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「動くなよ」と、泰河が 背中側から

腹の右側を貫いているものを 固定してる。

「シェムハザ!」と 喚ぶ ボティスの声。

朋樹の炎の式鬼鳥が、オレの頭上を越えて

何かに衝突した。


血に濡れてるものに触れて、それが ハルバードの先だと

分かった。赤く ぬるついた指が震える。

黒い仕事着の中、滲み出す血に湿る肌が 冷えていく。自分の血の匂い。息 しづらい。

「ルカ」と 四郎が、突き出た槍の周りを 両手で囲むようにして、熱を与えてくれるけど...


「... オレ、死ぬの?」


「バカ言え!死ぬものか!」


ジェイドに 後ろから怒鳴られるし。

「けどさ ぁ... 」って、声まで 震える。

怒るなよなぁ...


「おい、出せよ!」


ロキの 苛ついた声が聞こえる。


「見えてるじゃないか!

カミカクシ、解かされたんだろ?!」


ゴウウ... という音と熱で、槍の先から 眼を上げると、榊が吹く黒炎を 月夜見キミサマが蔓に纏わせて周囲を囲い、死者兵や マーナガルム、狼たちを牽制してた。

さっきの霧で、神隠しを解かれちまったらしいんだけど、熱いのか 痛いのか、寒いのか...

海で カーリに呪われた時とは また違う。


足の力が抜けて「ルカ、刃が!」って 泰河に支えられる。そうだ、三日月刃と爪も付いてたよな...

四郎も オレの両肩を掴んで

「大丈夫です。寄り掛かられて下さい」って言うし。


また 槍の先 見ちまってたら、後ろから

オレと泰河の足の間を流れてくる 煙が見えた。

何かを蹴り付けるか 踏み付けるような音と 呻き声がして

「ジェイド... 」っていう 朋樹の止めるような声。


さっき 朋樹が式鬼で倒した死者兵... オレを刺したヤツだけが 黒炎の輪の中に居て、聖油か聖水を掛けたあげく、蹴るか何かしたっぽい。


「おまえ... やめろ よ 神父なのに... 」


歯の根も合わない口で言ったら

「おまえは黙ってろ!」って また怒鳴られるし。


「おい、俺を ここから出せ!

そいつは もうヘルに返さなくていい。

俺が殺ってやる!」


「ロキ、お前も黙ってろ」って 言いながら

ボティスが来て、オレの頭を くしゃっとやると

「退け」と ジェイドたちに言う。

オレの後ろに回ると「左にしといてやる」って

逆手に持った槍で 何かした。


「完全な止血術は出来んが、槍を抜く」


「やだ」


「痛覚も誤魔化す。我儘言うな」


「ルカ。居りますから」って

四郎に 眼ぇ見られるし、仕方なく頷くと

泰河の支えの手とは別に、ボティスの でかい手のひらも 背中に宛てがわれる。手って、ぬくいよな...


「抜くぞ」って言われた時に、ロキが

「ルカ、見るな! 痛いぞ! 眼を塞いでやれ!」って言うから、こんななのに、ちょっと 笑いたくなっちまったし。コドモか、オレはー。


けど、ず... って 腹ん中で槍の先が動くと

待って! って 言いたくなった。怖ぇし寒いし。

「う... 」しか 出ねーけど...


「ああっ、ルカ!! ほら 痛ぇだろ?! なっ?!

俺も 経験あるから分かるぜ!!

眼ぇ隠してやれよ、泰河!」


泰河が「おう」って マジでオレの眼を塞ぐし。

余計 抜かれる感覚が気になる気が...


「でも それより痛かったのは、親父シャツィを殺されて

アースガルズに乗り込んできたスカジを笑わせるために、タマに括り付けた紐を 山羊ヒゲに結びつけて、引っぱり合いをした時だ」


これ。北欧神話で読んだけど、その時も思ったんだよなぁ。そんなコト思いつくなよ... ってさぁ。


「あの女、フレイ狙いだったのに、美脚のニョルズを選んじまったから 悔しかったんだ!

けど あれは、痛ぇってもんじゃねぇ。タマだぜ?

脳天までカミナリが突き上がった。それを腹抱えて ゲラゲラ笑いやがって... 」


ふわ... と、泰河の手が外れて 明るくなった。

視界は 霞んでるけどー...


「ぃ よぉーし! 抜けたな、止血術だ ボティス!

四郎、きよめるんだ! ルカ、寝るなよ?

今 気を抜いちゃダメだ! 人間なんか簡単に... 」


止血の呪文らしきものを唱えた ボティスが

「うるせぇ!」って ロキに怒鳴る。

背中側と腹側の傷を 手で挟む四郎が

「きよくなれ」と 言うと、身体に熱を感じて

普段 意識しない肋骨や骨盤から、何かが じわっと

滲み出した気がした。


「ボティス... 」


榊が また黒炎を放射する隣で、月夜見キミサマ

オレらの向こう側に眼をやってる。


なんだろ... って、見ようとしたら

「少し休んどけよ」って 泰河に座らされるし。

けど また、あの歌声が さざめく。


黒炎が燃える蔓の周囲には、唸る狼たちと

片手に槍を持つ死者兵たちが囲んでる。

黒炎を反射して、槍の先が冥く光るのが 目に入ると、腹にも刺された感覚が蘇る。

たらたら血が出て 寒ぃのに、背中に 悪寒走るし。


「シェムハザは まだなのか?」


すぐ後ろから ジェイドの声がして

「泰河。僕が代わる」と、座ってるオレの後ろに

座ったらしく、背中を 立てた片膝で支えて

肩にも 支えるための片腕を回してきた。

前に回ってきた 泰河の顔見て、だいぶ落ち着く。


ジェイドに 振り返って

「コイビトみたいじゃね?」つったら

「黙れ。青い顔しやがって」って 言いやがるしよー。 おまえも 顔青いじゃん って思ったけど

心配したっぽいんだぜ。


ボティスが「遅いな... 」って 言いながら

黒炎の囲いの内側に、助力円を敷き出した。

目の端に 何かが大量に居るのが掠めた気がしたけど、榊が放射する黒炎で 何かは分からなかった。

でも、何か来たのは 確か。


ロキの隣で 琉地が、ウォッ ウォ... って 何か言うと、ロキが「ヘールメース!」って喚ぶ。


「やっと見つけた!」


ケリュケイオンを片手に、ヘルメスが顕れて

「何だ?! 狼も居る! これ、巨人狼?」って

黒炎の蔓の輪の周囲を見渡してる。


こっちから 何か聞く前に

「シェムハザを喚ぶ声は聞こえたらしいんだけど

霧が出てから、この辺 外からは隠されててさ。

俺は今、名前 呼んでくれたから入れたけど」って

説明してくれた。


「隠されてる?」

「狼や 死者兵も?」


朋樹や ジェイドが聞くと

「そう! ミカエルに 聞きに言ったら

“黒い影が出た” って、気にしてたけど。

ミカエルたちの方には、蛇人ナーガも来ちゃって。

白い尾の奴だったから、どこかで何かと交ざった奴なんだろうけど、かなり強い。

トールが ミョルニルで殺りまくってるけどね」と

オレに グリーンの眼を止めて

「どうした ルカ?!」って、その眼を丸くする。


「刺されちまったんだ。後ろに寝てる死者兵そいつに」


ロキが 顎で示すと

「ふうん、消滅させなかったんだ。

“汝の敵を愛せ” ってやつ?

まぁ、ロキが隔離されてるもんね。賢明」って

やたら 冷めた眼で言った。時々 怖ぇし。


「よく喋るな、お前も」って 軽いため息ついた

ボティスに

「うわ、ボティスが言う?

ヴィシュヌが居たから、大人しくしてただけだろ? お前 喋ると 大抵長いし」って

ロキや オレらだけでなく、月夜見キミサマも頷かせて

「あっ、そうそう。ヴィシュヌも まだだし、

ベリアルたちも まだ見つかってないんだけどさ。

とにかく、何とか シェムハザを連れ込まないと...

で、あれ何?」って

大量に何か居るっぽいとこを指した。


黒妖精デックアールヴの軍だ」


しゃがんで、琉地に腕を回す ロキが答えてるけど

もう、ヘルメスも「へぇ... 」って言ったっきり。


こっちから見える ってことは、狼たちみたいに

オレらの方に差し向けるられてる ってこと?

... って、考えたことは アタリだった。

こっちに ぞろぞろと向かって来るしさぁ。

けどオレ、なんか眠たいんだよなぁ...


「ルカ?」


四郎が また「きよくなれ」って やってくれて

ボティスも 傷の状態を見に来る。


「ツナギを上下に分ける」って

術で分けた仕事着の背中を めくられる時に

ジェイドが離れると、寒気が上がってきた。


「腹も見せてみろ」


「うん... 」


答えるけど、身体 だるい。

突かれたんだし、血も結構出て

まだ しっかり止まってねーし、そりゃそーかぁ。


オレの代わりに、四郎が仕事着を めくり上げる。


「傷の状態に変わりは... 」って 腹の傷口見てた

ボティスのゴールドの眼が、少し上に移動して、

胸まで仕事着を上げられた。


「なんで?」と、オレの胸見た 泰河が言ってる。


「なんで って、何だよ?」って 聞いたら

「イチイだ... トールと同じ」って 返ってきたし!

眠気も多少 覚めたんだぜ。


「いつ?」

「死者兵に 刺された時しか... 」


月夜見が、倒れてる死者兵に触れたようで

「今 これには、他の魂は無い」って言う。

ソゾンが 死者兵に憑依したんなら、ほんの 一瞬だったんだろうけど...


「何で ルカを... 人間世界ミズガルズの住人だから?」

「いや、人間世界ミズガルズというだけなら、生贄になった女達でいいだろ。ソゾンの妻か愛人だからな」


「精霊狙いなんじゃねぇの?」って

泰河が眉をしかめた。


「精霊に祝福されてるんだよな?

ルカには、霊も 精霊になって降りるし

死神ユダも その精霊で喚んでるしさ」


そう言われると、ソゾンから見ても

“使える” ってなったのかも。

「ベルゼから モレクの力を奪ったように?」って

朋樹も言う。


「理由が何であれ、誰も渡す気は無いけどね。

ルカもロキも、トールも」


ケリュケイオンを左手に持ち替えた ヘルメスが

右手に 鎌のような三日月刃のハルパーを握った。


「巨人の ほとんどは、好きでヴァナヘイムに侵攻してきてた。ソゾンに操作されてるのは、冷静なタイプの奴だけ。

ボスが居ないのに降参しない 蛇人ナーガたちもね」


グルル... と 牙を剥いて唸る狼たちが

黒炎の外側を彷徨き始めた。オレの方 見ながら。


「俺は御使いじゃないし、デキた奴でもないから

殺るよ。じゃなきゃ 拡大する 一方だ。

遺恨が残ったら、地上勢力としてでなく

オリュンポス神として、その後の争いは受ける。

だったら、問題無いだろ?」


「いや、ならん。地上として受ける」


ボティスが返して、月夜見キミサマ

「操りで無く、好き好んで争いに来ておるのであれば、相手方に 遺恨など残らぬと思われるが。

如何様になろうと自業自得であるからの。

本来ならば 世界樹ユグドラシルが 一丸となり、ソゾンを止めるべき事態であろうよ。

また地上は、あろう事か これが纏めておる。

その後の逆恨みをも引き受ける と言うのであれば

俺もならう」と 視線でボティスを示した。


「ヴィシュヌやミカエルが居るのに ボティス?

なのに、やりたい放題じゃないの?」


「うるせぇ」


表情を緩めたヘルメスは

「とにかくさ、こっちの状況を ミカエルに報告して、シェムハザを連れて来たいんだけど。

こうやって隠されてるのって、ルカやロキを取るためだよね?」って 確認して

「だったら、黒炎の外に居る奴全部を片付ければ

隠す必要は無くなる。

また何かが移動してくる前に 片付けてしまえば

次は、あっち側に居る巨人や蛇人を 差し向けるだろうし、こっち側が隠されてなきゃ シェムハザも来れる」と 笑った。


「俺もやる。ルカを入れて 俺を出せよ」って言う

ロキを、ヘルメスは 見もせずに「ダメ」って

パチっと切って

最終戦争ラグナロクが起こってるのは、あっち側だね。

神々と 巨人他 魔物の戦い。こっち側は生贄。

生贄を取るのを、ミカエルやハティ、トールに

邪魔させないようにしてるんだ。

でも 死者兵だけじゃなくて、この狼達の中にも

催眠操作されてる奴は居るよね?

そういう奴等は、片付けなくていいように

何とか しといて。

そうしないと、あの子 たぶん泣くし」って

やっぱり見もせずに 指だけ差すし。


「泣く? 俺が? マーサッ カァ!」


「“マーサッカァ”とは?」って 四郎が聞いたら

「“まさか” を カタコトで言ったんじゃねぇか?」って、泰河が通訳した。

ロキは、両手広げて 肩竦めてるけど

絶対 泣くよな。


「こいつ等は、フェンリルやヘルの 子供や配下だ。自分の子供くらい、俺は自分で始末 着け」

「はーい! 熱い あつーい」


ヘルメス...  ケリュケイオンで指してるし。

ボティスも ため息なんだぜ。


「親子や血族で殺り合うとか ウンザリするよ。

散々見てるから、そういうのは無しで。

じゃあ、5分で喚んで」


“腹立つ!” って顔の ロキに

ケリュケイオンにしたキスを投げて

ヘルメスが消える。


「“5分で何とかしとけ” ってことか... 」


オレの肩と背中を支えてた 腕と膝が離れて

ジェイドが立ち上がった。

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