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ミカエルが、四郎の肩から 左手を離すと同時に

右手の剣を横に払い下ろし、蛇人の腕を落とす。

床に水は無く、溢れ出ている水も 蛇人に染み込んでいくことはなかった。


「修復されていない」


兵士たちの士気が 少し持ち直した気がする。


ミロンが 蛇人の胸を剣で突き、短い呪文を唱えると、剣の周囲が透け 肋骨や内蔵の影も見える。

で、蛇人の心臓 弾けたし...

「術軍って怖ぇよな... 」って言う 泰河に

同意するんだぜ。


「うん、良くやった」って、ミカエルが

四郎を下げながら、トールも引っ張って下げる。


ジャマにならねーよーに、オレらんとこに戻って来た 四郎に

「ルカ、風で 水を降らせて下さりませぬか?」って 言われて

新しく溢れる水を 風の精霊で巻いてみたけど、

蛇人たちの傷が修復されることもなければ

水で火傷する... ってことも なかった。

極寒ニヴルヘイムからの水から、ソゾンやキュベレの影響が抜けて、元の状態に戻せた ってところ。


「ソゾンは、水のことに すぐ気付いちまうかな?」


「気付くだろうな。ヴィシュヌ達の方の蛇人等も泉や水路では、もう 修復されん。

またセイズで 見てやがるだろうしな」


けど、黒コブラが床に落ちて 蛇人になる速さより

蛇人たちが、ベルゼの虫や ハティの錬金、兵士たちに片付けられる速さの方が増してきてる。

ボティスも 助力円を敷いて

朋樹も、ジェイドに聖油で 十字を書かせた式鬼札を飛ばして、首の骨外したり 胸や腹に大穴開けたりしてる。


「こいつは、変わらんぞ!」


アジ=ダハーカに ミョルニルを投げ付けると

本体には当たらずに戻ってきたし。


左側から 尾で伸び上がって、トールに掴み掛かろうした 蛇人を、めんどくさそーに 拳で払って

大蛇を掴んで 引きちぎったけど、相変わらず黒コブラになるし、大蛇も また生える。


「水で作られてるけど、鎖は鎖で破壊しないと」


腕組みして考えるロキが言ってて

朋樹が鎖に、八枚羽の青い蝶の式鬼を飛ばす。


青蝶が鎖に止まると、鎖が揺れた。


「おっ!」「イケるんじゃね?」


さっぱり役に立ってない オレと泰河が言って

「トール、ミカエル! どうなんだ?」って

ロキが聞く。


「うん、鎖の 一つにヒビが入ってる」


けど ミカエルの剣は、鎖に届かないし

トールが ミョルニルを投げ付けても、鎖には当たらない。


「よし、朋樹。その分からん怖い術で

鎖を切るまで やるんだ」


ロキが 指差して指示をすると

朋樹は「おう」って、ジェイドが十字を書いた式鬼を 次々に鎖に飛ばす。


盾で護衛してくれてる兵士の 一人が

さっき 左側の壁に飛ばされて、床に倒れている

仲間の兵士の方に 顔を向けた。


横を向く兵士に気付いて、四郎も 倒れている兵士に 視線を向けると、四郎が消える前に ロキが

「連れて来てやる」と フラフラ歩き出した。


ボティスが敷いた助力円に 蛇人の尾が掠ったけど

蛇人は 尾を振り回し、ボティスを弾き飛ばす。


「ボティス!」「大丈夫か?!」


蛇人の尾って、あんな 強いんだ...

蒼白になる榊の背に、四郎が手を当てて

「見たところ、怪我は御座いません」って

安心させてる。オレらも安心したけどさぁ。


歩き出したロキの方に 転がったボティスが

「痛ぇな」って 言ってると

「ダサい。どいつにやられた?」って 戻って来て

盾を持つ兵士の 一人を襲おうとしてる蛇人に

「お前か?」と 聞いて、自分の方に向かせる。

蛇人と眼が合うと、正面から 片手で額を掴み

そのまま勢いをつけて、背中側に首を折った。

「えっ?」って ジェイドが言うけど

ロキも そんな強いんだ... って、オレもビビるし。

でも 泰河のことも、簡単に振り飛ばしてたもんな...


「やはり、盾の内に... 」って、兵士に心配された

ボティスは、「うるせぇ」って 答えて

助力円を敷き直してる。

フラフラ歩いて行ったロキも、細い肩に 倒れた兵士を担いで戻る途中で、蛇人の尾に 脚を払われて

ひっくり返されちまった。

「何しやがるんだよ?!」って 怒ってるけど

ヴァナヘイムの兵士の 一人が 蛇人の背中を突いて

術で 心臓を破裂させた。


兵士に片手上げたロキは、気絶してる兵士を また肩に担いで、盾の内側に連れて来た。


仰向けに寝かされた兵士の額に手を置いた 四郎が

「... 幻覚花の成分は きよめで浄化致しましたので、イブメルのように 操られるなどは御座いませんが、このように気を失われたり、仮死になられると 半魂が抜けるよう、術を掛けられておるようです。御本人の意志が 術に抵抗しておるために、気が着かれないのです」と 説明してる。


「術解きか... 」


式鬼を飛ばしながら、朋樹が眉をしかめてる。

ニナん時、バリアンの術は サッパリだったし

ヴァン神族が使う術も サッパリだし...


「お前等の術なんだろ? 解けないのか?」


盾を持つ兵士たちに、ロキが聞くと

「しかし、護衛を... 」って 返してて

イラついたらしいロキが「代わってやる!」って

その兵士から 盾を取った。

「術で毒を... 」って 言ってるけど

「防護術だろ? そのくらいなら出来る。

だから 早く見て代われ!」って 怒鳴ってるし。


「噂通り... 」


ため息つく兵士が、四郎の隣に片膝を着いて

寝かされてる兵士の額から胸に 手を翳した。

ヴァン神族って、美形だよなぁ。

北欧系っていうか、エルフが人間っぽくなった

雰囲気。


「... セイズを応用した術だと思うが、術が隠されてる」って、兵士は 難しい顔してて

四郎も似たような顔で

「しかし それを暴くのは、術を掛けたと思われる

ソゾンでなければ... 」つってるし。


「ルカ、おまえが見てみれば?」


ジェイドがオレに言ってるのを聞いて、兵士は

結構 無遠慮に “こいつが 何か見れんのかよ?” って

顔したけど、別に慣れてるんだぜ、そーいうの。


四郎の向かいに しゃがんで、仰向けになっている兵士から 印を探す。... 額には ねーんだよな。

サーコートの胸に 眼が止まった。


「胸 見たいんすけど

これ、脱がせられます?」って 聞いたら

剣で縦に裂いてるし。意外と大胆。


サーコートの下は、チェインメイル。

その下に 厚みがある青シャツ。

チェインメイルには、両脇に 前後を繋ぐ部分があって、それを外して 首の下まで 青シャツと一緒に上げる。


胸の中心に何かあって、天の筆でなぞると

イチイの木の 青いルーン文字が出た。


泰河と代わると「また この文字か... 」って

白い焔の右の指で 文字に触れて消す。


ウルが暮らす場所の イチイにこだわるのは

ソゾンがシフに産ませたウルが、オーディンに代わって アース神族の主神の座に着いた時に

アースガルズを 自分の支配下に置けた気になってたんじゃねーかな?... って 気がする。


けど、オーディンが金で 主神の座を取り戻した。

ウルは 追放されちまったし

その復讐もあって、世界樹全体の支配を狙って

人間世界で神人を産ませてたんじゃねーのかな?

生贄にされちまったけど、子どもたちの母親が

皆 生きてたってことは、神人を産ませ始めたのは

ここ 十何年か なんだし。


「術が見える... 」


兵士は、かなり感心... っていうか

嘘だろ って顔で、オレと泰河を見た。

何でも出ちまうタイプらしい。


「じゃあ、早く何とかしろよ!」って

ロキが また怒鳴って

「後ろで うるせぇな」って、ボティスが

助力円で 蛇人たちを 一掃した。

アジ=ダハーカから落ちる黒コブラが

蛇人になって立ち上がるけど、ハティが錬金で崩す。かなり 優勢になってきた。


印を消した兵士の額と胸に、顔に出る兵士が

手のひらを載せる。

「グリジア、ヴィルヌーッツァ」って 呪文を唱えると、仰向けになっていた兵士が 瞼を開いた。


「... マリゼラ」


「グリジア」


名前を呼び合ってるっぽい。

“グリジア” は、呪文の 一部じゃなかったのかぁ。


「彼等の協力があって、術が解けた」


顔に出るマリゼラが 支え起こしながら

目覚めた グリジアに言うと、グリジアは

四郎に「ありがとう」って 言葉と握手で 感謝の意を示して、次に 全然ヨソ向いてるジェイドに

握手を求めようとした。

グリジアの目の前に居た泰河も

「えぇっ?」って、ビビってるんだぜ。

 

「グリジア、こっちの 二人だ」


グリジアは、マリゼラが手で示す オレと泰河を見て、明らかに疑う顔になったけど

「... いいや、人間は 見た目によらないものだ。

ありがとう」って 気を取り直すと、いい顔で握手の手を差し出した。いいんだけどさぁ。

ヴァン神族って、顔に出るよなぁ。


「ずいぶん、戦況が変わっているようだ」


サーコートは裂かれて、剣も盾もねーのに

グリジアは、蛇人との戦いに戻ろうとして

マリゼラに「俺の代わりに 護衛を」って 止められる。

「いや、マリゼラ。防護呪文なら お前の方が... 」って 言い合ってるところで

「どっちでもいいから 早く代われ!

また 一人、倒れてるぞ!」って ロキに言われて

グリジアが護衛、マリゼラが 気を失った兵士の術解きをすることになった。

倒れている兵士を、ロキが迎えに行く。


「術が解けるのであれば、気を失われる前に

解いてしまう方が良いのでは?」


四郎が提案して、マリゼラが

「そうだな」って 頷いてる。

気を失っている兵士が運ばれると、マリゼラは

その兵士のベルトを外して、サーコートとチェインメイル、青シャツを たくし上げた。


「さっきは、何で裂いたんすか?」って

泰河が聞くと

「術が隠されているのが、胸の どの辺りか

分からなかったからだ」って 答えてて

適当にやった訳じゃねーんだ... って

ちょっと感心する。


気を失っている兵士の印を出して消して、マリゼラが 術を解くと、次は 盾を持つ兵士たちから術解きをして、蛇人と戦う兵士たちは、榊が 露子直伝の招きで 一人ずつ招く。

術が解けると、また剣と盾を持って 戦いに戻って行くけど、さすがに疲れが見えた。


「... よし!」


朋樹が でかい声 出してる。

「鎖が切れたぞ!」って ロキも言ってて

アジ=ダハーカの方を見ると

天井に繋がっていた鎖が、切れて落ちてる。


剣を構えた ミカエルが、アジ=ダハーカに飛び込むと、アジ=ダハーカは、天井につながっていた鎖の先を振り回し、ミカエルを止め

濃紫の腹と黒い鱗の尾で、床から伸びる鎖を断ち切った。


トールが投げたミョルニルも 尾に巻く鎖で弾くと

尾の先を振り回して、ベルゼやハティも巻き込みながら、トールやミカエルまで 弾き飛ばした。

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