白妖精リョースアールヴ

ベリアルが、術返しされたらしい。


青い炎を飲んだ ベリアルは、首を押さえていた

血塗れの手を離し、シェムハザの頬に触れて 離れると、空中で 12の翼を開いた。

衣類まで 天衣みたいなやつに変化する。


「ベリアル、よせ!」


網籠の中から ミカエルが叫ぶ。

ロケット花火のような音が聞こえた気がしたけど

降って来たのは、燃えている石だった。

五つ、八つ と 次々に落ちて、地面をるわせる。


白妖精リョースアールヴや巨人を焼き潰す石は、地面に触れると

蛇人や 狼たちまで巻き添えにして 燃え上がり出した。ゴッ と、音が響いて地面が割れた。

炎の先から 黒い煙が上がって、熱風が届く。


「... 地獄いんへるのの 如きに」


四郎が 言葉尻を掠れさせる。

オレは、立ってんのが やっと なんだけど...


「ベリアル!」


ヴィシュヌが チャクラムを投げた。嘘だろ?


チャクラムに気付いた ベリアルが、4枚の翼で

自分を庇いながら チャクラムを避けると

師匠から跳んだヴィシュヌが、ベリアルを捕まえ

着地点に羽ばたいてきた 師匠の背に降りた。


「ダメじゃないか!

やり過ぎると、世界樹ユグドラシルが壊滅する」


ベリアルの両肩に 手ぇ置いて

バチッとした黒睫毛の眼を 正面から向けてるし。

火の海の上でさぁ...  ヴィシュヌ、すげー...


「でも、ベリアルが 助かって良かった。

随分 片付いたしね」


ニコッ って笑ってるし、ベリアルの翼も 一対になった。落ち着いて来たっぽい。


「... けど まだ、ミカエルも ベルゼも

出れてねぇよな」


ヴァナヘイムの兵士たちが 立ててくれてる盾の向こうの 火の海の先か、割れた地面の中か どこかに、まだ 白妖精リョースアールヴが残ってる ってことだ。


「ここからは、シラミ潰しだね」


ヘルメスが、タラリアで 地を蹴って

盾の向こうへ戻って行く。

トールが投げたミョルニルが、炎の中で咆哮を上げる巨人の胸に激突し、白くまばゆい雷を 放射状に撃ち拡げた。

マーナガルムが、巨人の胴を咥えて 振り回す。


また 歌声がさざめいて、ギクっとする。

ミカエルとベルゼが... って時に、今度は何だよ...


「... 捉えた」


月夜見キミサマが言った。

月夜見キミ! ずっと集中してたのか?!」って

ロキが驚愕してるんだけど、これ オレもだし。


ベルゼを封じてる 八芒星霧壁の向こうの地面から

大量の白蔓が ドッ と 伸びた。

女神... いや、羽衣 着てるけど

鉄森イアールンヴィズの魔女たちを巻き込みながら

白蔓は、白い樹になっていく。半樹なかぎ、樹の枷だ。


「口をつぐませないと!」


魔女たちは、白蔓の樹に 腰まで囚われ

両腕にも 蔓に巻き付かれながらも、呪歌ガルドルを歌い続けてる。


月夜見キミサマ足下あしもとから伸びる 白蔓の下に

ボティスが、黒いルーシーで 悪魔助力円を敷き

月夜見キミサマに 一度 足を引いてもらうと

「助力、ルシファー。欲望の花」とか 言った。


助力円の黒いルーシーが、白蔓を走り

白い樹を 黒く染め上げる。

魔女たちの口から、赤い花が咲いた。

百合に似た形の花... モレク儀式の時に見たやつだ。たぶん、舌が花になってる。


黒く染まった樹の色が 白に戻り

ルーシーは、ボティスが持つ 小瓶に収まった。


「何か... 」


帯電して、ビッ... バチッ... と、物騒な音を立てて

太陽か ってくらい 眩しい眩しいミョルニルを持つ

トールが、額に汗を滲ませた。

炎の熱風も届くけど、気温自体も上がった気ぃする。炎の温度が上がったのかな?


兵士たちの盾の向こうの 炎の中に、人影が見える。でかいし、巨人... ? 何人も居る。

「尾がある... 」って、泰河が言う。


黒い煙を上げる炎から 姿を見せたのは

溶岩色の肌をした、蛇巨人だった。


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